青年と少女と研究施設
今日の空は気味が悪いと、柊は思った。
いつもなら月の光が街を照らし、木々が生い茂った森の中でさえ、日中のように明るくなる。
しかし、現在は、何層にも重なった厚い雲に月は隠され、遮られた光は街や森まで届くはずもない。
かろうじて、居酒屋やバーなど夜の店には灯りがあるが、それ以外の建物は暗闇の中だ。
二人の武装した人間が真っ暗な森の中を、急ぎ足で進んでいる。
どちらも、ヘルメットに装着されているヘッドライトを使用しているのだが、1メートル先にすら光が届いていない。
さらに、どこからか、獣の唸り声や、遠吠えが聴こえてくる。
青年・柊は、森の中で音が鳴る度に、肩をビクつかせていた。
そんな臆病な柊の隣で、ホラー映画で流れそうな音楽を口づさみながら走っているのは、可恋。
二人は上からの命令で、ある建物に向かっている。
「おい可恋!」
恐がりだが、我慢強い柊にもさすがに限界が来たのか、少女にイライラした口調で話しかける。
「お前いいかげん、その音楽口づさむのやめろよ!」
「えっ?」
少女はとぼけた顔をすると、今度はさっきのメロディーに歌詞をつけて歌いだした。
「呪われたあ~ 洋館にはあ~ 首吊った女が住んでいるう~♪」
「き・・きさまっ・・・、俺が恐がりだと知りながら」
「おまえを~ のろ・・・ あ!もうすぐ森を抜けるよっ」
隣で怒っている青年のことは無視して、可恋は喜びの声をあげた。
二人は街の外れにある、かなり年期の入った建物にやってきた。塗装は剥がれ落ち、至るところに亀裂が入っている。
汚れて読みづらいが、表札には「研究所」の文字が書いてある。
どうやら、廃れる前は研究施設だったらしい。
「ここであってんだよな?可恋」
「うん。あってるかもしれないし、あってないかもしれない」
「地図持ってるのはお前だろ」
「あ。それね。さっき森の中で落としちゃった」
この馬鹿女め。私が地図持つー、ってだだこねたから渡してやったのに、一度も開かないで落としやがった。
「あのなあ、お前が」
ガタガタ、パリーン、ガッシャーン
建物内から何かが暴れているような激しい音がした。
その瞬間、可恋は建物に向かって走り出した。
「おい、可恋待てっ!一人は危険だ!」
「柊、早くしないと置いてくよー」
柊が止めるのも聞かずに、扉を突き破って中へ入っていった。
「くそっ!」
すでに置いていってるじゃねーか。
あのアホ女、後で覚えとけよ。
ぶつぶつ文句を言いながら、柊も可恋のあとを追い、建物の中に侵入した。
中は、真っ暗闇だった。
非常口の灯りがぼんやりと点いているため、電気は通ってるみたいだが、肝心の蛍光灯は割れていて使い物にならない。
さらに、足場は柔らかい粘土が敷き詰められているかのように柔らかく、この状況で進むのは困難を極めた。
「おーい、可恋ー」
数秒待ったが、返事はない。
まさか・・・あいつ獲物に殺られてないよな。
柊はゴクリと唾を飲み込む。
「可恋ー」
もう一度呼んでみるがやはり返事はない。
静寂が辺りを包む。
聞こえてくるのは、非常口のジーッという電子音と、自分の荒い息づかいだけ。
冷や汗がツーっと頬をつたう。
あいつが殺られたということは、近くに獲物がいるということになる。
この暗闇の中じゃ姿も見えない。
視覚が使えないとなると、次は聴覚だ。
なんとか、こっちの居場所を悟られないようにしなくては。
(柊は恐がりなので、恐怖で混乱し、さきほど大声を出したことを忘れているのである)
足の感覚を研ぎ澄ませ、一歩ずつ、、音をたてないように慎重に進んでいく。
100メートルほど進むと、突き当たりになっていて、左右には通路がある。
さて、どちらに進もうか。
左か?右か?
うーん、悩む。
確か、迷ったら左って法則を訓練学校で習った気がするぞ。
よし!
