#3 笑顔の仮面
連続投稿2話め。そして、最終話です。
翌朝。
「……おはようございます」
「あ、おはようございます……って、大丈夫ですか? 顔色が悪いみたいですけど」
「おはよ、リーズ。ヨハンのこれはただの二日酔いだから、心配しなくていいよ」
いつも通りに“正義の花園”に顔を出したボク達は、他のメンバー達の視線に迎えられる。ボク達、というか視線を集めてたのは主に、ボクの横でぐったりしているヨハンだけど。
「あぁ、そう言えば昨日アラン先輩が喚いて……もとい騒いでたのは、マノン先輩に触発されたからですか。
お酒はいいですけど、ほどほどにしてくださいね?」
「肝に銘じます……」
「ねぇリーズ? それ、フォローになってないよ? しかも若干遅いよ?」
「……チッ、これくらいは気付きますか」
「確信犯だった!?」
「ほら2人とも。無駄話してないで、仕事してください。アラン先輩は特に」
「へーへー」
見慣れた光景を横目に、ボクとヨハンも各々の席につく。
と、
《……マノン先輩》
真っ青な顔でなんとか机にしがみついてます、って感じのヨハンから念話が入る。そう言えば、この念話って悪魔も使えるらしいね。媒介にしてるエネルギーは神聖力じゃなくて魔力らしいけど、根本的なシステムは同じだって聞いた事がある。
閑話休題。
(どした? 専用回線まで使って)
グローリアの長であるボクと副長のヨハンの間には、他のメンバーには話せないような内容を話すときのための専用念話回線がある。それを使ってボクに話しかけてきたって事は……、
《昨晩の件についてなのですが……》
やっぱりか。
(そんな心配しなくても、誰にも言うつもりはないよ。
ヨハンがボクの部屋に来たとか。インファントの子供みたいに大泣きした事とか。酔い潰れてお泊まりしてった事とか)
《くっ……いっそ死にたい……!》
……あ、ヤバい楽しい。
けど、あんまりやると拗ねそうだし、この辺でやめとくか。
なんて考えていると、再びヨハンが口を開く。開いてないけど。
《……もちろんそれもですが、私の婚約についても口外しないでください。父もシャックラージャ家も、私がまだ知らないと思っているんですから》
(え、そうなの?)
こういうのって、早い段階で伝えて子供のの心をへし折るものだと思うんだけど。
《結婚の直前まで隠して外堀を埋める計画なんですよ。私に逃げ道を探す時間を与えないためでもあります》
なるほど、そういうやり方もあるのか。やっぱり貴族の考える事なんて分かんないや。
(ま、ヨハンが言ってほしくないって言うなら、言わないよ)
《……すみません》
(いいっていいって)
誰にでも、周りに隠しておきたい秘密の1つや2つ、抱えているものだからね。無関係のボクが言いふらしていい訳がない。
ヨハンの用はそれだけだったらしく、そこで念話は切れた。
……婚約者、か……。
「アリス、ちょっといい?」
「はい、何ですか?」
「ヨハンがこんなだし、ボクもちょっと抜けるから、何かあったら対応お願いね」
「え? あ、マノン先輩!?」
「頼んだよ。すぐ戻るから」
アリスの制止を無視して、なるべく俯いたままで、足早に部屋を出ていく。
今のボクは、とてもみんなに見せられる表情をしていないだろうから。
“正義の花園”の屋上で、ボクは1人、転落防止用のフェンスの前に立っていた。……術式使えば自前で翔べるのに、意味あるのかな、これ?
「………………」
婚約者がいる。
昨日の夜、ヨハンの口からその言葉を聞いてから、ボクの心はモヤモヤしたままだった。
「……なーんで好きになっちゃったんだろうなー……や、まぁ仕方ないんだけどさ」
ボクの恋は叶わない。そんな事、最初から分かっていたはずなのに。だから諦めていたはずなのに。ヨハンにはアリスがいるって、理解していたはずなのに。
……やっぱり、現実を突きつけられると、正直クるものがある。
ボクの心はどこかで、もしかしたら何かの間違いで彼と結ばれるかも、なんて思ってたのかな……。
「ははっ……ホント、バカだよなぁ……」
もし、ヨハンが貴族じゃなかったら。
もし、ボクもプライダール家と同じくらい力のある貴族だったら。
ヨハンがアリスに出逢っていなかったら。いっそヨハンとボクが出逢わなかったら。
ありとあらゆるifが、頭の中を駆け巡る。これ以上そんな事考えたくない、と思っても、一度走り出した思考は、そう簡単には止まってくれそうになかった。
「……あ、あれ? おかしいな、なんで涙が……」
哀しい訳じゃないのに。泣きたくなんかないのに。拭えども拭えども、眼から涙が溢れて止まらない。
「なんでっ……なんでさっ!!」
カシャンッ! と音を立てながらフェンスを叩く。なんでという疑問は既に、溢れる涙とは別のものに―――この場にいない、ヨハンに向いていた。
なんでアリスを選ぶ? なんでボクじゃない?
