1章
※若干の残虐表現があります
ゆさゆさと揺さぶられる。
次第にその揺れは大きくなり、ガクガクと大きく揺さぶられる。
「なん……だよ……」
目を擦ろうとして、VRゴーグルに手が当たる。
「ん……寝落ちしちゃったんだっけ……?」
体を揺らした主を確かめようとゴーグルを外すが、誰もいない。というか
「何処だ、ここ……」
六畳ほどの広さで、壁も床も天井も、一面真っ白い部屋。
正面にドアがあり、その上には校内放送などでよく見たスピーカーがある。
目の前には、無機質な白い机とその上に置かれた自分のパソコン。画面は「タクティクスゲーム」のログイン画面が表示されている。
「……え? なにこれ。夢? もしかして誘拐された? え?」
彼岸花は無意識に自分の体を抱きしめながら、辺りを見回す。パソコンの駆動音以外の音は聞こえず、不気味なほど静まり返っている。
おっかなびっくり椅子から降り、ドアノブしか付いていないシンプルなドアを確認する。
ドアノブに鍵穴はなく、捻れば開きそうな形をしている。しかし――。
「開かない……か。誘拐だとしたらそりゃあ開かないよね……」
ガチャガチャとドアノブを捻り、押したり引いたりしてみるも、一向に開く気配はない。
「そうだ、ネットだ。オンラインゲームがつながってるなら……」
パソコンの前に戻り、ブラウザを起動する。しかしそこには『アクセス禁止』の文字。
ブラウザへのアクセスは禁じられており、外部へと繋がるアプリは全て消されていた。
隅々まで調べた結果、わかったことはネットには接続されているが、外部へのアクセスは出来ないこと。そして接続されているネットワーク名は『radiata』という名前だけだった。
「これってこのゲームの制作会社だよね……。どういうこと……? この会社が私を――」
ガッガガッ……。
突然ドアの上のスピーカーが鳴り始めた。
『ようこそ、リコ様。貴方には、これより「タクティクスゲーム」をプレイして頂きます』
ゲームを開始した時に流れた音声と同じ声がスピーカーから聞こえる。
『なお、この部屋の扉は、ゲーム内で一定の条件を達成した時にのみ開きます。条件を達成するまで何度でもリトライできますので、張り切って挑戦してください』
ブツッ!
断ち切るような音と共に、声は聞こえなくなった。
「え、いや、ねぇ! ちょっと!」
彼岸花は慌てて声を荒らげるが、スピーカーが再び声を発することは無かった。
「はぁぁ……。ドアは開かないし、話をするつもりもない。ここを出たけりゃゲームをしろって……? 誘拐までしてゲームをさせる? 何のために……? ドッキリとか? いや、誰が私なんかに仕掛けるんだよ……」
部屋の中を歩き回りながら独りごちる。机の周りを二周ほど周った後、彼岸花は溜息をつきつつ、席へと座った。
「ゲームを”やらされる“っていうのは気に食わないけど……。やるしかないか」
机に放り出されたVRゴーグルを乱暴に取ると、外れないようにしっかりと装着した。
「ログイン」
その言葉を契機に、ゆっくりと画面がホワイトアウトしていった。
次第に画面に色が戻ってくる。真っ青に澄み渡った空に風に揺れる草花。憎らしいまでに清々しい草原に立っていた。
「うわ……、グラフィックすご……」
草の一本一本まで細かく描写されており、風が吹き抜けると、風に負けた草が細かく舞う。まるで本当にそこにいるかのような錯覚に陥るほどに、リアルな描写がされている。
「お、おい! そこのあんた!」
グラフィックの凄さに呆けている所に唐突に後ろから呼びかけられ、ビクリと心が跳ねる。
ギギギとロボットのように振り返ると、そこにはザ・村人という格好をした中年の男性が立っていた。質素な布の服に、ボロボロに刃毀れした剣、傷だらけの木の盾。ビクビクと腰の引けた構えは荒事には全く慣れていないように見える。
「お、おい! 聞こえてるのか? 言葉通じるか?」
ザ・村人が彼岸花を見つめて話しかけてくる。
「ん? あ、えーっと、は、はい」
このゲームは音声認識のみ使用する――。その特殊な操作方法を思い出した彼岸花は、戸惑いながら声を出す。その声に反応して村人は弾かれたように話し出す。
「良かった! あんた、見たところ軍師サマだろ? 頼む! 俺を指示してあいつらと戦ってくれ!」
村人(仮)は首が取れそうなほどの勢いで頭を下げる。
「……指示? あいつらって……」
