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魔術師の店シリーズ

続・透明人間 ポプリ

「透明人間」

https://ncode.syosetu.com/n5931ds/

の後日談です。

一応単独でも読めるようには書いたつもりですが、順番に読んでいただいた方が、意味が伝わりやすいかと思います。

「いらっしゃいませ」

 声をかけられて、節子は顔を上げた。

(あれ、私、いつの間にここに……)

 声をかけてきたのは、見覚えのある青年だった。

 雑貨店の店主である、穏やかで美しい人だ。

 考え事をしながら歩いていたら、いつの間にかその雑貨店の前まで来てしまっていたらしい。

 店には広い庭がついており、道に面した側には、色とりどりの花が咲き誇る鉢やプランターが並べられている。

 その奥には低木や、食用ハーブの畑などもあるようだ。

「お久し振りですね、節子さん」

 店主は花々の間で微笑んだ。絵になる光景だった。

 彼に名前を呼ばれたことに、節子は驚く。

「よく私の名前を憶えていますね」

「当然ですよ。連絡先を下さったじゃないですか」

 節子の頬に、さっと血が上った。

「あれは……」


 先日、幼馴染の結花が、突然行方不明になった。

 節子は、結花が行きそうな可能性のある場所や頼りそうな人を、思いつく限り全て調べたが、結局見つけることはできなかった。

 店主は、結花がいなくなる少し前の日に、結花と話をしたらしい。

 節子はそれを知った時、もしかしたら結花はまたこの店に来るかもしれないと思った。

 面食いの結花が、この美しい青年にまた会いに来るのではないかという気がしたのだ。

 だから念のため、もしも結花を見かけたら連絡が欲しいと言って、店主に連絡先を教えたのだ。

 今考えれば、初対面の男性にいきなり連絡先を渡すなんて、大胆なことをしたと思う。

 だが、あの時は必死だったし、それに、なんとなくこの人なら、結花の居場所を突き止めてくれそうな感じがしたのだ。

 店主にはそんな、どこか神秘的な雰囲気がある。

 しかし結局、その後店主から連絡が来ることはなかった……。


「結花さんはその後、見つかりましたか?」

 店主がそう訊いてきた。結花の名前も憶えていてくれたらしい。

「いえ、まだ……。あの後こちらへ来たりはしてませんか?」

 わずかな望みをかけてそう訊いてみたが、店主は首を横に振った。

「見ていませんね。お役に立てなくてすみませんが」

「そうですか……」

 節子は肩を落とした。

「……節子さん、疲れていらっしゃるようですね」

 店主が、気遣わしげに節子を見つめた。

 実際、節子は以前この店へ来た時と比べても少しやつれている。

 目の下にもくっきりと隈ができていた。

「最近、よく眠れなくて……」

 節子は俯いたまま呟くように言った。

 眠ると、結花が酷い目に遭っている夢ばかり見るのだ。

 だから夜中に何度も飛び起きてしまうし、最近は寝るのが怖くなってきてしまった。

「それはいけません。睡眠不足は健康を害します。あなたはとても良い人ですから、そんな顔をされると心が痛みます。……そうだ、良かったら少し、店に寄っていきませんか? お茶の味見をしてください」

 爽やかな笑顔でそう言われ、特に用事もなかった節子は素直に頷いた。


 店の扉を開けると、鈴の音がチリーンと鳴った。

 入って左手の喫茶コーナーで、節子は店主に勧められるまま、カウンター席の一つに腰を下ろした。

 薬缶でお湯を沸かしつつ、カウンター内の棚に並ぶ茶葉のビンから一つを取り出す店主の後ろ姿を、ぼんやりと眺める。

 店主は外見だけでなく、その動作の一つ一つが美しい。

 もしも結花と一緒に来たのだったら、彼女はきっとキャーキャーとはしゃぎ、節子は呆れた顔をしながらも、内心では結構面白がって結花の話を聞いたのだろう……。


 コトリ、と目の前にティーカップを置かれ、節子は物思いから覚めた。

 形も模様も美しいそのカップには、花の香りがする紅茶が淹れられていた。

「この香り……、ラベンダーですか?」

「ええ。それを中心に、リラックス効果のあるハーブを何種かブレンドしています」

 店主がにこりと微笑む。

 お茶を口に含むと、ほのかな甘みと優しい香りが、ほんの少しだけ心を癒してくれるような気がした。

 結花はまだ見つからない。

 だが、希望を捨ててはいけないと思った。


 お茶を飲み終え、一つ息をつくと、節子は立ち上がった。

「ごちそうさまでした。あの、このお茶、いくらですか? 払います」

 この店は雑貨屋だが、普段からこのエリアは喫茶コーナーとして営業しているようだった。

 タダでお茶を飲んでは悪いと節子は思ったのだ。

「いえいえ。これは私がごちそうすると言ったものですから」

 店主はそう答えたが、ふと思いついたように、

「……ああ、そうだ、それなら、代わりにポプリを一つ、買っていかれませんか?」

 と提案してきた。

「ポプリ?」

「ええ。こちらへどうぞ」

 店主はカウンターから出てきて、商品が並べられた真ん中のテーブルへ節子を促した。

 テーブルから、ちりめん生地の小さな巾着袋を一つ取って、節子に渡す。

「匂い袋です。これを枕の下に入れて寝てください。よく眠れますから」

 巾着の中には香りの元となる物が詰められているようで、ぷっくりと丸く、優しい甘さの香りがした。

 先程のお茶と同じ、ラベンダーの香りも入っているようだ。

 ラベンダーに安眠の効果があることは有名だから、きっと自分は随分と寝不足そうな酷い顔をしているのだろうと、節子は苦笑した。

「ありがとうございます。試してみます」

 あまり匂いがきついものは、トイレの芳香剤を思い出してしまって苦手だが、これは思ったほど匂いが強すぎないので気に入った。

 値段も三百円と手頃だ。

 節子はそのポプリを買って帰り、その夜早速使ってみた――。


     *


「せっちゃん、久し振り」

 ちょっと旅行して帰ってきたというような気軽さで、結花は言った。

「結花! 今までどうしてたの!?」

 節子は結花に駆け寄り、その両手を掴む。

「あたしは元気だよ。だから心配しないで」

 結花は笑っていた。

「そう……。良かった……」

 節子の目から、涙がぽろぽろとこぼれた。


     *


 ――目が覚めた時、夢の内容は忘れていた。

 だが、なんとなくいい夢だったような気はする。

 久し振りにすっきりした目覚めで、今日からまた頑張れそうだった。

(でも……)

 節子は首を傾げる。

(どうして私、最近眠れなかったんだっけ……?)


 身支度をして出ていくと、母が朝食の用意を終えたところだった。

「おはよう」

 と挨拶すると、

「おはよう。……あら、やっと少し元気が出てきたみたいね」

 ホッとしたように、母がそう言った。

「え? 私、元気なかった?」

「何言ってるの。結花ちゃんがいなくなってからずっと落ち込んでたじゃない」

「ユカちゃん……?」

 節子は繰り返した。

「って、近所の結花ちゃんのこと? そういえば、どこかへいなくなったんだっけ?」

「……あなた何言ってるの?」

「え?」

「…………。まあ、いいわ。そうよ、あなたにはあなたの人生があるんだから。他人のことをいつまでも気にして生きていくことはないわ」

 節子は母が何を言っているのかよく理解できなかったが、気を取り直して席に着いた。

「いただきます」

 二人で手を合わせて、朝食を食べる。

 母のごはんはいつも通り、美味しかった。

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