生邏
夜の飲み屋街を、誰が見ても似合っていないハットを被った男が、足音を立てずに歩いている。
路地を曲がったところで、何ヵ月も洗っていないと思われる白髪に、髭を胸の辺りまで蓄えた老人が声を掛けてきた。
その目は虚ろで、地面に座り込んでいる。
「お、殺し屋じゃないか。調子はどうだい?儲かってるかい?」
「ああ、まあな」
殺し屋と呼ばれた男はめんどくさがりながら答える。
「そうか、まあそうだよなあ。この島では殺し屋が法律みたいなもんだからな」
老人は、小汚ない髭を触りながらハハハっと笑った。
「これから仕事かい?」
男は答えない。
ポケットから拳銃を取り出すと、慣れた手つきで安全装置を外す。
そして、黙って銃口を老人の額に向ける。
「その顔は仕事だな。へましないように気をつ」
ズダンッ
最後まで言い終わらないうちに、男は迷いなく、人差し指で引き金を引いた。
額を撃たれた老人は口を開いたまま、一瞬で動かなくなった。壁には飛び散った血がべっとりと付いている。
男は、撃った反動で床に落ちたハットを拾い上げ、何事もなかったかのように歩き出した。
男が立ち去ってから五分後、
「変わらねえな、生邏。めんどくさくなると、すぐぶっぱなしやがる」
吹き抜ける冷たい風に、伸びた髭をなびかせながら、老人は愉快そうに笑った。
「だが、服が血でべとべとだ。あいつに服代請求しねえと」
そういうと、膝に手をついて立ち上がり、夜の闇へと消えていった。