#1 グローリア”|刹那の光(ライトニング)”
マノンが主人公のお話です。一人称視点って難しい。
「では、お先に失礼します。お疲れ様でした」
「うん、お疲れー」
“正義の花園”本部の一角、人間界死亡管理部第4課27班のリーダーを務めるボク―――マノン=シャルルーシュは、業務を終えて帰宅する部下―――リーズ=クルタフェロンにそう声をかけた。
「あれ、リーズもう帰るの?」
「もう、も何も定時なので帰るだけです。毎日残業のアラン先輩と一緒にしないで下さい」
リーズに毒舌を浴びせられたのは、彼女と同じくボクの部下であるアラン=ベルフィールド。一応、リーズの先輩ではある……はずなんだけど、先輩として扱われていたのはリーズがこのグローリア、“刹那の光”に所属して間もない頃だけだった。
そんな報われない(大半は自業自得だけど)アランに、更に追い打ちをかける者が2人。
「無駄話してる暇があるなら仕事して下さい。この書類の山が片付くまで帰しませんからね?」
「あぁ、アラン先輩に残業代は出ませんので。その辺は把握しておいて下さいね」
前者はアランの1年後輩であるアリス=ヴァーミリオン、後者は2年後輩にして“刹那の光”副長、ヨハン=プライダール。2人とも、ボクの部下だ。
「ちょ、ひどくない!? アリスはともかく、残業代無しってのはひd」
「「文句はノルマ終わらせてから言え」」
「ゴメンナサイ……」
うんうん、平和だなー。これでこそうちのグローリア。
いつものようにコントを繰り広げる部下達を温かい目で見守っていると、いつの間にかヨハンが目の前に立っていた。
「マノン先輩。平和だなー、とか考えてないで、これの確認お願いできますか?」
「……何でバレた」
「そんなもの顔見ればすぐに分かります。一体何年一緒に仕事してると思ってるんですか」
それもそうか。
ヨハンとは、このグローリア設立当時からの付き合いだ。何でも前にいたグローリアでトラブルを起こして、そのせいでメンバーから外されたのだとか。まぁ、このグローリア自体、私も含めてはみ出しものの寄せ集めだから他人の事は言えないんだけど。
ボクとアラン=ベルフィールドは、楽天的な性格から。
アリス=ヴァーミリオンとヨハン=プライダールは、融通のきかなさから。
リーズ=クルタフェロンは、熱くなると言葉に歯止めがかからなくなってしまうことから。
他の生命体……人間の生と死の管理という失敗が許されないボク達には、そういったグローリア内での些細なトラブルでも異動を許可されている。人間界によくある小説のように、「ちょっとした手違いで」人間が死んでしまうなんて、絶対にあってはならない事だからね。異世界に転生、なんてできる訳が無いんだし。
「(ま、本人がやりやすいところで仕事するのが一番なんだけど)」
「何か言いました?」
「何でもないよ。それより、確認って?」
これを、と言って、ヨハンは5枚ほどの紙を手渡してくる。内容は、今日亡くなった人間についての報告書だった。うち4枚は要点がキチンと纏められている、完璧なもの。多分これ書いたのヨハンだな。で、残りの1枚は……うん、十中八九アランだろうけど、ところどころヨハンの手直しも入ってるし、大丈夫……かな? うん。多分大丈夫。
「……問題無いかな、確認印捺しとくよ。今日はもう遅いし、明日まとめて課長に提出よろしく」
「本来なら、班長の仕事のはずなんですけどねぇ……」
ジト目でボクを見つめてくるヨハン。これに関しては全面的にボクが悪いので、反論できない。せいぜい言い訳くらいだ。
「だ、だって……あいつ、苦手なんだよ」
あいつ、というのは4課の課長であるミレイナ=マーチェスの事。一応ボクと同期のはずなんだけど、ボクと違って優秀なミレイナはサクサクと出世して課長まで上り詰め、最近は『次期部長候補筆頭』なんて噂されてる。
人当たりもよく、操鏡術も“正義の花園”内ではかなり上位層に食い込めるほどの才能がある。さすがに剣はそこまででもなかったみたいだけど、それでも水準よりは上らしい。完璧、という言葉がこれほど似合う天使は、ボクのなかでは彼女しかいなかった。
……勝手に劣等感抱いて僻んでるだけっていうのは自覚してるし、良くないって事も理解してる。でも、頭で理解はしていても感情は追い付いてくれなかった。
「ま、今更なんで、もう諦めてますけど」
「……悪いね」
「いえ」
呆れながらも、なんだかんだで頼み事は聞いてくれるヨハン。ボクに一礼して席に戻ろうとするそんな彼を、ボクは思わず呼んでしまった。
「ヨハン」
「何ですか?」
「っ!? あ、あー、えっとー……今日この後って空いてるかい?」
「えぇ、暇ですけど……」
「じゃ、じゃあさ。久しぶりに、呑みに行かない?」
……あっぶなー。何にも考えないで話しかけちゃったけど、何とかごまかせたみたいだ。
内心で1人ホッとしていると、当のヨハンは、
「……私なんかより、アリス先輩やリーズと行った方が楽しいと思いますよ?」
「いーのいーの。たまには2人で呑もうぜ?」
「……分かりました」
そう言って、自分の席に戻っていくヨハン。すると、ボク達の話を聞いていたのかアランが、
「え? 呑みに行くの? はいはい! オレも一緒に行きたい!」
「「先輩はさっさと仕事しろ下さい」」
「わ、分かってるよ。終わったらの話!」
「えぇー……」
アランも来るのかぁ……。
「……そんな露骨に嫌がります?
