後編
バサリとマントを羽織ったノアは、自身を元の青年の姿に戻した。
「まったく、お前たちにこの姿を晒すつもりは無かったんだが…」
元の姿じゃないと、権限が使えないのは不便だと、頬をかいた。
その姿に、食堂にいた全員が、唖然と口を開ける。
再起するのが早かったのは、やはり、ノアに関りが深かった、この3人だ。
「えっ…先生…?」
「師匠!?」
「おじ様!!」
三者三様の反応だったが、喜色の声を上げたのは、レティシアただ一人。
レティシアは状況を忘れ、頬を紅く染めながら、ノアの袖を引っ張った。
それに対し、チャーリーとジャックは顔を俯かせ、小刻みに震えている。
それを見て、ノアはフッと微笑んだ。
「お前ら、あとから説教だからな」
説教という言葉を強調させたノアに、2人は先ほどとは違う意味で体を震わせた。
そんなやり取りを見て驚愕から抜け出した観衆は、ざわざわと騒めいた。
まあ、学園の一生徒と思って接していた人物が、そうでなかったら、誰だってビビる。
そんな中、オリヴィアは、ノアの顔を見て、ニヤリと嗤った。
「まさか、隠しキャラがこんなところで出て来るなんて」
乙女ゲームの時に推していたキャラだけに、攻略方法は、頭にすべて入っている。
その下心満載な、胸の内の醜さが、隠し切れずに表に反映される。
その醜い顔を一瞬で引っ込めたオリヴィアは、上目遣いでノアに擦り寄った。
その変わり身の早さに、周囲は彼女に呆れた視線を向ける。
「ノア様、すごい魔法ですわね」
オリヴィアに露骨に、嫌悪を向けたノアは、すすっと彼女から離れた。
そのノアの行動に、オリヴィアが驚いたように、目を丸くした。
「なんで…」
「こっちのセリフだ。なんでお前は、俺の体質を魔法と判断したんだ?」
学園で、魔法を学んだことのある者なら、そんなことは思いもつかないだろう。
しかし、彼女は、当たり前のようにノアの体質を魔法だと言い切った。
まるで、誰かに吹き込まれたように。
「お前のその意図が分からない行動、それと先ほど言った、シナリオの意味、すべて話してもらうぞ」
ノアの、先ほどとは根本的に違うそのオーラに、オリヴィアは体が固まってしまった。
紅い瞳に魅入られてしまったオリヴィアの運命は、そこで決まってしまったも同然。
『お前の知っていることを、すべて吐け』
今度こそ、しっかりと言霊が宿った言葉に、オリヴィアの意識は逆らうことはできなかった。
まるで、自分の体でないように、勝手に動く口に、彼女はどれほど恐怖したのだろうか。
ノアだって、必要がなければ、使いたくない。
しかし、彼の家の役目を思えば、使うべき場面でもあったのは、事実だ。
オリヴィアが話し出したのは、前世の記憶があるというところからだ。
曰く、この世界で主人公であるオリヴィアが、学園に行き、玉の輿婚をするといった内容のゲームがある。
曰く、だから、自分は攻略者の中の誰かと幸せにならなければならない。
曰く、自分は、主人公だから何をしても許される。等々、まるで受け入れがたいことを語った。
それら全てを聞いた、ノアは、フーンと納得したように、頷いた。
「で、そのゲームとやらで、レティシアは悪役だったわけだ」
ノアに理解してもらえたと、ぱあっと顔を輝かせたオリヴィアに、ノアは何を勘違いしているかは知らんがと、溜息を吐いた。
「お前の思考回路は分かったが、やったことは許されることじゃない。今日この時をもって、男爵令嬢の称号を剥奪、さらに反逆者として身柄を拘束する」
ノアから下された罰に、オリヴィアは納得がいかず、金切り声を上げる。
どうして。わたしは、この世界の主人公、ヒロインなのよ。醜く声を上げるオリヴィアを誰も庇おうとはしなかった。
取り巻きもだ。
むしろ、白昼夢から覚めたように、今までの自分の行いに、項垂れ頭を振る始末だ。
それは、チャーリーも同じだ。
チャーリーは自分がしようとしたことの重大さに気が付き、レティシアに頭を下げた。
「すまなかった。君には悪いことをしたと思っている」
許してほしいとは思わない。大勢の前で、君を貶しめるようなことをしてしまった。舌の根も乾かないうちにと、思っているだろう。許してくれなんて言えない。
そう言うチャーリーをレティシアは、静かに見つめる。
「頭を上げてくださいませ。貴方様がおかしくなったのは、彼女の、その前世の記憶とやらのせいで御座いましょう」
「それでも、私の心に弱い部分があったのは事実だ。そこに付け入られ、君を傷つけてしまった」
謝罪は必要ないと言い張るレティシアと、それでも、自分にも非があるのだからと土下座をし始めようとするチャーリーをノアは、見守った。
ノアは、オリヴィアを、騒ぎを聞きつけてやって来た警備員に伝言を添えて引き渡すと、体を少年の姿に戻し、踵を返したのだった。
ノアの向かった先はもちろん、王宮である。
青年の姿になり、執務室へ飛び込むとそこに居た人物に露骨に顔を歪めた。
「よぉ、ノア」
「ま、マルコぉ!?」
ぴやっと飛び上がって、威嚇し始めた狼を、ニヤニヤ笑って見つめるのは、ノアの天敵であるレティシアの父マルコである。
「随分、派手なイベントがあったらしいじゃねぇか」
情報通なマルコは既に、婚約破棄事件を知っているのか。
地獄耳と呟いたノアに、聞こえてるぞと返すマルコは、怒り狂っているということは無さそうだ。
「どうせ、陛下と既に今後のことを話してるんだろ?」
「そうだ。チャーリーとレティシアの婚約破棄は保留して、オリヴィア嬢は、裁判をするつもりだ」
国王の言葉に、それが妥当だなと、頷いたノアはマルコの隣をすり抜けて、はいっと王に報告書を差し出した。
「…これで、いいんだよな、陛下」
「もちろん。この乙女ゲームは強制力があったようだから、一度イベントを消化する必要があったからな」
そうじゃないと、今後どうなるか分からなかったからな。と宣う王に、ノアは俺もちゃんと役目を果たしたでしょ、褒めてと言わんばかりに、幻覚の尻尾を振った。
それを正確に受け取った、王はえらい偉いとノアのくせっ毛を撫でた。
「じゃあノア、次の仕事な」
「うげっ」
休みは!?と泣くノアに、冗談だと笑う王。
結局ノアは、今日も、王の命令を受けて、国内を奔走するのであった。
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