起[5]
俺の人生を振り返ってみると、多くの思い出の中、一つ感慨深い出来事にぶつかる。
それは修学旅行の話だ。
歳は十五の頃。
その頃の俺は、クラスの中心とは言わないまでも班長や催し物においてのリーダーをすることも少なからずあった。
改めて説明するまでもないが、一大イベントである修学旅行なんてものは気が逸る最たるものではないだろうか。
その中で、班決めはその修学旅行が終始楽しくなるかの分水嶺と言っても過言ではないだろう。
結論を言うと、俺自身は結果的には楽しかったとまとめても良かった。
だが、それに至るまでの道は決してなだらかではなかった。
学業の時間割の一つを修学旅行の班決めで割かれたその日。
俺を中心とする1組5人のメンバーが難なく決まった。
決まった後は、自由時間のようなもので、実の無い御喋りをしていたはずだ。
授業の終わりを知らせるチャイムが鳴る10分前。
「誰か、二人をいれてくれる班はありませんか?」
と、担任が言う。
二人と言うのは、女子の二人組だ。
当然、男連中は関係がないとばかりに各々のメンバーと修学旅行においての談笑を続ける。
俺も例外に漏れず、自由時間はどこそこに行きたいなどとメンバーと相談していた。
しかし終ぞ、その女子二人組は時間内にどこかの女子グループに所属することは決まらなかった。
その女子二人と言うのは、クラスでは浮いた存在であった。
女子らしからぬ粗暴さ、と言うと今では差別になってしまうかもしれないが、その二人においては男子を泣かすという行動、学校をサボると言った今で言う不良地味た行動が目立つ二人であった。
具体的な行動を挙げたいものではあるが、正直な話、それまでの彼女らの思い出話は余りない。
ただ、何度か会話や勉強を教えてあげたことがあったぐらいで。
逆に言えば俺は彼女らに悪いイメージは然程無かったとも言える。
さて。
困るのは担任であろう。
当然班決めの話し合いは放課後にまで持ち込むことになった。
メンバーは担任と男女ともに4名ずつで、各々班のリーダーでもあった。
机を囲むように話し合いの場は設けられた。
「誰か、いれてくれる班はありませんか?」
当然男連中は関係ないとばかりに無言を貫くが、女子までもが無言を貫く。
「意見は、誰かありませんか?」と担任。
「俺らは関係なくありませんか? どうせ女子グループに入れるんでしょ?」
とクラスの中心メンバーの一人である男が発言する。
「でもうちらと合わないし」
と、女子達は互いに頷いてる様。
16時を周り始めた頃であったか。
俺は発言をした。
そのときの気持ちを言うならば、深い考えはなかった。
だからこそ、様子見に徹しても良かったのだが、何も発言しないままただ時間が経つというのは居心地が悪いもので。
「中学最後のイベントで、俺達も修学旅行が終わると、進路は別々になる。最後の思い出づくりに入れてもいいんじゃないか?」
と。
改めて言うが、俺は何も考えてはいなかった。
だが、それでも「入れていいんじゃないか?」と言うのは女子に向けて言った発言である。
そこで諸手を挙げて発言するリーダーの一人。
ちなみにそいつは、俺とは犬猿の中であったりする。
まぁ、今ではそうでもないが当時は殴り合いとか割りとあったもんだ。
で、そいつが流れを変えた。
「んじゃ、お前の所に入れてやれよ」
何を言ってるんだ? と、俺。
「先生、絶対に女が男のグループに入れちゃダメってことはないんでしょ?」
「そうねぇ。 入れてもらえるかしら?」
斯くして、十六の視線が俺に集まる。
居心地の悪さったらありゃしない。
で、思うに奴は俺の性格を熟知していた。
おそらく、担任もだ。
「あー、取り敢えず。 うん、メンバーに家に帰った後電話して確認してます。それで全員が大丈夫ならってことで」
と、俺が言う。
断りきれない性格。 優柔不断といってもいいかもしれない。
それが俺だった。
その場はそういうことでお開きになった。
俺は、ほっとしているメンバーを余所に忙しくなることになる。
正直面倒な気持ちはある。 が、流石にここまで来て何もしないというのは俺の性格でもなかった。
渋々ではあったが、尻に火が付いた状況だ。 家に帰宅後、4人のメンバーに電話で連絡をする。
確信していたことがあった。
それは絶対に断らせない自信だ。
と言うのは、当時の俺の持論では一人で物事を決められる奴は至って珍しいと思っていたのだ。
誰だってそりゃ、進む先を照らしてくれたら楽だ。
案の定、4人のメンバーは承諾した。
中には、ぐずる奴もいた。
でも一対一の会話で俺はあくまでも女子二人を加入させることを前提に動き始めてるのだ。
結局そいつも承諾することになった。
その後はわざわざ学校に電話して、担任に説得できた旨を報告する。
「あなたがいると助かるわ」
そんなことを言われたはずだ。
正直な話、感謝されるのは好きだった。
結果的に何も考えないで発言した事であっても、次第に自分の行動が最善だったのでは? とも思いもした。
さて、翌日だ。
俺はメンバーの4人にこっそりと空き教室に連れて行かれた。
「やっぱり女子いれるのって嫌じゃない?」
結局のところ、こういうことだ。
電話では、賛成はしたが翌日メンバーが揃って相談した結果、昨日の話は無しにしてもらいたい、と。
「そういうのよくねーよ。 嫌だって気持ちも分からくはねーけどな」
と、俺。
まぁ、まるっきりそういう状況にならない可能性も考えなかったわけでもなかった。
でも信用はしていた。電話では「仕方ないよな」と同意してくれた奴もその中にはいたのだ。
だが、結果裏切られた。
その時点で、俺は既にこいつらへの興味は大分失われていた。
修学旅行さえも楽しみだったのが、俺の中ではもうツマラナイものとして考えられていた。
「んじゃ、俺があの二人の相手するから。 お前らは気にすんな」
さて、俺は本当にそうでもなかったのだが、あの女子二人組は男子から相当に怖がられていたらしい。
俺が言うと、「それなら」とのことだ。
以前、あの二人に勉強を教えた時は素直だったし、感謝もしてくれた。
会話をしても受け答えがはっきりもしていた。
実は、そのうちの一人には家に行ったこともあったのだ。
まぁ親父さんがその町一番のヤクザだった。 と言うのもイメージ先行のようなものか、嫌われる原因ではあるのかと今では思う。
だが、当時の俺に含む所は特になかった。
親父さんにもあったことはあるが、気さくなオッサンという印象だったしな。
入れ替わり、俺は空き教室に二人の女子を呼び出した。
「お前ら二人、俺の班ね。 大丈夫?」
「うん、ありがとう」
見ろよ、感謝されたぜ。
男はやっぱり糞だな。 とさえ思っていた。
ではメインの修学旅行はどうなったか。
正直、中身はほとんど覚えてないのだ。
覚えているのは修学旅行の前後か。 それだけ印象が深かったってことだろう。
ちなみに、驚くべき事に宿泊部屋ですら男女一緒だったのだから今の時代では考えられないかもしれない。
まぁ、それでも俺の左隣に女子二人組が連なって、その反対側には男子が。
俺という人間を防波堤にしているような状況だった。
あとは特筆すべき事象はこんなもんか。
修学旅行が終わった後に、再び女子二人に。
「楽しかった、ありがとう」
と言われた事ぐらいと。
担任と廊下ですれ違い様に、
「頑張ったわね」
と言われたことぐらいだな。