その場でぐるりと見渡すと、彼岸花の右奥から、これまたいかにも盗賊という格好の男達が走ってきていた。
「てめぇー! まちやがれぇ!」
数は三人。村人(仮)同様にぼろぼろな格好だが、武器は鋭く尖り、凶悪な見た目をしている。
「戦うって言ったって、これは無謀じゃ……」
盗賊たち(仮)はどんどんと距離を詰めてくる。
「と、とにかく、指示を頼む!」
村人(仮)は武器を構えると、盗賊(仮)へと向かっていった。
「いや、頼むって言われたってどうすれば――」
『戦闘開始。指揮モードに移行します』
「えっ? ちょっ!」
急に空へと引っ張り上げられるような感覚に彼岸花はたまらず目を瞑った。
恐る恐る目を開くと、村人(仮)と盗賊(仮)の戦いが、眼下で起ころうとしていた。
「これは……一体……」
薄っすらと地面にマス目のようなものが見え、村人(仮)を見ると一マス前方が黄色く点滅しており、左右の斜め前が赤く点滅している。敵の盗賊(仮)も同様の表示がされている。
「これって……、黄色が移動範囲で、赤が攻撃範囲ってことかな? チェスのポーンみたいな動き……って」
彼岸花の顔が冷たいものに変わっていく。
「……そういうことか。これは私にチェスをさせたいってことか?」
冷めた顔に、だんだんと怒りが現れてくる。
「天才だとかもてはやされて、無様に踊る姿を見て嘲笑いたいってことか。悪趣味だなぁ本当に!」
怒りの感情が徐々にヒートアップしていく。
「あーーーもう! いいよ。そんなに見たいならやってやるよ……!」
椅子の上で胡座をかき、目を閉じ、熱い息を吐き出す。頭の中をクリアに、ただ盤面のみに集中出来るように何度か呼吸を繰り返す。
「さて、はじめよう」
ゆっくりと目を開く。先程までの激情はすっかり消え去っていた。
戦いの状況を確認する。戦場は5×5マス。こっちはポーンの動きをする村人(仮)のみ。相手は同じ動きをする盗賊(仮)が三人。村人(仮)は中央の一番手前。相手は中央一番奥に若干だけ身なりが良いのが一人、その左右手前に一人ずつ。先手はこっち。
「ポーンの動きしか出来ない以上、戦略も何もあったようなものじゃない……が、まぁとりあえず進めるしか無いか」
彼岸花は状況を整理してから、ふと気がつく。
「……これ、どうやって打てばいいんだ?」
使用するのは音声のみ。となると声であの村人(仮)に命令する必要がある。
「あー、えっと……」
村人(仮)に注目すると、様々な情報が出てきた。
名前:ロバート
年齢:三九歳
近隣の村、ソトス出身。戦闘経験はほぼなく、村の外に出るときは自衛のために剣と盾を持ち歩いている。
体力:7
攻撃力:6
防御力:3
スキル:体当たり
続いて盗賊たち(仮)にも注目する。
名前:盗賊A、盗賊B(未開示)
年齢:未開示
追い剥ぎの盗賊。一人で歩いていたロバートの追い剥ぎをしようとしている。
体力:3
攻撃力:8
防御力:3
スキル:なし
名前:盗賊首領(未開示)
年齢:未開示
追い剥ぎの盗賊達の長。一人で歩いていたロバートの追い剥ぎをしようとしている。
体力:4
攻撃力:9
防御力:4
スキル:体当たり
「なるほど、奥にいるのがボスってことか。ダメージ計算が単純なものなら、雑魚は一撃、ボスは二撃。こっちはどの攻撃でも二撃食らったら負けって感じね……ふむ。ただのチェスじゃなくて、モチーフにしたゲームってとこか」
ブツブツと口に出しながら考えをまとめる。
「ま、とにかくやるしかないか。えーっと、ロバート、さん? 一マス進んでもらえますか?」
「一マスって……、お、この四角のことか。おう!」
村人ロバートが走っていく。指定したマスに到着する頃には息も絶え絶えな様子だった。
「……さて、こっちの行動は終わった。後は盗賊のAかBが動いてくれれば……」
「向かってくるとはいい度胸じゃあねぇか」
彼岸花のささやかな期待は簡単に打ち砕かれる。ボス……盗賊首領が動いた。
「あー……まぁそうだよね。チェスならステイルメイトで引き分けだけど……。そうはならないか。やっぱりこれは“あくまで”チェスをモチーフに作られたゲーム……。ルールが不明確だから、どこまでチェスの要素があるか分からないけど、ゲームである以上、続行不可能になるってことはないはず……それなら」
ロバートに告げられた次の指示は、彼にとって残酷なものだった。敵が待ち受ける場所に突っ込むなど正気の沙汰とは思えない。