左に行こう!
・・・・・・・。
・・・・そんなの習ったっけ
んあぁ~、もうわからんっ!
そもそも、なんでこんなとこに来なきゃいけないんだよっ!
もっと楽な任務あっただろっ!
遂には、仕事にまで怒りだす始末。
ガサッ
「・・・・?」
どっちに進むか迷っていると、足元から何かが動く音がした。
ガサガサッ、ガサッ
「ひっっ!!!」
すると、それは立ち上がり、ビビりの青年に声をかけた。
「お、柊!やっと来た!もう、遅いよ~」
柊は、どこからともなくトンカチを取り出すと少女の頭に力一杯降り下ろした。
ガツンと鈍い音が静かな通路に響く。
「痛たっ!え?いきなりっ!?頭に、たんこぶできたらどうするの!」
「ヘルメットしてるから大丈夫だろ。
というより、そもそも、なんでお前はこんなところにいるんだ!」
「いやあ暗いと眠くなっちゃう体質でして」
少女はてへへっと照れたように笑った。
「学校でも、殺し屋たるもの気配を消すのが基本だって習ったし」
「お前がしてたのは睡眠だ」
柊は、はあ~とため息をつきながら言うと、左の通路から風が吹いていることに気がついた。
「なあ、こっちから風を感じないか?」
「・・・・・・おやすみ・・・」
よく見ると、薄暗い通路の奥にある部屋から、灯りがもれている。
「おい、あそこの部屋灯りがついてるぞ!
多分、そこに俺達の獲物がいる。いくぞっ!」
・・・・・・。
返事がない。
微かに寝息が聴こえる。
「この野郎・・・」
俺は、トンカチを取り出すと、可恋が被っている防護用のヘルメットをずらし、髪の生え際を小突いた。
乾いた木を叩いたような、小気味良い音が鳴った。
「いだあーーーー」
寂れた街とは正反対の、おしゃれな雰囲気を漂わせるバー。
表には、色とりどりの電飾が取り付けられており、ピカりピカりと数秒おきに光っている。
入り口のドアノブは眼を紅く光らせた、ドクロだ。
しかし、店内に一足踏み入れると、表のイメージとは一変、オレンジ色の照明が大人の空気を醸し出している。
そんな、変わった店のカウンターで、右目に稲妻模様の傷がある男が酒を飲んでいる。
「よく来てくださいましたね。傷丸さん」
バーテンダーだろうか。
まだ酒も飲めなさそうな少年が、目の前の男に声をかける。
傷丸と呼ばれた男は、泡のなくなったビールを一気に飲み干し、つまみのピーナッツをかじりながら言った。
「たまたま近くに用があったもんでな」
「あの頃が懐かしいですねー、僕らもまだ若かった。そういえば生邏さんはどうしてます?」
「お前はほんと隊長のこと大好きだな」
傷丸は苦笑する。
「久しぶりに隊長もこの街に来てるぜ」
「えっ!あの生邏さんが!?」
そんなに珍しいのか、バーテンダーが驚きの声をあげる。
「仕事だからあんまり長くはいられねえけどな」
「そうなんですか・・・」
グラスを拭きながら、バーテンダーは少し悲しそうな顔をする。
「じゃあ、仕事終わったらみなさんで顔出しに来てくださいよ」
「ああ、暇があったら寄るよ」
そう言いながら、さあて、と背伸びをする。
「そろそろ俺も行かねえと。あのバカ二人組が心配だしな」
傷丸は立ち上がると、コイン数枚をテーブルの上に置いた。
バーテンダーは、テーブルの上に置かれたコインには脇目もふらず、男に顔を近づけて話す。
「また来てください、傷丸さん。それと・・・」
さっきの、穏やかな表情からは想像できない蛇のような鋭い目付きになり、
「何かあったら呼んでください。
いつでも。僕らはすぐに動きますんで」
と小声で言った。
傷丸は「ああ、頼りにしてるよ」と返すと店を出た。
「しっかし、いつ来ても、この店客いねーな」
そう言いながら、傷丸は古びた研究施設へと足を向けた。
情景書くのがすごく難しい・・・