よし、リーズ、アリス! これから呑みに行こうぜ!」
「遠慮しておきます。是が非でも」
「私も今日はちょっと……」
「何、みんなそんなに嫌!?」
「アラン先輩はお酒が入ると一層面倒なんですよ。というか、口より先に手を動かしてください」
「うぅ………」
後輩2人にボロクソに言われて項垂れるアラン。まあ、ボクだって結構邪険に扱ってるし、他人のことは言えないんだけど。
「それにしてもリーズ、帰ったんじゃなかったの?」
「ちょっと忘れ物したので戻ってきたんです。この子達と一緒に」
「「ただいま戻りましたー!!」」
元気な声で帰投を告げたのは、うちのグローリアのエレベーター係、双子のアニー=ネッケルとテオ=ネッケル。グローリアでは一番の新参だけど、しっかりと仕事をしてくれる優秀な部下だ。……アニーの方は、たまに周りが見えなくなるみたいだけど。まぁ、年相応って言えばそうなんだけど。
「お帰り、2人とも。今日はもう上がっていいよ」
「はーい!」
「皆さん、お疲れ様でした!」
エレベーターを元の位置に戻し、鍵をかけるテオ。その傍らにいたアニーが不意に、思い詰めた顔でボクの所に駆け寄ってきた。
「……ねぇ、マノンお姉ちゃん」
「ん? どうしたの、アニー?」
何か口にしづらい事でもあるのか、その……、と言い淀むアニー。仕方なく、彼女の口許に耳を寄せると、アニーはようやく喋りだす。
「―――ヨハンお兄ちゃんにはまだ『こくはく』しないの?」
―――ガンッ。
「ま、マノン先輩!?」
うん、大丈夫。大丈夫だよリーズ。ちょっと頭が真っ白になって倒れ込んだらデスクの角に頭ぶつけただけだから。だから気にしないで。血ぃでてるけど治癒くらいなら自分でもできるから。
そんな事よりも、
「アニー、よく聞いて。どんなに面白そうでも、どんなに気になっても、その話題には触れちゃダメだ.
いいね?」
「でも……」
なおも食い下がるアニー。ボクのそんな話聞いて何が楽しいのかなぁ……。
ともあれ、今はアニーの気を逸らすのが最優先。あんまり彼女に騒がれても、嬉しいことは何一つ無いんだから。
デスクの引き出しからアニーの大好物を取り出しながら、ボクは彼女に言う。
「ほーらアニー。〇ッキーあげるからもうその話題は「分かった!」……あれ?」
いつの間にか手に持っていたポ〇キーがなくなってる。一体どこに―――
「じゃ、お疲れさまでしたー!!」
「あ、ま、待ってよお姉ちゃぁ~ん!」
部屋の出入口の方から声が聞こえたかと思うと、ポッ〇ーを握りしめた姉と彼女を追う弟が駆けていく姿が見えた。
……取られた瞬間、まるで見えなかった……一応ボクも戦闘職だし、動体視力はいい方なんだけどな……。
「(……かわいい)」
「え? 何?」
「ほら、手ぇ止めてないで早くやってくださいアラン先輩」
「……へーへー」
……アランは聞き取れなかったようだけど、ボクの耳はしっかりとアリスの呟きを受け止めていた。
最近、アリスは性格が目に見えて丸くなった。具体的には、この間やってきた、悪魔に喰われかけた人間の少年―――ミナカワ・ハルトくんに出逢ってからだ。それまでは誰に対しても一定以上の感情を見せなかったのに、あの事件(?)からはびっくりするほど表情豊かだ。……これも恋の力、なのかな?
「……終わりましたよ、マノン先輩」
気がつくと、いつの間にか帰り支度を終えていたヨハンが傍らに立っていた。
「あ、うん、りょーかい」
ボクも手早く荷物をまとめ、ヨハンと一緒に部屋の扉に向かう。荷物と言っても、持つのは財布や身だしなみ用品、あとは護身用の武器くらいだ。一応“ロスパラディージ”でも書類仕事は大量にあるけど、そのほとんどが機密事項だから持ち出せない。0って訳じゃないけど、今日のところはそういった類いのものは無かった。
「じゃあアリス。戸締まりとか諸々、任せちゃってもいいかな?」
「はい。お疲れさまでした」
「お疲れさま~」
「お疲れさまでした」
強制残業のアランとその監視役のアリスを残し、ボク達は“正義の花園”を後にした。