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トゼンサウ  作者: ナルサワパン
新巻鮭の章
149/3028

Ex. [新春特別稿] 箱根八里

1.


新春、正月一日。

ひねもす、のたり、のたりと暮れ行くこの国。

多勢に漏れず、のたり、のたりと過ごしているのは江戸から来た旅のサムライ。ナンジャモンジャエモンである。

昨年の暮れ、旅の暮らしに疲れた体。ここらで一度、休めんと。里を離れて訪れし、山の秘湯の、寂れ宿。思いの外に居心地がよく。のたり、のたりと(いたずら)に、湯に浸かっては寝る暮らし。今日も今日とて湯に浸かり、流行り唄など、口ずさむ。

ぱ、ぱ、ぱーなそにっくとちっちゃいつーのーくっ、くっ。

ぱ、ぱ、ぱーなそにっくとちっちゃいつーのーくっ、くっ。

湯に浸かりて体を暖め、湯から出て体を冷ます。

その繰り返しから抜け出せず、のたり、のたりと日は暮れる。

何度めかの入浴、湯に浸かった、モンジャエモン。見上げる空に、満天の星。


―広い、空じゃのう。


改めて感心したように、空を眺めるモンジャエモン。()れは北斗、()れは天狼。大空を割くは、天の川。


―どれ、(ひと)ツ、(ふた)ツ。


ふとした悪戯心に、数えきれぬ星を数える。百まで数え、上がる目論見(もくろみ)


―こうでもせねば、上がれぬわい。


まるで(わらわ)のような己の行い、つい可笑しくなり、フッフと笑う。


―さて。(みっ)ツ、(よっ)ツ、(いつ)ツ。


童心に返りて星を数えるモンジャエモン。さて、遮るように、どやどやと。多数の足音、話し声。


―はて、面妖。


一人の良い気分、星数えを中断され。少々ムッとしたモンジャエモン、寂れ宿には自分より他、客のない不自然に気付き、これは何ぞと首を捻る。


湯煙の向こうに見ゆる姿、これは不可思議。犬、猿、兎、等々、山に棲む者、四ツ(けもの)ども。先客に気づいてか気づかいでか、次々勝手に湯に浸かる。


―やあ、とりどの。おつかれさまでありました。


犬が頭を下げる。(まわ)りもあわせて、おつかれさまでありました。モンジャエモンも思わず、おつかれさまでありました。


―やあ、いぬどの。ことしはよろしく、おねがいしもうす。


鳥が頭を下げる。廻りもあわせて、おねがいしもうす。モンジャエモンも合わせて、おねがいしもうす。

どうやらこれは、四ツ(けもの)どもの、年賀の挨拶。ならば取り立て、邪魔はすまい。モンジャエモンは四ツ(けもの)どもを脅かさぬよう、湯煙に紛れ、岩影へ。四ツ(けもの)どもの会話を枕に、ひとり見上げる、星の空。(ひと)ツ、(ふた)ツと徒然(つれづれ)に、再び始める、星数え。


―やあ、こよいはよいつきじゃ。がんたんそうそう、おめでたい。


猿満足げに、空を見上げる。


―せいようじんのことばで、せいらぁむーんという、そうだよ。


兎賢しげに、知識を披露。


―さて。にじかいは、どうします。カラオケですか、カラオケ。


犬嬉しげに、舌を出す。


―またまた、ヤマちゃんはすぐ、カラオケだ。おれオンチだし、まだのもうよ。


鳥愉しげに、頭振る。


―むう。集中できん。


四ツ(けもの)どもの会話に、聴くとはなしに引き込まれるモンジャエモン。さりとて黙れと、無下には言えず。やがて(とど)まる、星数え。


―まあ、それもよかろう。


連日連夜占領し、一人楽しむこの湯船。今宵はこやつら四つ(けもの)どもに、譲って渡すが筋というもの。

モンジャエモン、今は静かに、四つ(けもの)どものとりとめない話、耳を傾ける。


―そういえば、ちかごろ。はこねのおやまに、へんなものがでるそうだよ。


―やあねえ。


―やあねえ。


四ツ(けもの)ども口々に、やあねえ。やあねえ。


―ほう。


モンジャエモン、それとはなく、聞き耳を立てる。

元旦の日の、夜は更ける。



2.


