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真夜中の展覧会  作者: 土方悠旗
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第3章 人生のスパイス 第4章 不思議な赤い実 第5章 旅の途中 

第3章 人生のスパイス



【夜空に光る星より、地上の星の輝きをあなたに】



そんな看板が掲げられている門をくぐり抜け、少年は敷地の中に入りました。



あたりは真っ暗で、あたたかい明かりのかたまりが、遠くにポツンと見えました。



その明かりは、どこか懐かしさを感じさせます。少年は、引き寄せられるように、その光に向かって、歩いてきました。



近づくにつれ、最初は聞こえなかった軽快で楽しそうな音楽が、だんだん大きくなります。



その明かりの正体は、メリーゴーランドでした。



ピンクと白のしましま模様が施されたテントは、所々破けていたり、汚れたりしていました。暖色の電球が、その建物を囲うようにつけられ、頼りなさげな明かりを灯しています。



メリーゴーランドの内側に目を向けると、装飾されたふたり掛けのフカフカのいすや、白い馬や茶色い馬が、今にも走り出しそうな格好でまばゆい光に照らされていました。



すぐ近くには、小屋のようなものがあり、そこには人がいるようでした。



少年はしばらくメリーゴーランドに見とれていました。



「乗りたいかい?」



小屋から出てきた大きな女性は、淡いブルーのウインドブレイカーを羽織っていました。



「乗っていいの?」



「そりゃ、乗られるために作られたものだからね」



そうぶっきらぼうに女性は言うと、早く乗れと手で指図し、小屋に戻りました。



少年は、どれに乗るかしばらく迷い、一番凛々しい顔をした馬の背に乗りました。



「それでいいかい?」



女性は小屋の窓から顔を出し、大きな声で叫びました。少年は、「はい」と大きな声で答えました。



サイレンのような音が鳴り、メリーゴーランドはゆっくりと動き出しました。



木の床が回転し始め、少年が乗った馬は上下に動き出しました。少年は、まるで夢の中にいるような不思議な感覚に、酔いしれました。



ぐるりと一周して、二周目に入るときに、小屋の方を見ると、女性は下を向いて爪を退屈そうに眺めていました。



メリーゴーランドの中央にある太い軸の部分には、宝石の模造品が散りばめられた鏡がありました。少年と馬の姿が、しっかりと映っています。



四周目に入り、少ししたら、メリーゴーランドは電池が切れたみたいに、静かに止まりました。



止まった床を見ると、輝きのない、くすんだ宝石が落ちていました。



あの鏡から落ちたものでしょうか。少年は、馬を降りてポケットに宝石を入れ、小屋に向かい



「もう一回乗りたい」



とお願いしました。物足りなかったのです。



「あんたは十分楽しんだ。もう一回楽しもうなんて虫のいい話さ。楽しい時間はずっとは続かない。終わりがあるからまた楽しめるのさ」



「ずっと楽しいほうがいいのに」



「人生にはスパイスが必要なんだ。辛いものを食べたあとに、甘いものを食べてごらん。おいしさは格別さ」



「そうなのかな」



「そうさ。あんたにはまだわからないみたいだね」



女性はそういうと、メリーゴーランドを寂しそうに見つめました。





第4章 不思議な赤い実





少年は、歩きながら少女に何を渡すべきか考えていました。



もちろん果物は第一候補でしたが、ほかにもあるかもしれません。例えば、道に咲いている花を摘んでみるとか、モノではなく言葉を手紙にしておくことなどです。



少年はそんなことを考えていたときに、ひとつ気付いたことがありました。



プレゼントを考えることは、相手のことをよく考えることだということです。そのとき自分という存在はどっかに消えてしまいます。相手が喜んでくれることが何より大切になるのです。



