Ex.ロウマンの休日
総ての道は、ロマに通ず。
帝都への街道をひた疾る戦車、其れを駆るのは勇猛果敢、そして残虐非情と名高きロマの名将軍。アキレウスである。
かつて、神話の時代。英雄アキレウスはアポロの神より賜った太陽の二輪馬車を駆り。大空を自由に翔び回ったというが。
帝都を僅かに外れれば、この、路の悪さ。ガタつく路面に辟易する大将軍、神話の身でない己を呪う。
大帝国。ロマの威光も、まだまだであるな。
自嘲気味に漏らす、アキレウス将軍。大都市、ロマの都の美しさ、その完成度は音に聴こえたモノであるが。さて。ひと度帝都を離れ、口うるさい役人どもの目の届かない地方に出れば。距離に比例するかの如く、目に見えて落ちる、路面の精度。
アキレウス、まったく。あきれウス。ナーンチャッテ。
衆目の監視がない場所で、気持ちの緩むは土工奴隷も大将軍もおなじもの。人知れずお道化る、アキレウス。しかしその眉根には深い縦皺、表情は飽くまで厳しき殺戮の将軍。まさかこのように厳つい、世紀末覇王が如き将軍が。頭の中では駄洒落ているなど、誰が想像出来よう。
嗚呼。速いところ、ロマに帰って。ひと風呂あびたいものよのう。
アキレウス将軍とて人の子。戦の疲れは風呂を求め、その脚を急がせる、急がせる。
さて。
ロマの都に帰り、早速風呂へと向かう、大将軍。
肩まで湯に浸かり、手足を伸ばし。空を見上げて、溜息ひとつ。
東京には、空がないのう。
もとい、もとい。
ここは古代、ロマの都。アキレウス将軍はぎらつく太陽を見上げ、近く迫った夏の足音を予感する。
あうぃ。1(ウーノ)、2(ドゥーェ)、3(トレス)、4(クアットロ)。100まで数えて湯から上がるは、ロマの男子の身嗜み。発音が微妙にスパニッシュなのは、この物語を語り継ぐ、盲目の、吟遊詩人が。ロマらしく聴こえる異国の言葉を、其れしか知らない、其の故か。
57、58、59、はて。
今、余はどこまで数えたものか。
50だったか、60だったか。そもそも。50はスパニッシュで、なんと云うのだったか。
湯に惚けた頭に思考を巡らす、冷血将軍。
ええい、ならば、50から。
2つの路が在るなら、敢えて困難な方を征く。この冷酷非情な将軍が。それでもロマの市民、部下の兵士たちから絶大な支持を得ているのは。力の強さだけでない、このような、己に対する厳しさにある。大将軍、顔を赤く、湯立てながら。100まで数える、初夏の昼。
夕暮れ。風呂ですっかり出来上がり、程よい気分のロマの将軍。テラスの涼風に当たり。フルーティミルクなぞ、飲しておるが。
ふと目をやれば、庁舎の前に。なにやら集まるロマの臣民、帝国民たるペンギンども。
なんだ。また陳情か。
まったく。
あやつら、集まることしかしらぬ。
ロマの将軍、溜息ひとつ。涼風にくさめ、これはイカンと庁舎に入る。
戻った将軍、ややっと驚愕。脱衣カゴに確かにあった、将軍の兜、鎧、剣にマント。装備の一式忽然と、姿を消して何処へやら。
まったく。
命知らずとはこの事だ!
アキレウスが、あきれウス。そうでなくとも勇猛果敢、冷酷非情で知られた鬼将軍。その装備を恐れ気もなく、盗んでのける者がいるとは!
相手はロマ一番の有名人。直ぐ、足がつく。そら見たことか。庁舎の前に。アキレウス将軍の兜に鎧、剣、マントを身につけて。風呂屋のせがれのエマーソンが。集まったペンギン相手に、おれはアキレウス将軍だと威張っておる。
オロカモノメッ!余が本物のアキレウスダッ!
聴くも恐ろしい鬼将軍の一喝。風呂屋のせがれの敵う訳もなく。ひぃっと飛び上がり、しょんぼり肩を落として小さく縮む。
ペンギンどもは、やや、これは不可思議。アキレウス将軍がお二人、おらっしゃる。右に左に、うろうろするが。
なるほど。こちらのはだかの将軍様は。大きく強くて偉そうで、いかにも本物であるらしい。
いやいや。こちらの兜に鎧、剣にマントを身につけた将軍様だって、胸にasicsとロゴマークが入っている。こちらもなかなか、本物らしい。
こっちか。否否、こっちか。ペンギンども、うろうろ移動を繰り返し。
このままでは埒が明かぬ。
結局この一件は、北町奉行所の大岡さまのお裁きに委ねることと相成った。
はだかの将軍と、エマーソン。二人でペンギンを引っ張り合い、勝った方が本物とする。
大岡さまのお裁きに、あぁ!?と不服の声を上げる二人。
否否、イッツアジョーク。ジャパニーズ、ダジャレである。襟を正し、お裁きを伝える大岡さま。
エマーソンは、今すぐ装備を将軍にお返ししなさい。
将軍は今すぐ、服を着なさい。
将軍様を侮辱したペンギンめ。打ち首じゃ。
さすがは大岡さま。この場を丸く収め、かつ、アキレウス将軍の面子も守る完璧な裁定。一同はほぅと、感嘆の声。
こうして。
ロマの都からペンギンは一匹もいなくなり。
歴史上稀に見る暴虐無頼の将軍として、アキレウスは後世にその悪名を遺した。
歴史とは。
かくも歪められ、伝えられてゆくものなのディスが。
古今東西を問わず。権力者に逆らうものは皆、然してこういう目に遭うものなのディエス。