そんなどす黒く濁った感情が、ボクの中でぐるぐると渦巻いていた。
……ヨハンには偉そうな事言ったけど、やっぱりボクも、気持ちを吐き出せない1人だったみたいだった。
「……マノン先輩……?」
不意に、背後からアリスの声が聞こえた。突然飛び出していったボクを追いかけて来たらしい。
一体、いつの間に来たのやら。
ボクは振り向かずに、彼女に話しかける。ひどく震えた、涙混じりの声で。
「……いつからそこに?」
「たった今ですけど……大丈夫ですか?」
「そっか……ゴメン、ちょっと今不安定でさ。悪いけど先に戻っててくれないかな?
もう少しで、いつものマノンに戻るから」
今アリスと話すと、彼女に対する理不尽な恨み言ばかりが口に出そうで怖い。
ボクは彼女が嫌いなわけではない。それどころか、こんなボクを慕ってくれる彼女が大好きだ。だから、アリスの事を傷つけるような言葉は言いたくなかった。
「ね、お願い」
「……分かりました」
ドアが開き、再びドアが閉まる音を聞いてから、ボクはもう一度涙を拭う。
それから、ボクがインファントの頃に発現した固有術式を発動させる。神聖術特有の光が収まった後には、いつものようにニコニコとした、グローリア“刹那の光”のリーダーの姿が。
「……よし、戻るか!」
そうしてボクは、屋内に続く扉のドアノブに手をかけた。
「あ、お帰りなさい。どこに行ってたんですか?」
「いや、まぁ、ちょっとね。……あれ? リーズ、ヨハンは?」
ボク達のグローリアに割り当てられた部屋に戻ると、ヨハンの姿がなくなっていた。
「あー、二日酔いが酷いみたいでして。ついさっき医務室に連れていきました。テオくんが」
「テオが? アランじゃなくて?」
「最初はアラン先輩が立候補しましたよ? ただ、ヨハン先輩が重くて……と言うより、アラン先輩の力が貧弱だったので持ち上がらなかったんですよ。
テオくんは、軽々と持ち上げてましたけど」
あぁ、なるほどね。だからさっきからアランの顔に縦線が入ってるのか。自分よりもずっと年下の子に明らかにパワーで負けてたら、そりゃ凹むわ。アランだって男なんだし。
でも、エレベーターってかなり重いって聞いてるから、テオとアニーは意外と力持ちなのかも?
「ほらアラン先輩、さっさと立ち直って仕事に集中してください。また強制残業したいんですか?」
「うう……」
おまけにアリスからの仕事しろ攻撃か……頑張れ、アラン。
ボクもデスクに戻って仕事を始めると、アニーが恐る恐るといった感じで近づいてくる。
……あー、そうだった。アニーには効かないんだっけ。
「……マノンお姉ちゃん、大丈夫……?」
「ん? 大丈夫って、何が?」
「だって……うぅん、やっぱりなんでもない。テオ、行こ」
「え? あ、待ってよお姉ちゃん! マノンさんが……」
「いいから。行こ」
アニーが見たのは、目元を真っ赤に泣き腫らしたボクの顔。それで心配してくれたんだろうけど、質問に答える気はないというボクの意思を感じ取ったのか、戻ってきたテオと一緒に仕事に出掛けていった。
ボクがさっき発動した神聖術は、自身やボクが触れたものの見え方を変えるものだ。でも、効果が及ぶのはボクと同年代以上だけ。アニーくらいの子供だと、本来の姿が見えてしまう。
その理由は多分……この術式は、いつも笑った顔をして周りを欺くために作られたものだから。発現したのが小さい頃だったから、年下という概念がなかったのかもしれない。
「……さて、仕事するか」
ボクは、ヨハンに告白はしない。
結果が分かってるから、とかそういう訳じゃない。
ただ、ボクはリーダーだから。このグローリアを引っ張っていく役割を担っているから。
ボク個人の感情で、特定のメンバーと距離を離してはいけないけど、詰めすぎてもいけない。
だから、告白はできない。しちゃいけない。
そういう事にしておこう。
ボクの固有術式は、ものの見え方を変えさせるもの。他人の目をごまかすもの。ボクがいつも笑顔でいることで、周りから……そして何より、自分からマノンを欺くもの。
……この術式は、
『おくびょうなマノンを隠すもの』
(形を変えた心の殻)
『わたしの外の世界から、わたしを見えなくする仮面』
(相容れない外の世界を、そして自らを欺く仮面)
だから幼いボクは―――私は、この術式にこう名前をつけた。
―――笑顔の仮面、と。
エンジェル・ラヴァ―外伝
Episode of Mannon 笑顔の仮面 Fin.
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。




