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狼は今日も奔走する  作者: 朱音
婚約破棄編
2/6

中編

長くなりそうなので分けました。

後編は、明日更新します。

 

 嫌な予感は往々にして、手遅れなことが多い。

 特に、今回の場合、ノアの嫌な予感はほぼ仕事をしなかったと言っても良い。


 ノアは、日課となった、国王へ泣きつき…いや、報告を終え、行きよりは軽い足取りで戻ってきたところだ。

 ちなみに今は丁度お昼の時間。つまりノアは、午前の授業を丸々サボった訳だ。


 こういうところが、転校生が来る前から、不良として学生の間で広まり、更には友人を持たない一匹狼として有名になっていた。

 ところが、問題の転校生が現れた瞬間、転校生に懐いた(周囲からはそう見えている)ため、元々ノアのサボり癖をよく思っていなかった生徒達が、目の敵にしだした。

 そして始まる、ノアへの嫌がらせ。

 それがノアを、増々教室から遠ざけるという、悪循環が生まれた。


 さて、それは置いておいて。


 現在、冷たい視線を浴びながら、ノアは食堂まで歩いている。

 そして、食堂のドアの前で、ノアは異変に気がついた。

 気がつくのが遅い。遅すぎる。


 平常では、多くの生徒が集まり、お昼のこの時間となれば、食堂の外にまで聞こえるくらいの喧騒に包まれるのに、この日は静まり返っていた。

 ここで漸く、ノアの嫌な予感が仕事をした。


 ソッと扉を少し開ける。

 すると、やっと声が聞こえた。


 この女子特有の美しいソプラノ声は、チャーリーの婚約者であるレティシアのものであろうか。


「もう1度言ってくださいますか?」

「何度でも言おう。僕は、君との婚約を破棄する。そして、オリヴィアと婚約を結ぶことにした」


 ノアの脳は、停止した。

 それは、あまりにも受け入れ難い言葉だった。


 レティシアの父は、この国で随一の公爵家の頭。

 国王とも仲が良く、この国の経済を支える家だ。

 だからこそ、その絆を強め、後世まで続いていくための、政略的な婚姻だったのだ。

 正直、彼女の家がこの国から離れると、経済的に苦しくなることは、目に見えている。

 そして、娘を溺愛しているあのや公爵が、こんなことになって、ブチ切れ、国を出ていかないなど、ノアには考えられない。


 最悪な展開になってしまった、陛下ごめんなさい。


 ノアは、真っ白になって辞世の句を考え始める。属に言う現実逃避だ。

 しかし、その間にも状況は悪い方向へ転がって行く。

 頭を振ったノアは、現実逃避を辞め、立ち向かう決意をした。

 これも、自分が慕う陛下のため。


「何やっているんだ、バカ王子!!」


 そう叫びながら、勢い良く、内開きの食堂の扉を開いたせいで、扉近くの数名の生徒の後頭部が犠牲になった。

 それにごめんと謝りつつ、ノアは唖然としている観衆の間を縫って、チャーリーとレティシアが向かい合う現場へ到着した。


 そして、チャーリーの胸倉を掴み、ガクガクと揺さぶりながら怒鳴った。


「どぉしてお前は、そんなに考えなしなんだ!?いつからそんなポンコツ王子になったんだよ!!国民を幸せにしたいって言ってたお前は何処に行った!?おい、答えろよ!」

「…殿下、白目向いてらっしゃいますけど、大丈夫ですか?」

「あ…」


 レティシアの冷静な声に、ノアは我に返った。

 ノアが手を緩めると、重力に従ってチャーリーの体が崩れ落ちる。

 静寂が場を支配する。

 そこに漂うのは、困惑と半数以上を占める、呆れ。

 それを冷静に受け止めて、ノアは努めて明るい声で言葉を発した。


「やっちゃった✩」


 テヘペロと聞こえてきそうなその態度に、呆れがさらに深まったのは、言うまでもないだろう。


 チャーリーの気絶は一瞬だったらしい。

 直ぐに目を覚ましたチャーリーは、状況を把握すると、ノアを睨んだ。

 オリヴィアは、起き上がったチャーリーに、腕を絡めて、同じ様に、ノアを睨みつける。


「どういう事だ、ノエル」


 ちなみに、ノアは学園に入る際、偽名を使用している。


「どういう事だって言うのは、こっちのセリフだポンコツバカ王子。略してポンバカ」


 グルルと唸るノアに、チャーリーは頬に青筋をたてた。


「無礼な。今すぐ不敬罪で首にしてあげようか…」

「出来るならやってみろ、ポンバカ王子」


 さて、こいつは真剣なのか、巫山戯ているのか。

 観衆は困惑や呆れから抜け出すと、そう首を傾げた。