「おいおい本気かよ……くそっ!」
一マス前進する。これで正面に盗賊首領、左前に盗賊A、右前に盗賊Bが並んだ。
「げっへっへぇ! わざわざ前に出てきてくれるなんてなぁ!」
盗賊Bがロバートに襲いかかる。ロバートはブンブンと盾を振って対抗するが、盗賊はいとも容易く懐に入り込み、腹部に深々とナイフを突き立てる。
「ぐ……ふ…、おぉぉらぁぁ!」
渾身の力で盾を振り回す。予想外の反撃に驚いた盗賊は、飛び退いて身構えた。
ロバートは、荒い息を繰り返しながら、腹部を押さえて盗賊達を睨む。
ゲームにしては、あまりに生々しく、細かい描写に彼岸花は顔を顰める。あまり見ていて気持ちの良いものではないと、彼岸花は次の指示を伝える。
「ロバートさん。盗賊A……、えーっと左前の盗賊を攻撃してください」
ロバートは了解の意思を伝えるように頷くと、鬼気迫る顔で盗賊Aを睨みつける。
「はぁ、はぁ、はぁ。いくぞ……!」
中腰で盾を前面に、体を斜めに構える。剣は体の後ろに隠れるようにして、盗賊Aに向かって突撃する。
瀕死なはずのロバートのいきなりの突撃に面食らった盗賊は、慌てて武器を振るうが、ガッチリと構えた盾に弾かれる。
「はぁぁぁぁぁぁ!」
武器を弾かれ体制を崩した盗賊に、突撃の勢いを利用して逆袈裟に切り上げる。ボロボロとはいえ、勢いの乗った斬撃は、両断とまではいかなかったが、腹部から肩口にかけて深く切り裂いた。
裂けた傷口から鮮血が噴き出す。
口からもゴボゴボと濁った音を立てて血を吐き、痙攣しながら崩れ落ちた。
倒れた盗賊の傷口から内蔵がドロリと流れ出し、次第に痙攣が止まる。目を見開き、信じられないといった表情で盗賊は息絶えた。
血の匂いが感じられるほどのリアルな惨劇に彼岸花は吐き気を催す。
「うーわ……これはゲームとしてはやりすぎでしょ……」
豹変とも言える村人の攻撃に、残りの盗賊達の戦意はごっそりと削がれていた。
「なんで村人ごときが……ひぃ」
盗賊Bが逃げるように一マス前へ前進する。
「次は……、次はどうすればいい」
盗賊の死骸があるマスまで移動したロバートは肩で息をしながら指示を求める。その姿は返り血にまみれ、恐ろしい獣のようにも見えた。
「あ、あぁ。一マス前に進んでください。正しければそこで――」
「うお! なんだこれは!?」
彼岸花が言い終わる前に一マス前に進んでいたロバートは、突然現れた光の柱に包まれていた。それと同時に、ロバートの頭上に四角いウィンドウが四つ現れた。一つ一つのウィンドウには装飾など施されておらず、無機質にアルファベットのみが描かれている。
アルファベットは左から「Q」、「R」、「B」、「K」と記されている。
「思った通りだ。やっぱりゲーム自体が“詰む”ということは対策されている。つまり『プロモーション』は存在している。このアルファベットのウィンドウは昇格先を選択しろってこと……だよね。よし……! 選ぶのは「Q」……クイーンだ!」
彼岸花の宣言により、アルファベットのウィンドウが消える。同時にロバートを包む光が大きく膨れ上がった。
「ぐぅぅぅおぉぉぉぉ!」
雄叫びが響き、光が弾ける。
そこにはボロボロな格好の村人はもういなかった。
白色を基調としたフルプレートアーマーの騎士がそこに立っていた。鎧には細やかな飾りが施されているが、決して過度ではく、絶妙なバランスの美しさを保っている。
刃毀れした剣は、鎧と同じ白色の大型のランスとなり、傷だらけの木の盾は白銀に輝く盾となった。
「これは……力が溢れてくる……!」
ロバートのその言葉をうけて、彼岸花はロバートに注目する。
名前:ロバート
年齢:三九歳
『クイーン』の力を一時的に宿した村人。行動範囲やステータスが向上している。
体力:42
攻撃力:36
防御力:21
スキル:貫きの白銀槍突
「……明らかにオーバーキルなステータスなんだけど。というかさっきは大して気にならなかったけど、このスキルってのは――」
彼岸花の言葉に反応して、ロバートの持つランスが光を放つ。それに呼応してスキルの発動を待つが如く一部のマスが光る。
「あれ? 次はあっちの番のはずなんだけど……。スキルは別なのかな? ……まぁいいか。効果範囲は攻撃範囲と一緒。ってことはボスに撃てるか。うん。ロバートさん、そのボスにスキルを撃ってください」
