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真夜中の展覧会  作者: 土方悠旗
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第6章 誘惑の山 第7章 自信ありげな男たち 第8章 わがままな王女

第6章 誘惑の山



空はどんよりと曇り、冷たい向かい風が少年の行く手を阻みます。



幾重にも連なる岩肌むき出しの灰色の山々が少年の気分を重くさせました。



天気は、まったく回復せず、濃い霧があたりに立ち込めはじめました。ほんの少し先もまったく見えません。



少年は慎重に歩みを進めました。前には進んではいるものの、正しい方向に進んでいるかとなると心許ないものがありました。



やみくもに歩き続けていると、相変わらず視界は悪く、何も見えませんでしたが、何かがものすごいスピードで近づいてくる気配がします。



視界が悪いなか、目を凝らしますが、その正体が何かはわかりません。



少年は身構えました。すると、霧を突き抜けて、ものすごいスピードで少年のすぐ近くを何かが通り過ぎました。冷たく嫌な感じの風がほほを乱暴になでました。



通りすぎてから間を置かず、少年は振り向きましたが、そこには誰もいません。



あたりをしばらく見まわしましたが、いるのは少年だけです。



どこからか見られているような薄気味悪さ感じましたが、少年は早くこの絵を通り抜けようと早足で、前へ進むことにしました。



一歩目を踏み出したときです。



「クックックッ」気味の悪い渇いた声が、どこからか聞こえてきます。



少年は恐怖のあまり心臓が止まりそうでした。



「はやくあの子に会いに行きたいな。このプレゼント喜んでくれるかな」



渇いた声は、少年をおちょくるようにいいました。



「あぁ、早くこの場から一刻もはやく立ち去りたい」



声の主は、畳みかけます。少年の考えていることはすべてお見通しのようです。



少年は、その得体のしれない声の主が、ただただ恐ろしくて声も出ません。



「お前の願いを叶えてやろうか」



どこからか聞こえていた声は、今度は、はっきりと少年の近くで聞こえました。



背筋に寒気が走りました。



少年は、後ろをゆっくり振り返りましたが、誰もいません。



再び、前を向くと、全身黒の服に包まれた女性が立っていました。その女性は、少年を見下ろし、不気味な笑みを浮かべました。



少年は、動くことを忘れてしまったかのように、その場に固まってしまいました。



魔女は、少年の周りをもったいぶって歩きながら



「私の魔法で、何でも叶えてやると言ってるんだ。そうすれば、お目当ての少女のところにもひとっ飛びだし、それはそれは豪華なプレゼントだって用意できる」



少年を誘惑するように言いました。



魔女はなんでも知っていました。それが出来たらずいぶん楽でしょうし、これから起こるかもしれない辛い思いもしなくて済むかもしれません。



少年の心は揺れ動きました。



豪華なプレゼントがあれば、彼女は喜ぶのは確実に思えました。



けど、なぜかその魅力ある提案に、少年は素直にうなずけないでいました。



「お前の大事にしている赤い実は、いずれなくなるし、少女が求めているのは、違うものだったらどうする?」



魔女は、なおも少年の心を揺さぶってきます。



少年が首を縦に振れば、すぐに望みが叶うのです。



けど、少年の心はかたくなに抵抗を続けました。魔女はしびれを切らしたのか



「いい加減しゃべったらどうだい。お前の口は何のためについている」



と長い髪を逆立て、甲高い声で怒鳴りました。



一気に不穏な空気があたりに立ち込め、少年をこの世のものとは思えない怖い顔でにらみました。



「私の言ったことはすべて本当のことさ、あとから後悔しても遅い。お前はチャンスを逃したんだ。その女の子だってお前が思っているような子じゃないさ。お前の命も今日までだね」



と吐き捨てるように言い、杖を振ろうとした瞬間、魔女の動きがピタリと止まりました。



魔女は、少年のポケットを見つめ、いきなり手をかざしました。すると、宝石がポケットからひとりでに浮いてきて、魔女の手に渡りました。



少年はすっかり、宝石の存在を忘れてしまっていました。メリーゴーランドで拾った偽物の宝石です。



魔女は、物珍しそうにその宝石を眺め、



「面白いものが手に入った」



と言い、偽物の宝石を大事に懐にしまうと、少年のことなど見向きもせず、霧の中へ消えていきました。





第7章 自信ありげな男たち





豪快な笑い声が、あたりに響きました。丸太のように太い腕を持った五,六人の男が地べたに円になって、だらしなく座っています。



男たちの中央には、樽が置かれ、そこから各々のコップで、お酒を飲んでいるようでした。食べかけの食べ物が乗った皿があたりに散らばり、どの男も、顔が赤く、酔っぱらっています。