 ただ、誰もノアを止めないのは、それだけ腹に据えかねているからだろう。


「貴様、無礼だぞ!!」

「お前はお呼びじゃない、ジャック。引っ込んでろ」


 チャーリーとオリヴィアの後ろに控えていた、騎士団長の息子であるジャックが、怒鳴る。

 その顔は、怒りによるものか、真っ赤である。

 それに、ノアはやれやれと肩を竦め、ため息を重ねた。


「脳筋バカだとは思っていたけど、ここまで阿呆だとは思わなかった。ガッカリだ」


 お前はバカでも、考えて行動ができるやつだった。

 そう言葉を重ねたノアは、ジャックに哀れみ、蔑みの混じった視線を向けた。


「っ!!」


 激昂したジャックが、腰から剣を引き抜く。

 それに場がどよめくが、ノアは慌てもしない。


「誰が、お前に剣を教えたと思っている」


 躊躇なく振り下ろされた剣の横腹を、ノアはパアンと手の甲で叩くことで、軌道をズラした。

 それにより剣は、あらぬ方向の地面を切り裂く。

 皆が、ノアの体捌きに目を見張る中、レティシアだけが小さく、もしかしてと、呟いた。


「なっ…俺の剣は、学園1なのに…」

「いつの間にそんなに視野が狭くなった?たかが()()1()だろ?」


 ノアの言葉に、実力に、ジャックは戦意喪失したようだ。

 俯いて、カランと剣が、彼の手から零れ落ちる。

 肩を落とす背中が、自己嫌悪に陥っているようだ。


 一方、ジャックがあっさりと敗れたことで、チャーリーは動揺していた。それは、チャーリーの腕にしがみつくオリヴィアも同じ。


「こんなの、シナリオには無かったわ…」


 そう小声で毒づくオリヴィアの声も、獣並の聴力を持つノアの耳にはバッチリと、届いた。

 おいと、吐き出された言葉に込められた怒気が、オリヴィアに刺さり、彼女は顔を蒼白にした。


「シナリオって、どういう事だ?」


 あまりの威圧に、オリヴィアはヒッと息をのんだ。

 その彼女の様子を見て、チャーリーが彼女を庇うように、前に出る。

 顔は蒼白であるが、その瞳は強い光が浮かんでいる。


 その様子を見て、ノアは無性に泣きたくなった。

 一生懸命、手塩をかけて育ててきた生徒達が、急に国を揺るがすほどの騒動を起こしたとなれば、泣きたくもなるだろう。

 いや、若干泣いているか…。


「ポンバカ王子、その心意気は違う所で見たかった…」

「………」


 感情の振り幅が激しい、別名情緒不安定なノアにチャーリーだけでなく、人垣を作っている生徒達も引いている。

 スンと1度鼻を啜ってノアは、気持ちを切り替えたようだ。


 改めて、オリヴィアを見る。


「改めて聞くが、シナリオについて話せ。拒否権は無い」


 声高に告げるノアを、オリヴィアはキッと睨んだ。

 可愛らしい容姿をかき消すほどの醜い表情に、ノアは嫌そうに眉をしかめた。

 ノアは、これでも綺麗なモノ好きなのだ。


「何を言ってらっしゃるのかしら?」


 あくまで白を切るオリヴィアに、ノアは素直に吐いた方がいいぞと忠告をする。

 しかし、オリヴィアはそれを無視した。

 チャーリーやすっかり蚊帳の外に置かれたレティシアは、困惑したようにノアを見る。

 少なくとも、学園の生活からは、彼がこのような人物であることは予想だにしていない。

 観衆の中で、多少彼と付き合いのある者は、驚くばかりである。

 この後、彼が何をするのか、誰にも予想がつかない。


 注目が集まる中、ノアは口を開いた。


「“知っていることをすべて話せ”」


 明らかに、力が篭った言葉だった。それは、言霊と言うものだろう。

 しかし、向けられたオリヴィアに変化はない。

 チャーリーやレティシア、観衆が首を傾げる。

 それと同じく、ノアもあれっと首を傾げた。どうも肝心なところで爪が甘い男である。

 何が起こるのかと身構えていたオリヴィアは、何も無いことを確かめると、露骨にノアに蔑みの視線を向けた。


虚仮威(こけおど)しかしら?」

「んー…何でだ…?」


 オリヴィアの皮肉など、なんのその。

 右から左に聞き流したノアは、自分の体を見下ろして、ポンと手を打った。


「ちょっと、無視しな――」

「イーサン、マントー」


 ノアが一声かけると、人垣の中から、1人の男子生徒が歩みでるとノアにマントを渡して、立ち去った。彼の役割は以上で終了だ。

 喚くオリヴィアを無視して、ノアは、今の自分には大きいマントをバサリと羽織った。



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