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二限目

二限目


 驚く程早く夕方になり、夜になり、そして朝が来た。俺は寝ぼけ眼をさすりながら目を覚ました。頭は半分眠っている。そして頭の半分以上は眠りを求めていた。俺は寝ぼけ眼をさすりながら目を覚ました。頭は半分眠っている。だが、俺の半分眠った脳味噌は普段と大きく異なった事実に気付いた。

 あれ、なんかすーすーするような。どうしてだ?そうだ。寝たときと服が違うから寒くて目を醒ましたわけだな。うん。そうに違いない…ってそうじゃないだろ!

 眠気を訴える脳味噌と起床を訴える脳味噌の掛け合い、突っ込みで眠気は一気にぶっ飛んでいった。なんと俺は昨日担任が着ていたはずのボンテージ衣装を身に纏っていたのだ!どうして俺は肝心な所で目覚めなかったんだ??起きろよ、俺。もしかして睡眠薬か!?催眠術か!?まぁ、なんにせよ、だ。昨日コスプレをしていた連中と賭をしなくて本当に良かったぜ。賭けていたら今日の朝はずっとその事について言われ続けていただろう。

 だが、どうしてこんな格好なんだ?もしかして次は俺が幹部なのか?すると、だ。俺の制服を始め、私服はないのだろうか。いやいやさすがにそんな馬鹿な事はないだろう。それに家には俺と同じ体格の兄貴がいたはずだ。例え俺の私服がなかったとしても、兄貴のを借りて学校に行けばいい。さすがに家族全員の服が無くなっていたり、家族全員がコスプレしてはいないだろう。だが、俺は甘すぎたのだ。あの変人の校長の馬鹿らしい遊びに燃やす情熱は、俺の予想を遙かに上回っていた。

 まず俺の部屋に今着ているボンテージ以外の服がなかった。だが昨日の件でさすがにそこまでは俺でも想像が付いていたので、その位では驚かなかった。問題はこれからだ。俺はボンテージのまま(それ以外ないのだから仕方がない)兄の部屋に飛び込んだ。そしてフリーターなため、まだ寝ている兄貴を蹴り起こす。眠りを妨げられ怒る兄をなんとか宥めて服を貸してくれるよう、頼んだ。 途中、どうして俺がボンテージなんて着ているのかを聞かれたが、答えようもないし答えたくなかったので答えなかった。

 だが俺が散々口酸っぱく頼んでも、兄は服を貸してくれなかった。おまけに絶対に学校に行け等と言う。

 ワガママ言うなんて子供だな。だと!これのどこをどう取ったらそう見えるんだ!新制服が嫌なんて駄駄をこねるヤツは子供に決まってる?はぁ?寝言は寝て言ってくれ。まだ寝ているのか?もう一回、蹴ってやろうか?俺のこの格好のどこが制服に見えるんだ。教えて欲しい。A4用紙一枚にして纏めて欲しいくらいだ。

 兄貴と揉めていたら母親が様子を見にやってきた。丁度良かった。母さん。兄貴が変なこと言って困ってるんだ。俺は恥ずかしすぎる格好に埒が明かないので嫌気がさし、助けを母親に求めたがそれがいけなかった。まさかそれが逃げ場を失う事になるなんて。誰だって思わないだろう。母親は俺の服を値踏みするようにじろじろと見て嬉しそうに言った。

 「良く似合ってるじゃあない!さっすが我が息子!わざわざ推薦したかいがあったわね」

 ちょっと待て。もしかしなくとも、コレ。アンタの仕業かい!そうよ。って、そんな清々しい笑顔で言われても…ってコレ使ってね。じゃねぇ!俺は女装様のカツラが欲しいんじねぇ!まともな服が欲しいんだ!




