Ex.ノアの水瓶
はるけきむかし。
天にいらっしゃるカミサマは、地に住む人々へ。
大きな水瓶をお与えくださり。
地に住む人々は、天にいらっしゃるカミサマの。
水の恵みを受けて大いに発展しました。
やがて。
地に満ちた人々は。
カミサマのお与えくださった水瓶の。
水をめぐって争いをはじめ。
憎しみあい、奪いあうことを覚えました。
お前たちやめなさい。
水なら足してやるから。
争いあうのはやめなさい。
お前たちもう寝なさい。
天にいらっしゃるカミサマは。
地に住む人々へ呼び掛けます。
地に住む人々は、天にいらっしゃるカミサマの。
ありがたいお言葉をうけたまわり。
それなら争うのはもうやめよう。
おとなしく寝ましょう、もう寝ましょう。
ありがてえことですありがてえ。
口々に天にいらっしゃるカミサマを讃え。
穏やかな眠りに落ちていきます。
地に住む人々がみな。
ありがてえことですありがてえ。
穏やかな眠りに落ちていくなか。
村の吾作はただひとり。
「(誰このジジイ。)」と首をひねる。
村の吾作はばちあたり。
ろくでなしの、なまけもの。
村のみなから嫌われていて、回覧板もまわってこない。
当然に。
カミサマのことも知りません。
みなの寝てしまった地上において。
ただひとり。
起きてキョロキョロ、挙動不審。
よからぬことでもしてやろうと。
村をうろうろ、挙動不審。
ええい。
みな寝てばかりで。
糞も面白くないわ。
アッと言う間に短気な吾作。
この状況に飽きてしまい。
小便でもして。
水でも飲むかい。
水瓶のもとへむかいます。
地に住む人々みなみなさんが。
眠りこけているというのに。
天にいらっしゃるカミサマは。
水瓶にずんどん、水をずんどんお足しになる。
すわ吾作、ぶったまげ。
水瓶から今の今にも。
溢れこぼらんとする大量の水。
これはいかん。
地が沈む。
さしもの吾作も大慌て。
みなよ起きよとはたいてまわる。
天にいらっしゃるカミサマが。
お前たちもう寝なさい。
そうおっしゃったので。
地に住む人々は。
ただひたすら穏やかに、眠りこけるばかり。
ひとりの吾作、孤軍奮闘。
水瓶からこぼらんとする大量の水。
どうにかせんと、走り回るが。
吾作が走ったところでどうにもならず。
遂に堰を切り流るる水、その様、華厳の滝のごとし。
すわ吾作、驚きのあまり。
ブゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウ。
ブゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウ。
爆音で「へ」を響かせる。
吾作の「へ」のあまりの爆音に、地に住む眠る人々は。
なんぞなんぞと起きてきて。
一大事。
ぶったまげ。
これはいかんと水を掻き出す。
ホウキを片手に水を掻き出す。
この出来事が。
現在でもダムなぞに使われている満水ブザー。
その人類史におけるいちばん最初の。
はじまりとなった、そうであります。




