#2 隠されし想い
区切りのいいところがなかなか見つからなかったので、ちょい長め。
文章力ェ・・・。
“正義の花園”の建物から出たボク達は、近くにある居酒屋に向かう。そこは“正義の花園”構成員の御用達のお店で、基本的に構成員が外でお酒を呑むと言ったらそこ、というのがボク達の常識だ。慰労会や忘年会なんかもそこで済ませるほどで、ボク達の2つ目のホームグラウンド、と言っても過言じゃない。
なんでみんなしてそこまで入り浸っているのかと言うと、そこの店長は前任の操鏡術幹部だった天使だから。
『聖光天列書』現七位、グレイシャ=オッゾアルト。『大酒豪』の異名を持つ彼女は5年前、突然自分のグローリアを解散させて“正義の花園”を飛び出して行った。理由は、
「あたしは常に酒に囲まれていたいんだっ!」
とのこと。
人間なら確実にアルコール依存性だけど……酒が原因で死ぬなら本望、とか言ってるような天使だしなぁ……。
でも、そんな性格のお陰か、グレイシャさんが出してくれるお酒は常に美味しい。と言うより、ボク達1人1人の好みに合ってる。お店に来たお客さんの好みを1発で見抜いて、次にお店に来た時は絶対に美味しいって感じるものを出せるのは、やっぱりお酒への愛ゆえなんだろうな。
「……そう言えば、こうして2人になるのも久しぶりですね」
「うぇっ!?」
「……すみません、何か変な事言いました?」
「あ、い、いや、大丈夫だよ! ちょっとびっくりしただけだからさ。あはは……」
なんでこう、いきなり爆弾落としてくるかなコイツは! 焦って変な声出ちゃったよ!
「……? そうですか」
でもまぁ誤魔化せたからよし。
さっきアニーに見抜かれていた通り、ボクはヨハンの事が好きだ。部下や仲間としての意味ではなく、恋愛的な方の意味で。
はっきりと自分の気持ちに気がついたのはあの日―――ハルトくんを助けた日の夜だった。悪魔界で、ハルトくんの魂を喰いかけた悪魔に全滅させられそうになった時、間一髪のところで彼に助けられた事で、ボクの心はコロッとオトされてしまったらしい。……ほんと、我ながら単純だよなぁ。
でも、ボクのこの恋はきっと……成就しない、と思う。何故なら―――
「マノン先輩」
「……ん? なんだい?」
「着きましたけど……」
いつの間にか、目的地に到着していたらしい。けれど、ヨハンの顔はなんとも言えない表情を浮かべている。
何かあったのかな? と考えていたら、ボクの目に、お店の扉に貼られた1枚の紙が写った。
曰く、
「『新たな酒を探す旅に出ます。探さないで下さい。―――店主』……またぁ?」
「みたいですね」
さっきも言った通り、グレイシャさんは無類のお酒好き。それは種類を問わず、常に色んなお酒を楽しんでいる。今回みたいに、呑んだ事の無いお酒を求めて旅に出ることも今では結構な回数にのぼる。けど、
「ま、どうせすぐに戻って来ますよ。あの人ですし」
「だね。あの人だし」
グレイシャさんはよく旅に出る。けど、それが長続きしたためしはあんまり無い。
理由は単純、『道中の酒が切れるから』。
多分、明日が明後日くらいには帰ってくると思う。
「で、どうします? このあと」
「ボク、ここ以外に美味しいお店知らないんだよねぇ。ヨハンは?」
「私も同じですよ。大体ここで事足りますし」
「だーよねぇー……」
とは言え、ボクの方から誘っておいてやっぱり中止、ってのも、ここまで付き合ってもらったヨハンに悪いしなぁ……仕方ない、奥の手を使うか。
「ヨハン」
「何ですか?」
「提案なんだけどさ」
「はい」
「その……ボクの家とか、どう?」
「………………………はい?」
はい。
やってきましたボクの家。つーか部屋。
「……お邪魔します」
「うぃー、入って入ってー」
ボクの今の住まいは、“正義の花園”本部から直線距離で300mくらいのところにあるアパートメントの一室。家賃はちょっとお高めだけど、立地や設備を鑑みるとボク的には適正価格だと思ってる。
「……意外と片付いてるんですね」
「ボクだって一応女の子なんだぜけど?