 昨日と同じく、いやそれ以上にアリエナイ一日は幕を開けた。俺は母親に無理矢理車に乗せられ、学校まで連れていかれた。車の中で俺は何故か演技指導を受ける羽目になったのだが、聞く気がなかったので全然覚えていない。ただ一つだけ言えることは、今すぐ脱出したい。どこか遠い所へ逃げたい、という事だけだ。

 教室に無理矢理放り込まれた俺は、クラスメイトの視線を一身に集めてしまった。視線が痛いというのは本当にあるんだな。俺は初めて人の視線を針で刺されるように感じてしまった。そんな俺に臼田と喜多が聞いてきた。やはり当たり前なのだが俺の今の格好、ボンテージについてだ。やつらは昨日担任が着ていたのと同じのじゃあないのか、と尋ねてきた。さすがの俺でも昨日の事はよく覚えている。確かに担任はボンテージを身に纏っていた。だがな。よくよく考えろ。俺と担任は体型が全然違うだろうが。

 臼田と喜多の言葉を遮るようにチャイムが鳴り、アリエナイ学園生活がスタートした。俺は俺のアリエナイ母親のせいで悪の幹部になってしまったからな。恐らく正義の味方という何人かの集団が来るのだろう。その時どう対応したらいいんだ?

 実は俺のベッドの枕元には大した指令は置いてなかった。藁半紙に一言、クラスメイトを自由に使える、と書かれていただけだ。…これでどうしろと??

 様々な俺の心配や驚きをよそに、授業は何事もなく始まった。

 一時間目が過ぎ、二時間目も終わり、このまま(格好はともかく)変な戦闘に巻き込まれないかも。と淡い期待を抱き出した三時間目ももうすぐ終ろうとした頃。待ちに待った退屈な授業に終止符を打つチャイムが鳴り出したと同時に、俺の平和は無惨にも終わってしまった。

 如何にも守る必要がない、しかも影でゴリラと呼ばれている体育教師(男)が、何故かフリルのワンピースを来て俺のクラスに飛込んで来たのだ。しかも御丁寧にも怯えた演技and悲鳴付き。江戸時代以前から使われているであろう、古い古い展開って奴だ。

 御想像の通り、この後は使い古された展開の繰り返しで、少ししてから廊下からバタバタと駆け付けてくる何人かの足音が聞こてきた。これはどうやら、悪者の集団に誘拐されたヒロイン。助けに来たヒーローの構図のようだ。が。俺も含めてだが、完全なミスキャストだろ!助けを求める役は女性を使え。女性を!それかせめてどんな意味でもいいから守ってあげたくなるタイプにしておけ。こんなんじゃあ、誰も守ってくれないぞ。

 悪者の集団とゴリラは俺を見た。そしてその視線を他のクラスメイトに移動させる。ゆっくりとクラス中を見回したゴリラと悪者達の表情は漫画絵の様にさーっと青くなっていく。

 おいおいお前等、いや教師をお前呼ばわりはまずいか?まあいい。もしかして入るクラスを間違えたのか?間違えてくれたのならいい。俺はとりあえずは悪役幹部の格好をしている。してはいるが、こんなふざけたイベントになど参加したくなんてない。もし間違えていたのなら、この後即退場になるだろうから格好こそ変なままにせよ、まだマシな一日が送れる。頼むから、間違いであってくれよ。間違いでしたって、去って行ってくれ。さぁ、早く去れ。

 ところがそうは問屋が卸さないのが、この学校なのだろう。いや、この学校なのだ。涙目の(ワザとらしすぎて反対にこっちが泣きたくなるね)ゴリラが口を開けようとした丁度その時だった。入って来た悪者達の内の一人が俺を見て叫んだのだ。

 「ボス!何か御命令を!!」

 本当は一秒か二秒程度だろうが、俺は一時間は時が止まったと思ったね。ボスって俺のことか!?ゴリラを連れてきた黒タイツ姿の軍団が、俺の方を見ているようだから、認めたくはないがその様だ。俺はそんな指示を受けてない!じゃなくて、俺は無関係の一般生徒だ!巻き込むな!

 俺の指示がないからか、彼らが狼狽えだしているのは分かるが、俺の知ったことか!さっさと帰れ!帰ってくれ!頼むから。

 そうこうしている内に、ヒーローも来たようだ。役者が来たようだ、良かった。ヒーローにアッサリやられて逃走、以上だ。これで馬鹿らしいごっこ遊びに終止符を打つことが出来る。

 だが俺の期待をよそに、誰かが俺を空中に吊し上げ(いつの間にワイヤーが付けられてたんだ!?)、そして俺の代わりに彼奴等に命令をしやがった。その声は、物騒な内容に似つかわしくない可愛い声だった。

 「野郎共!やっつけろ!」

 俺はどうしてそんな鎮火しかけの火にガソリンを足して再び火をつけて、おまけに油まで追加するような事を言うんだ、と思いながら声の主を見た。それはクラスで一番綺麗で可愛い女子生徒だった。声を聞くキッカケがなかったから知らなかったが、凄く可愛い声なんだな。まるで天使が囁くような声だぞ、と柄にもない事を考えてしまうくらい、その子の声は可愛らしかった。それだけにマッチしていない口調、そしてその内容が残念だ。

 俺はふと指令の紙を思い出した。そういえばあれには確かクラスメイトを自由に使える、と書かれていたはずだ。とすれば、だ。今、この可愛い女子生徒に俺と付き合うように言っても、あの藁半紙は意味を持つのか?


