序章
-序章ー
タクティクスゲーム。
将棋やチェスなどに代表される、戦術を競い、勝敗を争うゲーム。
盤上、パソコン上、時には口上で行われるこの遊戯は、国籍や年齢を問わず様々な人々に愛され、親しまれてきた。
ルールさえ理解していれば、対等の条件で勝負することが出来る。
もちろんそのゲームに対する理解度や、戦術を知っているか否か、その場の対応力などによって勝率は大きく変わっていく。
そこに運の要素は存在せず、
そこに感情などは存在せず、
そこに現れるのは計算だけ。
シンプル故に奥深く、そして魅了される。
私は幼い頃にそのゲーム性に魅了され、チェスを始めた。
最初はお遊びだったが、続けていくうちにどんどんとのめり込むようになり、戦術書を買い漁っては没頭して、を繰り返していた。
中学に上がる頃には周りに相手になる人はいなかった。部活でも誰より強く、大会に出れば一位。プロ候補とか言われている人だって相手にならなかった。
天狗になっていたのだろう。私が一番強いんだって思い上がっていた。
相手がいないと嘆く私に、友人はとあるインターネットチェスロビーを勧めた。ここなら世界各国の強い人が集まってるから、退屈はしないだろうと。
意気揚々とロビーに乗り込んだ天狗の、長く長く伸びたその鼻は、至極あっさりと折られた。
知らない戦術。奇想天外な打ち方。かつて負け知らずだった私は、そこの人たちにただの一度も勝つことが出来なかった。
それから私は、来る日も来る日もそのロビーにログインし続けた。
次第に学校にも行かなくなり、大会にも行かず、ただひたすら勝負を挑み、そして負け続けた。
最初は凄く悔しかったが、それでも勝てない相手がいることが少し嬉しかった。
棋譜を見直し、戦術を再構成し、ひたすら最適化させ続けた。
だが、負けた。完膚なきまでに、徹底的に。
何十回か。何百回か。ひたすら負け続けた後に、私はロビーにログインするのを止めた。
自分には、最初からチェスの才能なんてなかったんだと、気付いてしまった。
そこから堕ちるのは早かった。生きがいだったチェスには触らなくなり、かわりにネットやゲームにハマっていった。
中学は最低限で卒業し、高校は通信を選択し、ほぼ家から出ることなく、順調に引きこもりとなっていった。
そういえば自己紹介を忘れていた。
私の名前は田中 彼岸花。
どこにでもいる田中に、彼岸花と書いて「ひがか」と読む……とのこと、だが。
俗に言うキラキラネームが二周回って出来たような名前で、それを田中と合わせることでとてつもない破壊力がある名前となっている。
昔はすぐにでも改名したいと思っていたが、今となっては面倒だし、ネット上であれば本名を使う必要もないため、放置している。
前述の通り、元チェスプレイヤーで、現ネット廃人の引きこもりだ。
年齢的には一応高校生。性別は女。
こんなところだろうか。
あぁ容姿に関しては……自分ではよくわからないが、最底辺な所じゃないかな。
「なにか面白いゲームないかなぁ……」
カーテンを締め切った薄暗い部屋でパソコンのモニターの光が彼岸花の顔を照らしていた。
目にはくっきりとクマができ、髪は伸び放題で乱れており、昔はしっかりと整えていた眉毛も生えるがままになっている。
死んだ魚のような目でモニターを見つめ、ブラウザをスクロールしていく。
「これもやったしなぁ……。うーん。やっぱネトゲかなー。でも月額課金は厳しいな……」
絶賛親の脛を噛りまくってる現状としては、ゲーム一つ買うにも罪悪感が付き纏う。それが月額なんてなったら……。といっても自分でバイトして稼ぐなんて気は、さらさら起きないのだが。
ある程度自由に使っていいと渡されたクレジットカード。これは親の甘やかしの証であると同時に、更正を諦めた証でもある。
「まぁ、いいや。とりあえず、と」
面白そうなのがなかったら、ネトゲは止めよう。と、とりあえず先程見ていたコンシューマーの情報サイトから、ネトゲの情報サイトに移動する。
たっぷりと時間を掛けて閲覧する。古くから親しまれているものや、あの人気声優が……など、様々な『売り』要素を流し見していく。
やってもいいかな。と思うものは何点か見つかったが、やりたい!と本気で思えるものは見つからなかった。
「んー……、やっぱやめようかなっと、あれ?」
諦めてブラウザを閉じようとしたその時、サイトに貼ってあった広告が目に入った。
それはとても簡易的なバナーで、『オンラインゲーム』と明記されていなければ、そもそもネトゲであることすらわからないものだったのだが、何故かとても心惹かれた。
『タクティクスゲーム』
とりあえずリンク先が怪しいサイトでは無いことを確認した後、リンクをクリックした。
サイトは簡易的なものだった。謳い文句も少なく、得られる情報は多くない。
ファンタジーな世界観であること。様々な職業があり、職業によってゲーム性がガラッと変わること。そして何よりプレイ無料であること。
「へぇ……無料なんだ。スペックは……うん、大丈夫そう。ただ……」