あ。ビールとチューハイと日本酒とウィスキーあるけど」
「では、ビールを」
自分とヨハンの分の缶ビールを冷蔵庫から取り出す。ラベルに日本の七福神の一柱、恵比寿天が描かれているアレだ。
「……女の“子”?」
「……そこはスルーして欲しかったな」
自分とヨハンの分のお酒をもって、どうせボクなんか酒呑めるくらいには年増だよ、とボヤきながら部屋の真ん中にあるテーブルのそばに腰を下ろす。
「と言うか、そんな反論するなら仕事場の机も整理してください」
「仕方ないだろー? 保存資料が大量にあるんだよ」
実際、ボクはグローリアのリーダーだしね。
「……座らないの?」
「……失礼します」
ボクが言うと、ようやくヨハンも腰を下ろす。
「何と言うか……新鮮です」
「新鮮?」
「家族以外で女性の部屋に入るのは、初めてなので」
「あー、そういやヨハンって貴族家出身だったっけ」
ヨハンの実家のプライダール家と言えば、天界で5本の指に入るほどの超名門貴族家の1つ。言葉のわからない赤ちゃんを除けば、インファント程度の子供でも知っているくらいだ。かつての英雄の子孫なんだし、そりゃ体面も気になるよね。
「学生時代、学友の、特に女友達の家には絶対に行くなと父に厳命されてましたので」
貴族、それもプライダール家の長男ともなれば、娘を持つ貴族家にとっては垂涎の的。これはボクの知り合いの貴族(男)に聞いた話だけど、無理矢理家に連れ込んで既成事実を作るくらいなら普通にあるらしい。その彼は、女の子に興味が無かったから途中で難を逃れたらしいけど。
「天界議会の終身名誉顧問だっけ? そりゃ息子の世間体も気にはするかー」
プシュッ! と音を立てて、自分の缶ビールを開ける。
「……あー美味しい。さすがメイドインジャパン」
「お陰で学生時代からの友人なんて、今では10人いるかいないか、くらいですけどね。
……ほんとだ、結構いけますね、コレ」
「うわぁ……」
「……その憐れんだ目、やめてもらえます? 私は勉強が捗ってむしろ良かったとまで思ってるんですから」
「どうせあれでしょ? ヨハンの事だからきっと、戦友と書いてライバルって読ませるくらいの関係なんでしょ?」
「何で知ってるんです?」
普段の君を見てたらそのくらい簡単に想像できるんですけどねぇ……。
「友人の大半は、今“正義の花園”にいるはずですよ。死亡管理部4課にも何人かいたはずです」
「へー、何班?」
「12班と13班と、22班……の奴は1班に異動しましたっけ」
…………1班?
「1班て……あの“陽光の彩花”?」
「それ以外に4課の1班ってありましたっけ?」
ぐびり、と缶を傾けるヨハン。いやいやいや、そこはサラッと流しちゃダメでしょ。
“陽光の彩花”と言えば、『聖光天列書』第五位、『逆鱗紫花』ライラック=アリグレス率いる“正義の花園”随一の戦闘特化グローリア。非戦闘職のエレベーター係でさえ昇格したての上級悪魔なら撃破できる、なんて噂もある、なんで悪魔対策部にいないのかわかんないほど強い連中だったはず。
「なんでも、固有術式が発現したらしくて。対悪魔戦特化の神聖術式だそうですよ。
『絶対鏡面』とか何とか」
「……ホント、ヨハンの周りにはものすごい人ばっかりだよね。ボク達除けば」
「何言ってるんですか。私からすれば、うちのグローリアの方がよっぽどものすごい人達ですよ」
「またまたぁ~」
「本当ですよ。ここまでアホな事をみんなでできる集団を、私は他に知りません」
「……サラリと毒は混じるよね。
てか、自分もその一員だって忘れてない?」
「ほっといてください。できれば忘れていたかったのに!」
「あっはっは。ボクのグローリアに入った時点で運の尽きなのだよ、ヨハンくん!」
「ははは! ……異動願いでも課長に出してきましょうか?」
「ゴメンナサイ! グローリアが回らなくなるので勘弁してください!」
そうこうしているうちに時間は進み、気付けば時刻はそろそろ0時を回る頃。もう2人ともだいぶ酔っていて、普段ならしないような話題に至っていた。
しかも、意外な事にヨハンの方から。
「……先輩」
「どしたー?」
「……少し、長めの独り言を言ってもいいですか?」
つまりはあれだね? 愚痴に付き合えって事だね?