 お前等って悩みあるのか?そりゃあ一つや二つぐらいはあるだろうな。人間関係にしろ、金銭関係にしろ、体調にしろ、悩みのない人間なんていない。だが、その程度だろう。俺の悩みも突き進めれば人間関係だろうが、誰々が好きだの嫌いだのそういった単純な問題ではない。そして今日以来学校関係者全員が抱いた校長に対する悩みでも、ない。

 クラスの可愛い子が俺(女装趣味のある悪の大幹部)の味方だからって、クラス中の男子がヒーローと闘うなよな!馬鹿にしてんのか?

 まぁ、自分も指示書を都合の良い方に解釈しようとしたし、男って単純だよな。

 場所はともかく俺は完全に傍観者気分で足下を見下ろしていた。が、ここは体育館などではなく普通の教室で、しかも俺は男子中学生としては標準並の体型だったので、運悪く(悪役としてならばしてやったりなのか)ヒーロー役の頭に足をぶつけてしまった。もちろん不可抗力だ。断じて狙ったわけではない!信じてくれ!

 しかしヒーローには通じなかったようだ。奴らは吊されて身動きできない俺に向かって、集中攻撃を開始したのだ!これってリンチだろ!ヒーローのする事じゃあねぇ!俺はたまらず叫び声を上げた。

 「ちょっと待て。待てって。さっきのは不可抗力だ!」

 だが、当たり前だがヒーロー軍団には通用しなかった。彼等は何かを同時に喚きつつ、目を血走らせながら俺を挟み撃ちにする。遠くの方にいる奴なんか、度派手なジャンプなんてして駆けつけてきた。おい、ちょっと待て。お前等いつの間にワイヤーなんて付けたんだ?そしていつの間にヒーローのワイヤー係なんて出来たんだ。お前等、動きが素早すぎるぞ。

 ヒーロー軍団に囲まれて絶体絶命の俺。先程まで俺の手助けをしていたクラスメイトは、何故か助ける素振りすら見せない。せめて駆けつけて来い!可愛い女子生徒の声じゃあないと助けないってか!?冗談じゃあないぜ。

 その時だった。

 キーンコーンカーンコーン

 終令のチャイムが鳴った。そして終わりを示す蛍の光も流れてくる。あぁ、授業が終わったんだな。ひとまず今日は乗り切ったぞ。

 だが俺がホッとしたのも束の間、ヒーロー軍団は帰ろうともしない。目をギラつかせて俺をジリジリと囲む。やはり絶体絶命のピンチには変わりないのか〜!?

 俺をワイヤーで吊っていた奴らもやる気をなくしたのか、解放して地面に着かせてくれたが、反対にその性で攻撃を尚受けやすい位置になってしまった。

 絶体絶命!俺は覚悟して身構えた。どうか手荒い真似だけはしないでくれ!俺は平和主義なんだ、と思う辺り、それ程の覚悟なんてしてないじゃあないかと思われても文句は言えないが、何もない平和な国で暮らしていたら、出来る覚悟など、こんなものだと認識してもらいたい。

 彼らは俺の願いが通じたのか襲ってこなかった。そればかりか、握手を求めてきた。

 「いい演技だった!これからもよろしくな!」

 俺はここしばらくの間に、一体何回思考回路を停止させたのだろう。まぁともあれ、俺は絶句した。そんな俺の心の内など露知らず、クラスメイトが俺を誉めに来た。

 誉められても、困るのだが。だいたい俺は演技なんてしてもいないのだから、本気で困る。俺のしたことと言ったら、吊られて勝手にヒーローに蹴りを入れたぐらいだぞ。そんなんで良い演技と誉められたら嫌みにしか聞こえないじゃあないか。