正月二日、早朝。

箱根の山に挑むは江戸から来たサムライ。ナンジャモンジャエモンである。

天下の険と名高い箱根山。目の前には万丈の山、(そび)え、この先はまた、千尋の谷か。

昨夜、怪異が出るとの四ツ(けもの)どもの話、捨て置けず。朝陽とともに、その前に立つ。

旅から旅の、その暮らし。自然、鍛えられし、モンジャエモンの健脚。さて、箱根の山に、通じるか、否か。


―このわたり、は、あぶないよ。


さて、不可思議面妖。人影見えぬ山の(みち)、モンジャエモンに、かかる声。見れば一羽の雉鳩が、薮の中より小首を傾げ、モンジャエモンを眺め居る。


―む、これは鳩殿。いったい何が、危ないのでござるか。


鳩が話すは、流石に面妖。しかして魔の山、箱根山。鳩が話すくらいはおかしくあるまい、むしろ自然と、モンジャエモン。雉鳩へ向け、問いをかけるが。鳩殿は(ただ)、小首を傾げ、モンジャエモンを、見ているばかり。


―むぅ。


鳩殿が話すのが自然であれば、鳩殿が話さぬのはより自然。こうして見詰めていても、仕方あるまい。モンジャエモン、幾分納得のいかない心持ちながら。心を切り替え、山路を進む。



一刻程、歩いた頃。モンジャエモンの背後より、たったと響く、軽快な足音。この山路を可様に軽く、平地が如く、駆けるとは。現れしは鬼か魔か、はたまた天狗の、怪物か。


―や、なんと、奇っ怪な出で立ち。


振り返り、対手(あいて)を認めるモンジャエモン、その異様さに、目を見開く。

背後より登りて来るはこの寒空に衣も着ずに、股まで上げた、短い下履き。上半身(うえ)に纏うは袖のない、脇の大きく開いた襦袢。足元に、見たこともない、高鞋(たかわらじ)

鉢巻を〆め、襷を掛けた威丈夫が、たった、たった、と駆けて来る。

豪気で知られるモンジャエモン、余りの事に(しば)し呆然、立ち尽くし。手を振り笑顔で駆けて行く、韋駄天の神、見送るのみ。


―モンジャエモン、あぶない。


ハッと気が付き振り向けば、モンジャエモンに迫る、黒い疾風。怒濤の如き唸りを上げて、駆け上がりたる、光る馬。


―むぅ!?


すんでのところで身をかわし、転がり込んだ、薮の中。モンジャエモンが眼前を、ブリブリブリと、音を立て。二足の馬が、滑り行く。股がる武者は、革鎧、全身隈なく、固めるも。その肩から先、首が無く、朱の鮮血、滴り落ちる。


―小田原の落武者の、亡霊。に、してもまた、奇っ怪この上なき身なり。


モンジャエモン、流石に理解が追い付かず、一人唸るは、山の(みち)


―ふむ。


不意に何かを思い立ち、(きびす)を返して、下山の(みち)へ。


―鳩殿、かたじけのうござった。


鳩殿に一礼、通り過ぎ行くモンジャエモン。


―明朝が、勝負じゃ。


さき出逢いたる二大の怪異、逃さぬものと腹に決め。

正月二日の、日は暮れぬ。



3.


正月3日。夜明けに光る、箱根山。

たった、たった、と山の神、ひた走りゆく、軽い足音。

その背後(うしろ)より、ブリブリブリと。爆音を上げ、迫る疾風。首無し武者(ライダー)の、真黒の頑馬(ガンマ)()ッと言う間も、有らばこそ。(たちまち)ち並び、山路を駆ける。互いに譲らぬ、睦月の宴。


パッ、と背後(うしろ)より、突然。

目映(まばゆ)いヘッドライトが、走り続ける両者を照らす。その様、真昼の太陽が如し。

ドッド、ドッド、と震えるエンジン。腕組みをしたモンジャエモンが、仁王の様に背を反らす。

モンジャエモン、アクセルを捻る、(ひと)ツ、(ふた)ツ。その度、高らかに、空吹かしの爆音が吼える。

獲物を前に背をたわめる、獰猛な猫科の猛獣。

(みっ)ツ!モンジャエモンが、地を蹴った。溜めに溜めた力、解き放ち、遂に駆ける陸の帝王・ハーレー・ダビッドソン。

モンジャエモンのハーレーは暴風のように迫り、瞬く間に山の神、首無し武者(ライダー)に追い付き、追い抜き、無情に背後(うしろ)へ引き離し。ただ一直線に、山路を、どこまでも、どこまでも、どこまでも、どこまでも駆けていく。


―さあ、風になろうぜ!


輝く朝陽の中、モンジャエモンが爽やかな笑みを浮かべた。








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