あの日と変わらない夢を見ていた。 - another story -
本編はこちらです。
『あの日と変わらない夢を見ていた。』
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八月、玄関のドアを叩く音で目が覚める。
「りっちゃーん!あそぼー!」
この声は幼馴染の女の子、晴。
僕はすぐに玄関へ向かう。
待たせちゃうと後で文句を言ってくるから。
そしてドアを開けて返事をする。
「ん?今から?」
「今からだけど…。りっちゃん起きたばっかり?」
「うん。起きたばかりだけど。いいよ。あそぼ。」
ここから短いようで長い今日が始まった。
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これは晴と遊ぶ少し前の日
玄関のドアが晩ごはんの時間に開く。
この時が一番楽しみなんだ。
「お父さんお帰り!」
「ああ、ただいま。今日も元気だな。」
「うん!今日も晴と遊んできたから。」
「律は晴が大好きだもんな。お嫁さんにするか?」
お父さんが笑いながら僕の髪の毛をくしゃくしゃっとかき回す。
「そういうのじゃないから!友達として好きなの!」
「そうか、そうか。」
お父さんは笑いながら何か納得する。
そういうのじゃないんだけどなぁ~って思いながらテーブルに着く。
テーブルにはいつものようにお母さんが作ってくれたおいしそうな料理が並ぶ。
もう我慢できないや。
それじゃあ
「いただきます!!」
そしたらお父さん達も続いて
「いただきます。」
今日はカレーだった。
僕もお父さんも大好きなカレーだ。
けれど、お父さんがいつも見せる笑顔じゃなく真剣な顔になった。
いつもより空気が重く、何かが起きると分かる雰囲気。
全然会話が飛び交わない。静かな食事。
いつもと全く違う雰囲気でお父さんはこう切り出した。
「なあ律。遠くの町に引っ越さないか?」
「え?なんで!?」
「父さん、高校の先生だよな?」
それはずっと前から知ってる。
「うん。」
「それで、今度から遠くの町の学校に行かないといけない。」
「それなら今までと変わらないじゃんか。なんで引っ越しなんか!」
今までも遠くの学校に通うときはお父さんは電車を使ってた。
なら今度もそうすればいいと思ってた。
引っ越しなんかしなくていい。
今まで通り晴と遊んでいたい。
そういう思いから声を張り上げた僕に
お父さんは静かな声でこう言った。
「新しい町新しい家で、気分も新しくしたいんだ。」
10秒くらいの沈黙を置いてお父さんは
「律にとっても引っ越しはいい経験になると思うし、友達も増えるよ。な?引っ越しないか?」
そしてお母さんも
「ねえ律。お父さんはいっぱい律のお願いきいてるでしょ?だからたまにはお父さんのお願いをきいてみて。ね?」
遠くの町に引っ越すんだよね?
それって…
「もうこの町には来ないの?」
お父さんはまだ真剣な顔のまま。
「そうだね。もう来ないかもしれない。」
その一言で僕は黙ってしまった。
たまに来るのであれば晴とも遊べるし、
何しろ初めての引っ越しなのだ、少しウキウキしていたところもあった。
でも、お父さんが発した「もう来ないかも」という言葉は僕の頭を真っ白に染めてしまったんだ。
ただ真っ白に黙っていると、お母さんが
「今日じゃなくて、明日考えてもいいのよ。」
「うん。」
僕はその言葉で戻ってきた。
すぐにカレーを食べてお風呂に入り、自分の部屋に行く。
窓を開けて風を入れる。
夏でも夜に吹く風は冷たい。
僕は布団を敷いてその中に潜りこむ。
布団は夜の風に冷やされたままでまだ冷たい。
布団の中でうずくまったまま考える。
だけど、考えようとすると晴の顔が頭に浮かぶ。
考えるたびに今まで遊んだことを思い出す。
引っ越ししたらもう会えないかもしれない。
そう思うと悲しくなって何かが頬を伝ってきた。
暖かい何かが次から次へと絶え間なく溢れてくる。
僕は晴のことが好きだ。
お父さんにはからかわれて意地を張ったけど
本当に晴のことは好きなんだ。
だけど、
「もう遊べないんだ。」
でも、お父さんのためにも引っ越しした方がいいのかな。
でも晴のことが頭から離れない。
考えて考えて、考えて…。
夜の涼しい風と、涙の後の暖かさがしだいに僕の眠気を誘った。
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朝、夏の蒸し暑い空気に耐えられなくなって布団から飛び出る。
するとその直後にドアを叩く音と声が聞こえた。
「りっちゃーん!あそぼー!」
晴の声。
昨日の夜のことを思い出す。
けれどそれを振り切って玄関へ向かう。
