起[1]
俺の人生を語ろうか。
主人公ではない、只の、そう只ひたすら何も面白みもない脇役の話だ。
と言うと、どことなく悲しみが溢れ出してむなしくなるので多少なりとも面白みはあったかなと訂正したい。
何を語ろうか、迷うところではある。
まずは俺の名前だな。
いや、俺の名前なんてどうでもいい。
名前を言うなんて主人公らしくて反吐が出る。俺なんか「俺」でいい。
俺はね、小さい頃、空想にふける少年だった。
それこそ当時は、よく自分の世界を真っ白な用紙に一杯、一杯書いたもんさ。
俺の考えた最強の剣や盾。魔法なんか列挙したら際限がない。
でな、俺と同い年ぐらいの女の子がいたわけだ。
その子もな、絵を描くんだよ。
その絵が上手いんだなぁ・・・・・・。
言ってしまえば、モノが違ったんだろうな。
一本の線を書き連ねるだけでも、品が違う。とは言いすぎか。
だが、同じ物を書いても、彼女と俺のとでは正直出来が違う。
愕然としたね。
俺と彼女の何が違うのか?
俺はそれこそ暇さえあれば、絵を描いていたさ。
友達はいたが、正直自分一人で遊んでいたほうが楽しかった。
その一人で居た時間のほとんどを俺は絵を描いていた。
今さらだが、絵なんて技術がほとんどで、どの程度かは知らないがある程度まではその技術で代用できる。ってのは大人になってから知ったことだ。
ま、当時の俺にしてみればそんなこと知ったこっちゃない。
ショックでな。
まるで自分の今までを否定されたようなもんだった。
それから俺は絵を描くことをやめた。
代わりに見つけたのが、ゲームだった。
そこそこの、中流家庭であった両親の元で育った俺の家には最新ゲーム機がゴロゴロとあった。
それは、俺より5つ上の兄貴がゲームが好きであった、ということも関係しているだろう。
そんなわけで俺はゲームに没頭する時間が増えた。
ゲームっていいよな。
特に俺はロールプレイングゲームが好きだ。
俺は主人公になれるんだ。
趣味じゃない女の子でも、お願いされたら悪い気がしない。
だからこそ何度も何度も世界を救ったね。数多の女の子も魔王から救いもした。
俺は紛れもなくヒーローだった。
その世界では。
ところで、小さい頃ってのはゲームがあると、自然と友達は出来るんじゃないかと思う。
そりゃ最新器機のゲームソフトが、そいつのところに遊びにいけばタダで出来るんだ。
お菓子やジュースも出てくるかもしれないな。
夜遅くまで盛り上がれば、夕飯までご馳走してくれるかもしれない。
正に至れり尽くせりって奴だ。
俺は友達が一杯いた。
いたはずだった。
何時だったかな、それに陰りが見えたのは。
俺よりもゲーム機をもってる奴が現れた頃か?
それとも、対戦ゲームで相手をぼろくそに負かした頃だったか?
うーん。
もしかしたら、外で遊びに行こうと言われたときに
「俺の家でゲームしてたほうが楽しくない?」
なんて、根暗なことをいったときからだったか。
気づけば、クラスの男子はほとんどが友達といっても良かったはずの俺が、よく話す友達は二、三人になるまで居なくなった。
それ自体は別にいいさ。
何せ一人でいるのも嫌いではない。むしろゲームにどっぷりとはまる前までは一人でいることが好きだったのだ。
ただ、人気があった奴が急に人気がなくなると反比例するように悪いイメージがクラスに蔓延することがあるみたいだ。
これは辛かった。
授業中に消しカスをぶつけられたり、とかな。
悪戯するにも率先して、その役割を俺にやらされたり。
その中でも一番辛かったのは・・・・・・。
あぁ、思い出した。
学校の帰り道の話だ。
俺を含めて三人男連中で帰ったときだ。
その一人は気が荒い少年だった。
よく暴力を振るう奴で、所謂ガキ大将というような感じの少年だ。
そいつの言う事を拒否すると肩や背中を殴られもした。
やだやだ。
なんでそんな奴と一緒に帰るかね、俺は。
おっと、話が反れちまった。
帰り道には、床屋さんがあった。
よく赤・青・白のクルクル回る奴が外においてあるだろう?
サインポールっていうんだがな。
その電源が外のコンセントからプラグが繋がれていたんだ。
「おい、お前。あれを外してこいよ」
「えー、やだよ」
当然断る。だって俺は悪いことしたくないしな。
俺が言うのもなんだが、俺は優しい奴なんだ。
でもさ、殴られたんだな。
「早く、やれよ!!」
もう一人の男はガキ大将の腰巾着でな、俺が殴られる姿を見てゲラゲラと笑っていやがった。
渋々だ。じゃないと殴られるからな。
痛いのは嫌だ。
「おい!! 走れ!!」
サインポールが止まったの確認したのと同時にガキ大将が言う。
3人で走った。
さて、そんな悪戯がどうなったか。
速攻でばれちまったよ。
なんでか?
外のコンセントのプラグを外した時に、二つあったんだ。
一つはサインポールだ。 もう一つはどうやら店内の点灯用だったらしい。
何故外に? という疑問は未だに消えはしないが、事実店内の灯りが消えたことで、店主の親父さんに速攻でばれちまった。
最悪なことにだ。
外に出たら、丁度俺たちの愚行を見ていた同じクラスの女の子が「俺」がやったと伝えやがった。
間違っちゃいない。まぁ、言いたい事は当然あったが。
あれよあれよと、学校から俺の両親に伝わったのだ。
俺が、家で一人ロールプレイングゲームをしていたときだ。
「ちょっときなさい」
普段温厚な親父のあの声は、今でも忘れられない。
「本当か?」
「はい」
俺は泣いていたと思う。
親父が怖くてか?