 「私としては初めからもっとやる気出して欲しかったけどね」

 俺の吹き替えをしてくれていたあの子が俺に話しかけてきた。初めて間近で聞く声はやっぱりすっごく可愛くてドキドキした。

 「次は期待してるんだから。頑張ってね!」

 ん?次って何のことだ。かな〜り、嫌な予感がするのだが。

 だが嫌な予感を無視して俺は折角話しかけてくれたんだから、と思い吹き替えをしてくれた雀宮さんに一緒に帰らないかと誘ってみた。いや、無理なのはすでに予想していたさ。俺にとって彼女は高嶺の花って奴だからな。だが、何故か彼女は快くOKしてくれた。


 今になって考えてみれば、止めとけば良かったんだな。だが、その時の俺は可愛さスリーAクラスの彼女にお近づきになりたいとしか考えなかったので、呑気にも舞い上がっていた。実際、自分の格好が最高に変だということも、後ろからクラスメイトが大勢付いてきた事も、全然気にならなかった。男の悲しい性って奴よ。女の子だって自分が憧れている人と帰れるとなったら舞い上がって、他の事は目に入らなくなるだろ?それと同じさ。

 さて、俺は幸運にも憧れの雀宮さんと帰れて悲しい事にどんな話をするか、どんな話をしたら彼女が自分に興味を持ってくれるか、ぐらいしか考えていなかった。

 さてさて、そんな状態でまともな会話など成り立つはずもなく、俺と雀宮さんは無言で歩き続けた。俺は内心焦っていた。元々可能性ゼロだったのが、0.1%弱くらいに上がったのだ。このままじゃあ、それがマイナスになってしまう。

 内心焦って汗ダクダクだった俺だが、幸運にも公園の前を通りかかったことに気が付いた。公園は何故か愛の告白シーンだの、キスシーンだのといった恋愛関係のシーンとしては絶妙な場所でもある。ここはいっちょ雀宮さんに公園に入りませんか、と誘うか?

 「公園ですね。入りませんか?」

 雀宮さん自身の口から、俺の考えと似たような言葉が発せられるとは夢にも思っていなかった。そのため俺はグダグダとした変な返事しか返せなかった。もう、終わりだな。俺の可能性はマイナスで、どう転んでも、それがプラスへと変化することはないだろう。

 雀宮さんは俺の葛藤に気付く素振りを見せず、俺を誘導してベンチに座らせた。なかなか良いシチュエーションじゃあないか?隣の雀宮さんを見る。彼女はパッと見、少しだが落ち着かない様子を見せている気がする。もしかしたら告白でもしてくれるのか??雀宮さんが俺を見た。そして可愛らしい彼女の口がおずおずと開く。

 「野郎共!今度こそ皆殺しにしておやり!!」

 雀宮さんの鋭い声に答え、何人かの悪役達が、って臼田に喜多!どうしてお前等もいるんだよ!まぁ臼田と喜多は置いておこう。あいつ等は雀宮さんに誘われたら例え地球の内部、いわゆるマントルでも行きそうな位、調子がいい太鼓持ちだからな。もうこの際、他のクラスメイトの存在も良しとしよう。アリエナイ日を送ると、多少のアリエナサは無視できる寛容な心が育つ。今の俺は正にその状態だった。

 悪役達が俺の学校の制服を来た男子生徒に襲いかかる。襲われているにも関わらず、余裕の笑みを浮かべる知らない男子学生。お前、ちょっとくらいは怯えてあげてもいいんじゃあないのか。

 だが、男子学生が怯えないのには訳があった。彼は両手で大きく英数字の四を描き、馬鹿でかい声で変身!!と叫んだ。そして草陰の中へと身を潜める。それとほぼ同時に某特撮系ヒーローの格好をした人が出てきた。もしかしてこれが彼等なりの変身シーンなのか?まず両手で描く数字が違うだろ。あれは確か四じゃあなくて、英数字の二だったはずだぞ。それにお前等全然似ていないし、のっぽのひょろりと、ちびのデブで協力して変身なんて不可能だろ!!

 チビデブからひょろながに変身するら、500歩譲って好意的に解釈してやってもよかったけどな。その逆じゃあな。デブになったら変身後の方が、戦闘力がガタ落ちるだけだろうが。それとな変身前の君、茂みが小さくて隠れ切れてないぞ。なんかガサゴソ聞こえるし、スなんたらマンみたいにもしかして着替え中か?確かに日本的な変身ヒーローに拘らなくてもいいかもしれないが使い回すなんて役者が少なくないか?