いいだろう、とことん聞いてやろうじゃないか。
「私は……多分、恋をしています。相手は……先輩の事ですし分かりますよね?」
「うん。アリスでしょ?」
「……言わせた私が言うのもアレですけど、ほんっと先輩は変なとこで察しがいいですよね」
そう。
実はヨハンは、アリスの事が好きだ。アリスだけは気付いてないみたいだけど、周りから見れば分かりやすすぎて心配になるほどにはバレバレ。多分ボクだけじゃなく、他のみんなも(アリスを除いて)気付いてると思う。
恐らく彼自身が自覚しているよりずっと、ヨハンはアリスを想っている。そして、そんなヨハンの事を、ボクは好きになってしまっている。
つまりは横恋慕。ボクは、最初から報われるはずの無い恋をしてしまったらしい。
そんな心中を表に出すことなく、ボクはヨハンに続きを促す。
「……それで?」
「マノン先輩には、いや、まだ職場の誰にも言ってませんが……私には、婚約者がいます」
「へぇー……え?」
コンヤクシャ? えぇ?
「こ、婚約者って……?」
「まだ婚姻には至らないものの、将来結婚する事が確定している相手の事です」
「言葉の意味を訊いてるんじゃないよ! ……その、本当に?」
「嘘をつく理由がありますか?」
「ボクをからかうため、とか?」
「……ああ、なるほど」
「できれば納得しないで欲しかったなー」
「それはともかく、婚約者というのは本当の話です。もっとも、決めたのは私の父ですがね」
そこまで聞いて、ボクはようやく合点がいった。……これ、貴族に生まれた子供が持つ弊害のテンプレートだ。
「……ご存じの通り、私はプライダール家の一人息子です。当然そこには家督を継ぐ義務が発生し、私は家を存続させなければなりません。そうするにふさわしき、伴侶と共に。
私には、生まれながらにして、誰かを愛する権利など無いんです」
「……ヨハンももう一人前なんだし、婚約解消とかできないの?」
「相手は『聖光天列書』第六位、『熱線収束』ソルス=シャックラージャの長女です。いくら私でも、一桁順位を1度に2人も輩出している家系に、今更婚約を解消してもらう事はできません」
ソルス=シャックラージャは、天使の中では稀少な光線系神聖術式の使い手。双子の姉のマルナ=シャックラージャと共に『聖光天列書』の一桁順位入りを果たした逸材中の逸材達で、もともと上級貴族だったシャックラージャ家の発言力が更に増した、とか何とか聞いた事がある。
まさか、ヨハンの婚約者がシャックラージャ家の天使だとは思わなかったけど……同時にボクは深く納得した。
プライダール家は、かつて対悪魔用決戦兵器『聖鏡・風天』と『聖鏡・雷天』を造り出したヨーテル=プライダール氏の子孫。抱えている資産と権力は絶大なものだし、何よりあの家は、ヨーテル氏の功績を讃えられて『風天』の所有が許されている。
ヨハンが庶民なら結果は変わっていたかも知れないけど、彼も貴族であるとなれば、他の貴族が手を出さない理由が見つからなかった。
「だというのに、私は……!」
アリスが好き、か……。
「……でも、ヨハン。アリスは―――」
「えぇ、分かっています! アリスさんはハルトさんを愛している事も! 私なんて眼中に無い事も!」
ボクの言葉を遮り、ヨハンは悲痛な叫びをあげる。押し出すように発せられた、その声に交じっている苛立ちが誰に向けられているのかは分からない。いや、寧ろ誰にも向けていないのかな。どこにもぶつけようの無い気持ちを抱えて、整理がつかないからまた余計にモヤモヤして。同じような経験を何度も味わってきたボクには彼の気持ちが痛いほどに分かってしまった。
だから。
「それでも、私はっ―――」
ヨハンの後ろに回り込み、彼を抱き込むように腕を回す。
「マノン、先輩?」
「こういう気持ちのときは、誰かの温もりが一番効果があるんだよ」
……完全に下心ゼロ、とまでは言わないけど。
「君がアリスの事を想っているのは知ってる。その感情を、普段はなるべく表に出さないようにして、心を抑えているのも知ってる。
だけど……今この場では、我慢する必要はないんだよ、ヨハン」
気持ちを吐き出せないままでは、息が詰まってしまうから。1人で涙を流しても、胸のつかえは取れないから。
「泣きたいなら、泣いていいよ」
「……っ! ぅああああああああああああああああああああああっ!!」
慟哭。
小さな子供のように、ただひたすらに哭くヨハンの姿が、そこにはあった。