上編
ノアが生まれ育った、ルティグル家は代々王家に仕える家だ。
分家もあるが、全てこのアニマンド王国の王家の血縁者に仕えてきた。
しかし、この一家には特殊な体質があった。
それは、アニマンド王族の1人に忠誠を捧げると、その王を補助するため、特別な体質を開花させるのだ。
例えば、ノアの兄で将軍の地位にいるアルスは、その体を鋼のように強くできる。現国王に嫁いだ従姉妹のデジレは、その体を透明にすることが出来る。
ノアだって、身体の年齢を自由に変更することが出来る。
そう、身体の年齢だ。精神は関係ない。よく泣き崩れているが、あれは精神が幼児後退しているのではなく、彼の素だ。
それはさておき。
ルティグル家がこのような体質を持ったのには、諸説あるが間違いなく言えることがある。
捕獲しやすいからでは断じてないはずだ。
ノアは、ガッチリと固定された自分の身体と、その元凶の陛下の腕を恨めしげに睨んだ。
しかし、その姿に迫力のはの字もない。
「――そうして、騎士が後ろを振り向いた時、そこに居たのは、血みどろになって自分の首を抱える、死んだはずの親友の姿だったそうです」
「にぎゃぁぁぁ!!!」
耳を塞いでも聞こえてくる語り部の声に、ノアはガタガタと体を震わせた。我慢出来ず、ノアを膝の上に乗せている陛下に、ヒシッとしがみつく。
しがみついた体が、小刻みに震えていることに気がついたノアは、陛下の筋肉がしっかりとついた胸板を叩いて抗議をした。
「離せぇ!」
「ふっ、諦めのくっ、悪いやつだなハハハ」
陛下は堪えきれず笑い声を上げた。そして、膝の上に座るノアをあやす様に、頭を撫でた。
いや、事実あやしているのだろう。
ノアの現在の見た目は、5歳前後。この頃から健在だったつり目も今や情けなく垂れ下がっている。デジレに強制的に着せられたモコモコの着ぐるみパジャマには、威厳のある狼の耳とふわふわの尻尾が付いており、ノアの心情を反映したのか、しんなりと垂れている。
「陛下、私の話は以上で終わりです」
「そうか、なかなか面白い話だった」
「全然、面白くない!!」
大の大人が4人で集まって何をしているのかというと、怪談話をしているのである。ノアにいわせれば、この国の悪しき風趣だ。
夏の暑い時期に怖い話で肝を冷やすというこの風趣を、この国の国王が嬉々として行っている。本来は、とても良いことなのだが、如何せん、理由がノアの反応が面白いからという下心満載なので、喜べない。
そして、ノアは大好きな陛下のお願いを断り切れない。
結果、毎年の恒例行事となっている。
「アベルぅ…」
「ここ最近、建国祭の準備で忙しかった陛下の、息抜きだと思って諦めなさい」
そう窘めるアベルの目も、ノアの怯えっぷりをみて、三日月の弧を描いている。Sか、いやドSなのか。
「ふふっ、いつも可愛いわね、ノアは」
「嬉しくないっ!」
ガウッと吠えるノアを笑顔で受け流したのは、ノアの従姉妹にして陛下の妃であるデジレだ。
ノアのつり目と対称的に垂れた目尻をさらに緩めている。ホワホワとした羊のような雰囲気を纏うデジレは、キャンキャンと吠えたてる子狼を、意に返さない辺り、見た目とは反対に豪胆なのだろうか。
「次は私の番ですね。ふふっ、懐かしいですわ」
「そうだな。デジレは学園の時以来、参加してなかったか」
「ええ。いつもこの時期は、忙しいですもの」
優雅にお茶を飲んだデジレは、最後に自分が参加した時のことを思い出した。
「そうそう。あの時もこんな感じでしたわね――」