 ひょろっとした奴は、ようやっと着替えが終わったようだ。変身ヒーローの名前を叫びつつ、小さいジャンプをして登場する。それと同時に走り去るデブ。もしかしてデブは着替える時間を短く錯覚させるためだけの存在だったのか?だとしたら全然役に立っていなかったぜ。次に役を選ぶなら、自分と同じ体型の奴を選ぶんだな。

 俺が不要な考えやアドバイスを心の中でヒーローに送っていると、悪役達がわざとらしく驚いて見せた。そして小さくせーの、なんて言い、調子を合わせて叫んだ。

 「お前が○○だったのか!?」

 いやいや。驚く方が変だろ。チビデブを無視して、ひょろなの変身が終わるまで待ってたくせに…お前等律儀すぎ!変な動作が始まり、それが終わるまで何もせず待ってるなよな。俺だったら躊躇わずに攻撃するぞ。良く言われてるしお前等も思っていただろ、「何故変身中に攻撃しないんだ」ってよ。悪者なんだから、お約束を守ってどうするんだ!?いや、お約束事だから守らないといけないのか??

 「ふん。丁度良かったわ!メンバーが揃う前にお前を倒してやる!」

 雀宮さん。ここでも俺の吹き替え担当なんですね。一見すると敵に怯え俺の背中に隠れている可憐な女の子(役)かもしれないですが、無理がありませんか。俺、(認めたくはないが)敵の大将ですよ…格好も格好だし。

 悪役達に指令を与える雀宮さん。大将とは完全に名ばかりの俺。そして可憐な雀宮さんの指令を忠実に守ろうとする悪役達。どうでもいいが、何人かの善良でマトモな民衆から避難轟々の目で見られているという事実くらいは把握したらどうだ?

 教室でも嫌だったが、ご近所の方々の目に触れやすい公園で、こんな羽目に会うのは死んでも嫌だった。実際、隕石かテポドンか何か落ちてきて、こんな馬鹿みたいな学芸会を終わらせて欲しい、なんて不謹慎な事を本気で思ったね。

 そして俺はその場から逃走する事に決めた。折角雀宮さんと帰れたのだが、よくよく考えると一緒に帰るのが彼女の狙いだったのかもしれない。一旦、決めたら俺の心を惑わすものはなかった。俺はダッシュでその場から去ろうとした。動かない!?足が動かない??ってよく見たら俺の手は雀宮さんの華奢な手でギュッと握りしめられていた。細い手なのに、とても力が強い。彼女の顔を見ると、彼女は不敵な笑みを浮かべて言った。

 「逃がさないわよ。折角面白くなりかけているんだから」

 すっ、雀宮さん?何かイメージが違いますよ。あなたそんなキャラクターだったんですか?

 「貴方がいるからこそ、この場が盛り上がってるのよ!逃げることは許さないんだからね!!」

 あの…服を掴まないで下さい。キュッと締まって痛いです。それに普段通りの口調なのに、彼女から凄いプレッシャーを感じる。この場から逃げ出したい!前以上に強く強く感じる。が、逃げたが最後。どんなことをしてでも追いかけ、俺に制裁を喰らわす。そんな気迫が彼女からビシバシ伝わってきている。

 それに逃げるにしても朝の出来事からして、家族の協力は得られそうにない。中学生には働く術が皆無に等しいから、資金もすぐ底を着くだろうし、ホームレスになってもすぐに野たれ死にそうだ。となれば、選択肢は一つしかない。その場に留まることだ。飢え死にしたくなんかないからな。俺はその場に居ることをしぶしぶ選んだ。観念したようね、と雀宮さんが楽しそうに笑う。

 「だから私はあなたを選んだのよ。だって、強く反発しそうなキャラクターじゃあないもの」

 それは喜んでいいのでしょうか?クラスの憧れの的、雀宮さんに目を付けられた事は有り難いと言っちゃあ有り難いのですが、その理由が本気で悲しいです。

 雀宮さんと会話をしている内に、時は刻々と過ぎていく、と思いきや全然進まなかった。俺の意向を無視して雀宮さんは的確に悪役達に指示を与える。さすが学校外の出来事と言うべきか、突然の乱入者は誰一人来ない。

 この調子だったら、すぐに終わるかもしれない。俺としては本心からこんな事に参加したくないのだが、早く終わるとなれば参加した方がいいかもしれない。これ以上公衆の面前で恥ずかしい格好を曝したくない。

 「甘いわよ。あれを見たら」

雀宮さんは俺の考えを見透かしていたのか、笑いながら答えた。あれって…ゲッ!?