「この際、誰が一番か決めようじゃないか」



ひとりの男が、野太い声で叫びました。



他の4人は、「オッー」と叫び、同意を示しました。



「俺が一番に違いない」



「俺にかなうやつなんているもんか」



「俺は、生まれたときから強かった」



「俺のこの力こぶを見てくれ」



「俺が最強だ」



男たちは口々に叫び、お酒を一気に飲み干し、ガサツに笑いあいました。



「どうやって決める?」



ひとりの男が目をトロンとさせながら、ほかの四人に聞きました。



「なにをするにしても、冷静に判断できるやつがいなくちゃならない」



そうひとりの男が言うと、あたりを見回し、少年の姿を捉え、ニヤリとしました。



「そこの少年、審判を頼む。そんなおびえることはない。俺らは悪い奴ではない。ただ、自分に対して、褒美をあげているだけだ」



男はろれつが回らないらしく、つっかえつっかえしゃべりました。



「そうだ、誰もくれないから、自分で褒美をあげてるんだ」



ひとりの男は、喝采をあげて、後ろ向きに倒れ、ヘラヘラしていました。



少年は、男たちがとても何かの勝負をできる状態ではないと思いました。それにしても彼らはどうしてこんなに自信満々なんでしょう。



少年は、自分が一番だなんてとてもじゃないけど、言えません。



彼らは、相談した結果、自慢の特技を披露するから、それで判断してくれと言いました。



相談といっても、はたからみると怒鳴り合っているようにしか見えませんでしたが。



少年が見守るなか、特技大会が始まりました。



一人目は、コップを鼻に乗せ、バランスをとるという特技です。二人目は、声を発して、どれだけ長く伸ばせるかというものでした。



三人目は、何回、回っても目が回らないというもので、四人目は、目に力をいれて、一重を二重にするもので、五人目は、くしゃみを自在に操るという特技を披露しました。



少年が言うのもなんですが、その特技は、どれも拍子抜けするものばかりでした。それに一発で成功するとかではなくて、どれもグダグダでなんとかという有様でした。



どうして自信があると言ったのか、少年にはよく理解できませんでした。けど、彼らはとにかく楽しそうでした。



それぞれの特技が終わると、抱き合ったり、ハイタッチしたり、乾杯したりするのです。



「お前の特技はなんだ?」



ひとりの男が、少年に聞きました。



「僕は、特技と言えるようなものは持ってないです」



「そんなことはないだろう。誰にでもあるものさ」



男たちは、また飲み始めました。すると、お酒をふるまったらしい店の女性が来て



「いつまで飲んでるんだい。今日は終わりだよ」



と、イライラした様子で、男たちに言いました。店の女性は、少年の方を向き



「あんた、絡まれたのかい。早く帰りな。バカがうつっちまうよ」



と、少年の背中を押し、散らばった皿やコップを手早く片付け始めました。





第8章 わがままな王女





「そこのあなた、それをとってちょうだい」



「そこのあなた、それじゃないわ。いい加減わたしの好みを理解しなさい」



とげとげしい口調の指示が、矢のように飛んできます。その矢は、少年にも飛んできました。



「そこのあなたそれをとって」



少年は、観念したように王女の方へ顔を向けました。



王女は、座りごこちの良さそうな大きくてフカフカな椅子に座っていました。



その大きな体は、少年の何倍もありました。大きなイスにぴったりと王女の体がおさまっていて、もし王女が立ち上がれば、イスまで一緒についてきそうです。



さて、「それ」とはなんでしょう。



王女は、「それ」としか周りのお付きの人に言わず、彼らは王女の意図をくみ取って、行動しなければなりません。



少年は、王女の目線を追い、目の前にある机の上から、リンゴを手に取り、王女に渡しました。



王女は、絶えず眉間にしわを寄せ、イライラとした様子でしたが、リンゴを渡すと、「勘がいい子ね」と満足そうに言って、リンゴを一口で飲み込み、あっという間に消化してしまいました。



そして、おおきなゲップをしました。



まるで、嵐のようなゲップで、「近くの柱に捕まれ」と、お付きの人が言ってくれなかったら、あやうく吹き飛ばされてしまうところでした。



王女の食欲はとどまることを知りませんでした。



お付きの人たちは、もうてんてこまい。



次から次へと王女の命令が飛んでくるのですから。少年もお付きの人の中に混じって、いつの間にか王女の命令に従っていました。



最初は、よかったものの、次からは失敗ばかりで、ただ怒られました。



少年は、さすがに腹に据えかね、王女に聞きました。



「どうして、自分でやらない・・・のですか?」



そう言葉を発した瞬間、あわただしく動いていたお付きの人の足は止まり、ピンと空気が張り詰めました。



なにか言ってはいけないことを言ってしまったのでしょうか。お付きの人たちの顔は、ひどく青ざめています。



王女は、ギロリと少年をにらむと



「おまえは、なんでも自分でやるのかい」



と、不思議そうに聞いてきました。



「自分のことは、自分でやります」



王女はいきなり笑い出し、広間は立っていられないほど、揺れました。シャンデリアが、嫌な音をたてて、左右にブンブン揺られています。



「それは、不幸だね」



王女は、肩をすくめ言いました。



「わたしは、言うだけで、周りの子が、文句も言わず、なんでもやってくれるからね」



王女は勝ち誇ったような顔で、少年を見下しました。



「あなたはそれでいいんですか?彼らに何も与えていないじゃないですか」



少年は、聞きました。



「そんな澄んだ目で私をみるんじゃないよ」



王女は、イライラし始めました。王女に反発してくる人なんて、今までいませんでしたから。少年もすこしイライラとしていたのです。



次第に顔が真っ赤になり、口から火を吹きそうな勢いでした。



少年は、なおも食い下がろうとしましたが、王女はお腹の中に空気を目いっぱい貯めこみ、一気に少年に向かって、吐き出しました。



さきほどの嵐とは比べ物にならないくらいの強い風が起こり、少年の軽い体は、紙のようにその絵の中から追い出されてしまいました。



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