それもあったが、違う。
「いじめられてるのか?」
「違う」
情けなくてだ。
親父に怒られている事は確かに悲しくはあった。
だが、それ以上に腹の中でグルグルと何かが煮詰まっていく感情があった。
断ることが出来なかった事? いじめられている、いやあの年代の頃なら悪意もなくただの悪戯だったかもしれない。
まぁ色々と理由はあるが、俺自身が[いじめ]られている事を認めたくなかった事。
クラスの女子に「俺」がやったと言われた事。
あぁ、それが一番きつかったのか?
何せ自分は一度断っているのだ。その上で殴られている。
ならばどうしたら・・・・・・どれが正解だったのか?
ただ、一つ言えるのは今回の事が露見してしまったという事実。
親を悲しませたくない、という自責の念。
辛かった。
ただ、ただ只管に辛かった。
この話の続きはまだある。
簡単な話ではある。親父と一緒に床屋さんの所に行って謝った。
床屋の親父さんはそこまで、少なくとも俺の目には怒ってない様に見えた。
それでも、悪戯は悪戯なので報告はさせてもらったとのことだ。
俺と親父は一緒に頭を下げた。
それが、とても悲しくて・・・・・・。
悔しかった。
翌日、学校の朝のホームルームのときだ。
俺らが使う帰宅路の床屋で悪戯があったとの連絡があった。
「そういう悪戯はやめるように」
あぁ、俺と目があったよ。
担任は誰がやったかは言わなかった。
言わなかったが、ホームルームが終わり、一時間目の授業が始まるまでの短い準備時間の間にはクラス全員に俺の犯行だと伝わっていた。
俺に直接聞かないで、ヒソヒソと俺の頭上を通り過ぎていく。
「違う!」
「違わねーよ!」
ガキ大将が声高らかに言う。
「お前らも見てたよな!?」
俺の事を伝えた女の子が頷くの見て、俺は。
あぁ、なるほど。
と理解せざるを得なかった。
いや、早合点だったのは今では分かるさ。
遠目から見た女子達にとっては、俺の行動から俺の心理までを読み取れってのは難しい。
なら見たままで言うなら、確かに俺が悪戯したという行動は、ただ一つの事実で、頷くの無理からぬ事だ。
でも、それでも。
事実は違うのだ。
だが、それは弁明してもむなしく空回りするだけで。
結局俺は何を言っても信じられず、机にうつ伏せて時間が過ぎるのを待つしか出来なかった。
ついつい長くなっちまったな。
所で、なんで良い思い出ってのは思い出そうとすると辛い思い出のが鮮明に甦るのだろうかね?
一つ辛いことを思い出すと、決壊したダムの水のように俺の意思とは関係なしに流れ込んできやがる。
俺の人生だって悪くはないはずだ。
まぁ、どうせだ。 ここまで聞いていってくれたんだ。 物のついでだ、最後まで聞いていってくれやしないか?
恋の話だ。
恋ってのはいいね。
それも初恋ってのはとても思い出深いものだし、出来得る事ならそれはその人にとって美しいものであってほしいとも思う。
何故かって? そりゃ思い出は美しくあればそれを抱いて死ねるじゃないか。
それに辛い思い出ばかりなんてそれこそ辛いよな。
俺がクラスの中で、浮き始めて、初めての席替えのときだ。
その頃の俺はほぼ孤立していた。
ガキ大将を中心とするグループは完全に無視で、それまでギリギリのラインで友達と思っていた奴らも、学校の外・・・・・・。 俺と二人きりじゃないと話しをしてくれないレベルにまでいっていた頃だ。
俺のクラスの席替えは、隣は必ず異性になり、席をくっつけるようになっていた。
それが相手にとって非常に好ましくなかったらしい。
「えー、やだ。 誰か席かわって!」
と、とても悲しげな声と表情で言う子が居たんだ。
それ以上に俺が悲しかったけどな。
だってその子は俺の隣になった瞬間に、そんなこと言うんだぜ?
しかもだ、こんなことってあるんだな。
俺が初めて好きになった子なんだわ。 その子は。
いやー、参った。
あれには参った。
参りすぎて、涙を零さないように、空元気に。
「んなこというなよ」
と言うも、半笑いで。 俺は、心の内をどうにか秘めることしか出来なかった。
その子はね。絵が上手で、可愛いんだ。
どことなくハーフっぽい顔つきではあるが、生粋の日本人だ。
その顔がどこか珍しくて、でも笑ったときの顔は非常に人懐こかった。
俺はただ、自分の席で俯いたよ。
そんなこというなよ。 の次の言葉は出て来なかった。 これ以上言葉を紡ぐときっと泣いてしまっていた。
だから俺はただ、黙っていた。
ただ俯いたよ。
早く席替えの時間が終わればいいと。
「私が代わろうか?」
そんな声が聞こえた。
事実、気配でその子と入れ替わる様子が分かった。
「どうしたの? お腹痛いの?」
その子が、俺にいってくれたんだ。
この俺にいってくれんだ!
でも、俺はね。
「いや、大丈夫」
そんなことしか言えないよな。これ以上言葉を紡ぐときっと泣いてしまっていたからさ。
俺には好きな子がいた。でもそれは恋ではなかったと思う。
本当の初恋は[彼女]だ。