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真夜中の展覧会  作者: 土方悠旗
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第9章 こだわりのひげ 第10章 黄色いイス 第11章 明るい自転車乗り

第9章 こだわりのひげ



旅にトラブルはつきものです。どんなことが起こるかは予測できませんし、計画通りに進むことは稀です。優しい人との出会いもあれば、変わった人との出会いもあります。



「君の意見を聞かしてもらえないだろうか」



少年が絵に入るやいなや、老紳士はぼそぼそと言いました。



声が小さくて、あやうく少年は素通りしてしまうところでした。それにしても、何について意見なのでしょうか。少年は突然の質問に戸惑いました。



「どうなんだ?」



虫の居所が悪かったのか、今度は耳を覆いたくなるほどの大声で老紳士は言いました。少年は急な大声に体をビクッと震わせました。



「なんのことでしょうか?」



と少年は、老紳士を刺激しないように、おそるおそる尋ねました。老紳士は、大きくため息をつき、



「ひげに決まっている」



と、誰でもわかることだろうと顔を真っ赤にして答えました。



少年が怒られる理由はありませんでした。全く理不尽なことが世の中にはあるものです。



少年は改めて老紳士の顔をしっかりと見ました。



面長で、しわをたたえた目元、深い眉間のしわ、そして、確かに口元には立派なひげがありました。ひげは油で固められ、左右が上にはね上げられています。

 


聞かれていることはわかりましたが、ひげに対する意見とはなんでしょう。



つまり良いか悪いかということでしょうか。それとももっと詳しく、形がいいですねとか、きれいに整えられていることを褒めるべきでしょうか。



老紳士を納得させる答えとは一体なんでしょうか。



考えてもらちが明かず、この考えている間にも老紳士の眉間のしわが深くなり、何も答えていないのに怒られそうです。



「すばらしいと思います」



少年は、無難な答えを選択しました。深入りしすぎず、相手に悪い気をさせない最良な答えだと少年は思いました。老紳士は眉をぴくっと動かし



「そんなことは聞いてないし、自分で分かっていることだ」



唾を飛ばしながら、怒鳴りました。どうやら少年の答えは、老紳士にとっては気に食わない答えだったようです。



「このひげは、私の内面を表している。時代性もな。私が聞いているのは、つまりこのひげが示す未来のことなのだ」



少年の頭の中は、こんがらがりました。老紳士は何を言っているのでしょう。



ひげが示す未来?



少年は老紳士の言っていることを理解できそうにありません。



「私がこのひげを手に入れるまでどれくらいかかったと思っている?」



少年は、答えに窮しました。



間違った答えを言えば、また怒鳴られるかもしれません。そう思うと、言葉が出てきません。



「質問をしているんだ!早く答えないか!」



老紳士のイラつきはもうすこしで頂点に達しそうです。



「わかりません」



少年は、なかばあきらめの気持ちで、正直に答えました。何を言っても、結局怒られそうな気がしたからです。



「わからない?」



またしても、少年は老紳士の怒りに触れてしまったのではないかと、内心びくびくしていました。



老紳士は、眉間にしわをよせ、しばらく黙っていました。すると、突然



「そうなんだ!わからない。この世の中わかることの方が少ないんだ。またひとつ私は真理を手に入れたようだ」



と老紳士は晴れやかな顔で言いました。そして、ひげをいじりながら、何かに納得したかのようにぶつぶつと言葉を発し、何度もうなずきました。



「結局、ひげが示す未来って何なんですか?」



少年は老紳士に尋ねました。しかし老紳士の耳に少年の声はもう届きません。



老紳士は、あたらしい考えに夢中で、少年のことはもう忘れてしまったようです。



その後、何度話しかけても、老紳士の目には少年は映りませんでした。



これならひとりの方がまだましだと思いました。ふたりいるのに、ひとりぼっちと感じることがあるのだと少年ははじめて知りました。



老紳士は、少年が去ったあとに、赤い実が何粒か落ちているのを発見しました。けれど、そんなことは関係ありません。



老紳士には、考えることがまだまだいっぱいありましたから。






第10章 黄色いイス






黄色い世界に白いイスが一脚ありました。



少年は、そこに座り、遠くを見ました。見渡す限り、黄色くて、少年とイスだけ場違いのようでした。



少年の心には弱気の影がさしていました。この旅をして初めてのことです。



自分にはいいところなどありませんし、自信もありません。悪いところは、いくつも出てきます。



後ろ向きな考えというのは、前向きな考えと違って、少年の前に進み力を弱めました。



自分には何もないのではないかと、不安が次第に大きくなってきます。



少女は、僕のことを見て、迷惑がるかもしれない。もう帰ってしまおうか。そんな気持ちが芽生えることも一度や二度じゃありませんでした。



そんなとき少年の心をかろうじて支えるのは、少女のことだったり、白い虎の言葉だったり、ここまで来たんだという実感でした。


 