いくら無料とはいえ、面白くないゲームで時間を潰すのはもったいない。ブラウザの新しいタブをつけ、『タクティクスゲーム』を検索する。
「ん? あれ……?」
出てこない。
検索ワードをいくら変えても、そういったジャンルのゲームは出てくるが、肝心のそのゲームに関する情報はおろか、ホームページすら出てこなかった。
「オンラインゲームでそんなことあるか? もしかして凄く過疎ってるとか……?」
いくら人がいないからとサービス開始しているオンラインゲームが検索に引っかからないというのは流石に可笑しい。先程のホームページのタブに戻り、開発会社の名前を探す。
どうやら開発会社は『radiata』というらしい。聞いたことのない名前だった。ゲームのホームページからは会社のページへのリンクはなく、ゲーム同様検索しても良い成果が出ることはなかった。
実に怪しい。もしかしたらインストールすることで、ウィルスを流し込むような悪質なモノなのかもしれない。
しかし、情報がない、怪しいにも関わらず、どうにも心惹かれている。十分ほど迷った結果、今は使ってないもう一つのパソコンでインストールすることにした。抜かれても問題ない情報しか入れてない、ゲームをするための最低限なパソコンだし……、と理由を付けて。
インストールしている間に、トイレを済ませ、冷蔵庫から飲み物を拝借し、準備万端で自室に戻る。席についた頃にはインストールは終わっており、ゲームのトップ画面が表示されていた。ゲーム画面をクリックすると音声が流れた。
『ゲームの設定を行います。このゲームでは音声認識のみでプレイすることができますので、ヘッドセットとVRゴーグルのご準備をお願い致します。準備が完了しましたら、「準備完了」と発音してください』
なんだそれは。音声認識のみ? そんなゲーム聞いたことない。しかもVRなのか。
若干気分が萎えつつ、ほぼ使うことが無かったヘッドセットとVRゴーグルを用意する。
「じゅ、準備完了」
人と話すわけでもないのに、若干緊張しながら、発音する。この生活をするようになってから直接声を交わすのは両親のみとなっていたし、その両親も仕事が忙しいのか、ほとんど家に居ない。
そんなせいか、機械相手にも緊張してしまった。
『認識完了しました。それでは職業を選択するための質問をいくつか行います。後から変更はできませんので、正直にお答えください』
自分で職業選べないのか。ファンタジー系なら戦士みたいな前衛職がいいんだけど。
『第一問。貴方の得意なものはなんですか?』
ちらりと部屋の隅に目が行く。そこには昔取ったトロフィーの数々が、埃被って無造作に積み重ねられている。
いやいや……、と自嘲気味に笑うと、今の趣味を答える。
「ゲーム」
『なるほど。「チェス」がお得意なのですね。それでは第二問に移ります』
え、いや、チェスなんて一言も言ってないんだけど。
『第二問。貴方の大切な物はなんですか?』
「パソコン」
先程と違い、ノータイムで答える。これなら変な回答になるはずがない。
『なるほど。「チェスのトロフィー」ですか。よほどチェスがお好きなのですね。それでは第三問に移ります』
聞いてねぇー。
全く話聞いてない上に、勝手にチェス関連に結びつけてるし。
チェスなんて、得意だって思い込んでいただけだったし、そのトロフィーなんて、思い上がるための道具だったんだ。
『第三問。貴方の大切な人は誰ですか?』
大切な人……か。そう聞かれて真っ先に思い浮かんだのは両親だった。次に浮かんだのは中学時代一番仲が良かった友達。その次は浮かばなかった。といっても勝手に答えを変えられてしまうわけだし、真面目に考えるのも馬鹿らしいが。
「両親」
『なるほど。貴方の大切な人は「両親」なのですね。自身を産んでくれた御両親は大切ですね。』
ん? 今度はちゃんと認識した? どうなってるんだろうコレ。
『以上で質問は終わりです。得意なものは「チェス」、大切なものは「チェスのトロフィー」、大切な人は「両親」で承りました』
タイトル画面のままだったVRゴーグルの画面がゆっくりとホワイトアウトしていく。
『最後に、この物語上での貴方の呼び名を教えてください』
「リコ」
間髪入れずにいつも使っているハンドルネームを答える。自身の名前からもじったものだが、それなりに気に入っている。
『承りました。貴方の職業は「軍師」となりうます。それでは「タクティクスゲーム」の物語を心ゆくまで、お楽しみくださいませ。田中 彼岸花様』
え、なんで名前――。
問い切る前に、彼岸花の意識は途絶えた。
ご覧いただきありがとうございます。
R-15やら、残虐表現やら不穏なタグがありますが、
その辺りの要素は1章以降から徐々に現れます。
2章分ほど書き溜めてから投稿するので、投稿間にばらつきがあります。
遅筆な上に、不慣れではございますが、完結(キリの良い所)までは投稿いたしますので、
どうか末永くお付き合い頂けますと幸いです。