無言でボスへと向き直り、ランスを構える。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 俺は――」
命乞いが終わる前に、ロバートのスキルが発動する。白銀の残光を残し、盗賊Bの先まで突き抜ける。一呼吸遅れて盗賊首領と盗賊Bの身体が、風船が割れるように破裂した。
『戦闘が終了しました。指揮モードを解除します』
浮遊感がなくなり、考える間もなく、一気に落下する。
「またこうなんのかー!」
VR映像であり、実際には衝撃などないはずだが、恐怖から目をつぶる。
恐る恐る目を開くと、地面と衝突するスレスレのところで、ふわふわと浮いていた。
「おーい! 軍師サマぁ!」
遠くからロバートが駆けてくる。鎧は解除され、村人の格好に戻っていた。
「はぁ、はぁ、いやー助かったぜ。腹刺された時はどうなることかと思ったけどよ」
腹部をさすりながら、朗らかに笑う。傷が痛む素振りは微塵もない。
「あ、ご、ごめんなさい。その……傷は大丈夫ですか?」
ゲームのキャラクターを心配するとか……。彼岸花は心の中で自嘲する。リアルすぎる描写のせいか、下手にコミュニケーションが取れてしまうせいか。自問しながら村人を見つめる。
「ん? あぁ、なんかアレに変身? したら綺麗さっぱり塞がっちまったぜ」
マジシャンが手品を披露するように、刺された部分の前で、パッと手を広げる。服に穴は空いているが、傷跡すら残っていなかった。
「ところであんた、こんなところで何してんだ? いや俺はいてくれて助かったんだけどよ」
言葉に詰まる。
真実を言えば「ゲームにログインしたらここにいた」だが、ゲームのキャラクターである彼に対してそれが伝わるのか。
ああでもない、こうでもないと思案しながら、辺りに視線を走らせる。
広大な草原、はるか遠くに聳える山々。その中でも一番大きな山の麓に、山に負けじと高い城壁に囲まれた巨大な都市が目に入った。
「あー、あそこに向かう途中だったのか。確かにあそこに向かうには、この草原通らなきゃならんしな」
視線を勘違いしたのか、そうかそうかと頷いたロバートは、その都市から南西の方向を指差した。
「俺の村はあっちにある。機会があったら寄ってくれ。あんたには感謝してもしきれないほどだ。小さい村だが歓迎するぜ」
本当に助かったよ。じゃあな。と言葉を残し、ロバートは村へと歩いていった。
「なんかどっと疲れた……」
彼岸花はゲームとは思えないほどの疲労感を引きずりながらVRゴーグルを外す。疲れた目を癒すように目頭を揉み、ゆっくりと立ち上がって伸びをする。伸びが終わるのを見計らったようにスピーカーから声が聴こえる。
『条件クリア、おめでとうございます。ドアを解錠します』
ガチャンという音と共に、スピーカーの音も消える。
彼岸花は溜息をつくと、溜息と同じぐらい重い足取りでドアへと向かう。
ドアノブへと手が掛かった瞬間、スピーカーが再度喋りだす。
『只今を持ちまして、第一試験を終了します。クリアされた方で、まだ扉をくぐられていない方はお急ぎください。まもなく部屋の解体を行います』
パキ……パキ……。左右の壁から不穏な音がする。真っ白だった壁には蝕むように黒いヒビが現れ、勢いをまして侵食していく。
壁のほぼ全域にヒビが広がると、ミシミシという音を立てて、壁が、迫ってきた。
我に返った彼岸花は、慌ててドアを開き、その先へと飛び込む。
振り返った瞬間――けたたましい音が響き、今まで彼岸花が居た部屋は押し潰されていた。
放心状態の彼岸花にスピーカーから音が届く。
『これより第二試験を開始します。条件を達成するまで何度でもリトライできますので、張り切って挑戦してください。なお、第一試練と同様、条件達成者が一定数に達するか、一定時間が経過すると、部屋の解体が行われあますので、お気をつけください』
言いたいだけ言い残して、スピーカーは沈黙した。
ご覧いただきありがとうございます。
ようやくタグが意味をなしてきました。
まだ軽い表現ですが、今後もっとひどくなる可能性もありますので、ご注意ください。
ここまでが書き溜め分となります。次回投稿は1月中にはしたいなぁと思いますが、
とりあえず序章でも書きましたとおり、2章分ほど書き溜めてからの投稿となりますので、ご了承ください。
もしも、仮にもしもお楽しみいただいている方がいらっしゃるのであれば、おまたせしてしまいますが、
今しばらくお待ちいただけますと幸いです。