旅の途中で、おいしそうな果物はありましたが、どの果物も決め手に欠けていました。少女が喜んでくれる姿がイメージできなかったのです。



少年は歩き疲れ、岩場の陰で休むことにしました。



この絵の中は気持ちのよい風が抜けてきます。木々の間からこぼれる暖かい日差しが少年を安心させたのでしょうか、少年はいつの間にかまぶたを閉じて眠ってしまいました。



しばらくうとうととしていると、なにやら声が聞こえてきます。少年が目を開けると、リスたちが心配そうに少年の顔をのぞきこんでいました。



「生きている」



一匹が歓喜の声で叫ぶと



「生きている、生きている」



とリスたちの大合唱が起こりました。



少年は、反射的に体を起こし、状況を理解しようと必死に頭を働かせました。



リスたちは何かにとりつかれたように口々に「生きている、生きている」と繰り返しています。



そんな奇妙な光景を目の当たりにしながら、少年はようやく自分が寝てしまったことに思い当たりました。



しかし、謎はまだ残ります。



少年を囲んでいるこのリスたちはどこから来たのでしょう。リスたちを何気なく見ていると、一匹のリスに目がとまりました。



そのリスの小さな手には、見たこともない小さな赤い実がありました。



「その赤い実はなんという実?」



少年が尋ねると、リスたちは合唱を止め、一斉に少年をおびえた目で見つめました。赤い実を抱えた一匹のリスが



「これはぼくたちの大切なもの」



と言って、実をぎゅっと抱え直しました。



「いや、奪うつもりはないんだ。その実を少しわけてほしいんだ」



少年は慌てて言いました。少年はこの赤い実を絞ってジュースにしようと唐突に思ったのです。少女が喜んでくれる姿が鮮明に浮かびました。



リスたちは少年のことをちらちらと見ながら、何やら相談事をし始めました。二、三匹単位で固まり、議論を交わしています。



ワイワイガヤガヤ。それは議論というより、楽しくおしゃべりしているかのようです。



しばらくすると、結論が出たのか、徐々に静かになり、リーダーらしき一匹が少年の前に進み出ました。



「これは、僕たちの秘密の場所にある木からとれる不思議な実。信じることができるものにしかわけられない」



と、静かに言いました。



「歌を歌って」



唐突に集団の中の一匹が言いました。



「歌?」



「信用できるかは歌で判断するのがボクらの習わし」



少年は困ったことになったと心の内で思いました。歌なんて歌ったことがありません。



ましてや、こんな大勢の観衆の前で歌うなんて、想像しただけで、震えてきます。



「心のままを歌えばいい。その思いの強さが歌の良し悪しを決めるもんさ」



少年の心を見透かしたように、一匹がアドバイスを送りました。



幸い知り合いはひとりもいません。旅は少年を大胆にさせました。少年は歌うことを決意すると、あの少女の横顔がぼんやりと頭の中に浮かびました。



少年は、その姿を頭にとどめ、静かに深呼吸をし、大きく口を開け、歌い始めました。



それはお世辞にもうまい歌とは言えませんでした。



けれど、リスたちの反応はどうでしょう。涙を流すものもいれば、少年の歌に心を打たれたのか、気持ちよさそうにゆらゆらと揺れているものもいました。



少年は歌い終わり、リスたちの方を見て驚きました。



泣いているリスがいたり、余韻に浸り、ぼっーとしているリスが目に入ってきたからです。



少年は無我夢中で、歌っていたためリスたちが自分の歌に感動していることに気付くのに、しばらく時間がかかりました。



リスたちは再び、相談を始めました。



すぐに結論は出たみたいです。リーダーの合図で、リスたちはいっせいに散らばりました。



少年が、少し待っていると、それぞれの手に持ちきれないほどの赤い実をリスたちが持ってきて、少年の前にどさっと置きました。



少年の前には山のように赤い実が積み重なり、丁寧なことに赤い実を入れる巾着袋まであります。



一匹が少年に近づき、一粒の赤い実を持ってきて、「信頼の証」といって、少年に渡しました。



少年は、そのリスたちにありがとうと言い、赤い実を口にしました。



一口かじった瞬間、甘さが口のなかに広がりました。



今までの旅の疲れをなんて一気に吹き飛んでしまうくらいの衝撃的な甘さでした。なんて甘くて、おいしい果物だろう。こんなもの今までに食べたことがありません。



少年は三十粒ほど手に取り、巾着袋に入れました。巾着袋のなかの赤い実はダイヤのように輝いて見えました。



リスたちは、まだまだ持っていけと言いましたが、少年は遠慮しました。これだけあれば十分です。



リスたちは、少年の肩や頭に乗り、すこしでも長く、この場に少年を引き留めようとしました。



どうやら心をすっかり許してくれたようです。



リスたちの気持ちは嬉しかったのですが、少年は先を急がなくてはなりません。もう少し休んでいきたい気持ちを抑え、少年はリスたちに別れを告げました。



リスたちは寂しそうな顔をしていましたが、少年が歩き出すと、少年の背中が見えなくなるまで、手を振り続けました。





第5章 旅の途中





少年の旅は続きます。ヨーロッパの街並みを歩いたり、涼しげな池のほとりで一休みしたり、夜空を眺めたり、時には雪が降りしきる中を歩いたり、灼熱の砂漠を進んだり、たくさんの絵の中を歩きました。



ひとりで歩いていると、ふと不安な気持ちが押し寄せてくることもありましたが、旅はおおむね順調に進んでいますし、気持ちもずいぶん軽くなっていました。



プレゼントもとりあえず手に入れることが出来ましたし、巾着袋の中を見るたびに、少女が喜んでくれる姿が目に浮かび、人知れず勇気が湧いてくるのでした。



少女を思う気持ちも日に日に大きくなっている気がします。



まだまだ先は長いですが、足取りは軽いです。



動物園の絵に入ったのは、最初の絵から数えて何枚目のときでしょうか。そこでは、動物の嗅覚はとても鋭いものだと思い知らされました。



彼らの敏感な鼻は、甘い匂いをすぐに嗅ぎつけます。少年の腰元に結びつけられている巾着袋をくちばしでつついてきたり、長い鼻で袋ごと取ろうとしたり、鋭い牙で無理矢理やぶろうとしたりするものもいました。



赤い実はまだまだたくさんあったので、少年は半分ほど動物たちにあげることにしました。



動物たちはおいしそうに、赤い実をもぐもぐと食べています。けれど、動物たちの食欲はそれではおさまりません。



もっとちょうだいと少年にねだってきます。一粒では満たされないようです。



けれど、この赤い実は少女へのプレゼントなのです。



少年は、これは大事な人に渡すものだから、もうあげられないんだと動物たちに正直に言いました。



彼らは、納得いってない表情をそれぞれに浮かべましたが、それならしょうがないとしぶしぶ引き下がりました。



少年は、リスたちと出会ってからも、たくさんの魅力あるものを目にしましたが、赤い実を超えるようなものには未だに出会うことはできませんでした。


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