 雀宮さんが指さした方向には、さっきまでにはいなかったはずの各道具を手にした制服姿の奴ら+スーツ姿の奴ら+全身タイツの敵役達が立っていた。こんな所にも来やがるのか!?それに学校ん時よりも配役多すぎ!みんなもっと自分を大事にしろよな!そんな俺の心を再び読んで、雀宮さんが俺を哀れむように冷ややかな口調で言った。

 「何言ってんのよ。彼らこそ、貴方なんかよりは遙かに自分を大事にしているわよ。内申や推薦が目的なんだから」

 やっぱり校長の差し金かよ。っていうか、内申を盾に取るなんて卑怯じゃねえか。公私混同もいいとこだぜ。非常識過ぎる校長で驚くぜ。この二日で一生分は驚いたんじゃあないか。心臓に悪い。いや、待てよ。赴任直後から非現実だったから、逆にそんな内申を盾に取るというある意味現実的な事をしている事に驚くべきなのか。

 さぁさぁ、張り切って頑張りなさい、と雀宮さんは俺の脇をツツく。もう逃げ場はないので、俺は腹をくくった。この場限りだ。これが終わったら傍観者になれる、と思い俺は悪役達の側に飛んだ…?おいおい、いつの間にワイヤーが付いているんだ。それにここは屋外、どこから吊っているんだ?

 吊られた拍子に上を見上げて気付いた。俺はクレーン車で吊られていたのだ。こんなものまで使う遊び心、関心はするが真似したくね〜な。本気で真似したくない!そんな事に精力を使うくらいなら、好きじゃない勉強をしている方が千倍くらい、いやそれ以上にマシだ。

 さてさて、俺の考えなど無視して、雀宮さんの声に応じて素晴らしい連係プレーを見せた悪役達は、なんとヒーロー達を撃墜した。素晴らしい。さすがはクラスの羨望の的、雀宮さんの指令だ。これが俺だったら誰も言うことを聞かないんだろうな。しみじみと彼女の人気を再確認していたら、その彼女に服の裾を引っ張られた。

 「何しているの?早く逃げるわよ」

 どうしてですか?勝ったのは我々だから、逃げるのはヒーロー達の方では?

 「何、寝ぼけた事言ってるの。例え負けたとしても勝ったとしても、逃げるのは私達でしょう。セオリーでしょうが」

 言われてみれば、ヒーロー達が戦場から逃げるシーンなんて見た事ないな。俺は雀宮さんの台詞に素直に納得して、彼女とその場から逃げ出した。

 公園から程良く離れた所まで逃げて、雀宮さんは百万ドルの笑みで俺に微笑んだ。

 「まぁまぁやるじゃない。楽しかったわ。次はヒーロー達の逆襲ね。明日もよろしく♪」

 って、明日も俺はこの格好で学校に行かないといけないのですか?

 「当たり前でしょ?逃げたら承知しないからね!」

 雀宮さんの笑顔には魅せられ、俺は明日から仮病を使う選択肢を排除した。心の底からこの成功確率が低く、唯一対抗出来そうな計画を行おうと思っていたのだが、彼女の輝く笑顔を前にして雲散露消した。固く決意した想いも簡単に打ち砕くとは。雀宮マジック、恐るべし。

 だが、さすがに奇妙キテレツな格好で闊歩したくないという想いだけは変わらなかった。さすがに何とかしないといけないと思った俺が、その帰りに服を買いに走ったのは言うまでもない。勿論その服は家には持って帰らず、袋に入れて空き地に埋め隠しておいた。

が、この服は翌日には盗まれてしまっていた。今朝の騒動や、放課後の件から言って、盗まれない方がおかしい、と考えるのは自然の摂理かもしれない。言われてみればそうなのだが、この時の俺は「これで明日はどんなことがあっても"まともな服"が着れる」という安堵感でそんなことは考えも及ばなかった。


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