ドアを開けるとそこにはいつものように晴がいた。
「晴。今日も?」
「うん。家ではやることなくなっちゃったからね!」
昨日のことが頭に浮かんでいつものように話ができない。
顔をうつむかせたまま僕は
「じゃあ、遊ぼう。」
と、できるだけいつものように言葉を返す。
「うん!」
元気いっぱいに返事をした晴を僕はちゃんと見ることが出来なかった。
とりあえず僕は服を急いで着替えて外に出た。
やっぱり夏は暑い、外にいると気持ち悪くなりそう。
今日も晴の家に行くのかなと思ってたその時に晴が。
「今日はどこかに行こうよ。」
って言ってきた。
そういえばこの夏休みから晴の家にしか行ってないけど…。
まぁ、たまには暑くてもいいよね。
「そうだね。じゃあ行こうか。」
マンションから出ると、そこは灼熱地獄だった。
雲がほとんどない空の下に僕たちは立っていた。
マンションの廊下は空気が暑いだけだったけど外は太陽の光が熱い。
道路からもやもやしたものが出てる。
「こんな暑い日にどこに行くの?」
僕はそれが気になってしょうがなかった。
「ふっふっふ。秘密だよ!」
晴は何か企んでいるような顔をして僕の手を引っ張る。
そのまま晴に連れられて、僕は歩いた。
どれぐらい歩いたんだろう。
太陽は頭の上まで昇っていた。
「晴、まだ?」
「もうちょっとだから。」
僕たちは今、山の中を登っている。
山といっても小さい山で、大人が登ればすぐに頂上に着くと思う。
でも、僕たちには大きい山だった。
小川を越えて、木々の間を抜けていく。
そのまま山を登り続けていると、少し辺りが開けた。
ここがこの山の頂上らしい。
その中心にはひときわ大きい木があった。
「あった!りっちゃんここだよ!」
「ほわぁ…。」
今まで見たことない大きい木になんだか心がウキウキしていた。
「りっちゃん!この木に登ろ!」
「えっ!危ないって!」
僕は晴を止めようとしたんだけど、そのまま晴に引っ張られてその大きな木に登った。
そこには僕たちが住んでる町が全部見えた。
僕たちが住んでるマンションも学校も、図書館も。
「これ…、すごいね。」
思わず声に出ていた。
「でしょ!!」
夏の強い日差しが木漏れ日となって僕たちに降り注ぐ。
高い木の上だからか通る風がとても涼しい。
家にある扇風機とは違う、クーラーとも違う。
とても気持ちい風が吹く。
暖かい木漏れ日と、涼しい風でなんだかいい気分。
「ねえ、晴。」
「な~に?」
「もし僕がこの町から引っ越したらどう思う?」
「いきなりどうしたの?」
「なんかごめんね。聞いてみたくて…。」
いきなりこんな話を切り出した僕を
ちょっと真剣な表情で春が見る。
それから晴は少し考えて
「うーん。悲しいかな。」
って言った。
「やっぱり?」
「うん。でも、律が行くって言ったら止めないよ。」
晴はいつもみたいに「りっちゃん」とは言わなかった。
真剣な顔のまま「律」って呼んだ。
「なんで?」
「それは律が自分で決めた事でしょ?」
「うん。まあ、そう…だね。」
「なら、引っ越した先でも律は頑張れると思う。」
「・・・。」
「だから私は止めないよ。」
晴は苦笑いしながら応援してくれた。
ただの例え話として言ってみただけなのに
真剣な顔でちゃんと考えてくれた。
僕は静かに晴の話を聞いていた。
気が付けば辺りの空は赤くなっていて
太陽が大きく傾いていた。
「りっちゃん。そろそろ家に帰ろ!」
「うん。そうだね!」
二人で山を下りていく
小川をまたいで木々の間を歩いていく。
晴はとっても楽しそうに笑っている。
僕はその光景を目に焼き付けていた。
そして僕は、引っ越しをしてもいいと
その帰り道に心に決めた。
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八月、一年の中で一番暑い時期。
僕はいつも玄関のドアを叩く音で目が覚める。
「りっちゃーん!あそぼー!」
僕はすぐに玄関へ向かう。
待たせちゃうと後で文句を言ってくるから。
そしてドアを開けて返事をする。
「ん?今から?」
「今からだけど…。りっちゃん起きたばっかり?」
「うん。起きたばかりだけど。いいよ。あそぼ。」
今日はいつもと同じように遊ぼう。
言葉にすると悲しくなっちゃうから。
晴に伝えると、たぶん晴も悲しくしちゃうから。
だから今日はいつも通りに遊ぶんだ。
僕は急いで着替えて外に出る。
「りっちゃん、今日も暑いねー!」
「そうだね。」
いつもと同じ晴の家で
そしていつもと同じベランダで
涼しい風に吹かれて
晴と二人で空を見る
僕が一番好きなこの景色を
一番大好きな晴と見る
この景色を忘れないように
いつかまた、この町で晴と会えるように...。
今日も遠くで蝉が鳴く。