そろそろ立ち上がろうと、ひじ掛けに手をかけたとき、少年は、自分の手が黄色くなっていることに気付きました。



足も靴も靴下も、洋服も腕も。顔はどうだかわかりませんでしたが、たぶん黄色くなっているに違いないと少年は思いました。



ここにいたいと、ふと少年は思いました。



心休まる時間がここでは静かに流れていて、溶け込んでしまいそうな安心感があります。



けど、少年は先に進むことにしました。



離れることは、イスを裏切るような気がしましたが、少年はその絵を後にしました。



後ろを振り返りたい欲望をなだめて、歩き出しました。



もし、振り向いたら、少年を形作っている何かが置いてけぼりになりそうな気がしました。





第11章 明るい自転車乗り






「おいらは自転車乗り、なんでも運べて、歌もうまい。おまけに話も上手いし、知識も豊富ときている。さぁ、乗らない手はないよ。お代は、あなたの経験した話でいいよ。さぁ、どうだ?」



チェックのハンチング帽をかぶった陽気な男が、歩く少年の周りを自転車でグルグル回りながら、話しかけてきました。



まるで歌っているかのように話し、こちらも気分がよくなります。



「乗ってもいい?」



少年は、ハンチング帽の男に頼みました。



男は、自転車を止め、荷台を指して、乗れよと合図しました。



少年が乗るやいなやハンチング帽の男は、全速力で自転車を漕ぎ、少年は思わず男のお腹に手を回して、落ちないように必死にしがみつきました。



びゅんびゅんと風を裂く音がしたかと思うと、すぐにあたりはしんとしました。



「さぁ、顔をあげてごらん」



ハンチング帽の男は、やさしく少年につぶやきました。



少年が顔を上げると、そこには、暗くて吸い込まれそうな空に、青白い光が無数に散らばっている銀河がありました。



少年は息を飲みました。



美しすぎて言葉が出ません。



「どうだい、綺麗だろ」



「はい、とても」



「ここはどこなんですか?」



「宇宙ってやつさ」



「・・・大きいですね」



「僕らなんてちっぽけな存在さ。悩んでいることがバカらしくなっちまうよ。ところで、君の話をそろそろ聞かせてもらってもいいかな」



少年は、ここから大分離れた絵の中から来たこと。いつも見ていた少女に会いにいくことが目的ということ。旅するなかで出会った奇妙な人や動物、美しい景色のこと、すべてを話しました。



「すごい体験をしたんだね。君はすごいやつだな」



ハンチング帽の男は、目をキラキラと輝かせました。



「人の話を聞くって、面白い。王女の話は、笑っちゃうな」



ハンチング帽の男は声をたてて笑いました。



「じゃあ、お返しに僕が出会った王様の話をしよう」



「王様?」



「そう、王様。彼は、太った王女と違って、痩せて、身なりもちゃんとして、それはそれは、かっこいい王様だったんだ。ただ彼には、一つ弱点があった。なんだと思う?」



少年は考えました。しかし、ハンチング帽の男は、待ちきれないといった様子で、少年の答えを待たずにしゃべり始めました。



「彼には、君が会った王女のようにたくさんの召使いがいた。けど、彼らはいつも暇そうに床に座ったり、ぼっーと立っていたり、まるでふぬけだったね。王女とはまったく逆だろ。それで僕は笑ってしまったんだ。で、王様の弱点は、周りを信じられないってことだった。全部自分がやらないと気が済まない性格だったんだ。もちろん自立していることは立派だよ。けどあまりに極端だった。なんせ、重い荷物を運ぶのには、何人もの人手が必要だろ。それなのに王様は信用できんといって、体を鍛え始め、ついには、100人がかりでやっと運べるものを一人で運んでしまったんだからね。その執念たるや恐れ入るよ」



ハンチング帽の男は、すらすらとつっかえることなく、一気に話しました。少年は、その話術にすっかり虜になってしまいました。



「おっと、こんなところで油を売っている暇は君にはないんだったね。出来るだけその女の子のいるところ

まで、君を運んでいこう。いい話も聞けたし、僕も話すことがまだまだたくさんあるんだ。それは、進みながらたっぷり話そう」



そういった瞬間、自転車はまるでエンジンがついているかのように、もうスピードで走り始めました。



竜の背中を走ったり、猛犬を起こさないようにおそるおそるゆっくり走ったり、人込みの中を走ったり、空中にある綱をよろよろ落ちそうになりながら渡ったり、あっという間に時間は過ぎていきました。



しばらくすると、ハンチング帽の男は、急に顔を上に向け、鼻をひくひくし始め、



「海の匂いがするな」



とつぶやきました。



「どうやら僕が君を送れるのはここまでのようだ。さすがに海の上は渡れないからね」



ハンチング帽の男は残念そうに少年に告げました。



「どうもありがとう。ここまですごく楽しかった」



少年は心の底から感謝しました。



自転車は、ゆっくりとスピードを落とし、キィーという音を響かせて止まりました。少年は、荷台から降りました。



「君の想いが伝わるといいね」



ハンチング帽の男は言いました。



「その子が何を好きかはわからないけど、君の気持ちは絶対伝わると思うな。だって僕は、いろんな人の話を聞いたけど、その中でもピカイチな面白さだったよ。君は向こう見ずなとんでもない冒険者だからね。自信を持っていい。それは僕が保証するよ。それにその子がどう思っているかより、君がどうしたいかの方が大事だよ。いつだって世界を変えるのそんなことさ。」



少年は、モヤモヤと心を覆っていた霧が、すこし晴れたような気がしました。



「さぁ、行った行った。冒険は終わりに近づいている、必ずハッピーエンドにして、また会った時に話を聞かせてくれ。そしたら僕は、みんなに話してやるんだ。この世界でもっとも勇気ある少年を乗せた自転車乗りはこの僕だってね」


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