ー間章 彼女の理由ー
ー間章 彼女の理由ー
私が彼女にチェスのロビーを教えたのは、お兄ちゃんの勧めだった。
家族で夕食を食べている時に、相手がいないほど強い子がいると言ったのを、お兄ちゃんが聞いたのがきっかけだった。
良かれと思ってやったことだけど、今はすごく後悔している。
彼女に教えたインターネットチェスロビーには、いくつか仕掛けがあった。まず、彼女がログインした際、必ず対戦相手がいる状態にした。間違いなく対戦してもらうために。
そして対戦相手は全て実在する人間じゃない。打ち方や、ロジック、性格に特徴を付けて人に偽装したAIだ。
しかもそのAIはチェス界のトップ、グランドマスターに勝利したAIを元に作ったらしく、いくら強いとはいえ、女子中学生が敵うレベルではない。なんでお兄ちゃんがこんな代物を作れたのかは分からないけど、退屈しのぎになればいいかな、と安易に勧めてしまった。
教えた翌日。登校してきた彼女は、心ここにあらずといった感じだった。話しかけても生返事で、部活動にも出ずに、すぐに帰ってしまった。
一週間ほどその状態が続き、休み明けに登校して来た彼女は憔悴しきっていた。自信に満ちた眼差しは、どんよりと曇っており、堂々とした歩みも、幽霊のようなフラフラとしたものになっていた。
更に一週間後には、まるで別人の様になっていた。容姿端麗、頭脳明晰。そして将来のグランドマスターと称されたチェスに対する自信。その全てを失い、抜け殻となっていた。
それから彼女は徐々に学校に来る回数が減り、三年になる頃には全く来なくなってしまった。電話もメールも応答なく、家に行っても出てきてくれない。
そしてそのまま卒業となり、私の心に棘を残したまま、月日は過ぎていった。
高校生になっても塞ぎ込みがちだった私に、お兄ちゃんは気分転換にと、あるオンラインゲームを勧めた。
あんなことがあったので、正直お兄ちゃんの勧めというのは、乗り気がしなかったが、あんなことになるとは思わなかったと深く反省もしていたので……というのと、彼女もやっているという言葉から、やってみることにした。
ご覧いただきありがとうございます。
間章ということで、
章を跨ぐ際は、このような形で関係ある人の裏話やら何やらが入ります。
文中には語られませんでしたが、この子の名前は「瀧本 翠」ちゃんです。
次回、ようやくゲームします。