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 どうしてこうなった?

 大陸の心と呼ばれる精霊、樹宝は到着早々に嫁が攫われるという事態に頭を抱えたくなっている。

 実際、隣では魔王と呼ばれる人物が頭を抱えているのだが。

「おい」

「言うな。分かっている。いや、彼女達の考えている事はわからないが、どうにかする」

「当たり前だ。何が悲しくて到着早々お前の嫁達にリトが攫われなきゃなんねーんだよ」

「私に聞くな。私とて何が起こったのか理解に苦しんでいる」

 真円に近い大陸の北域。

 そびえる山々と深い森に囲まれ、人間を拒む最奥にある城の主に招かれて来た。

 そこまでは良いのだが、城の主自らの出迎えで城内のホールへ一歩踏み込んだ瞬間、どこからとも無くその妃達総勢七人が現れ、樹宝の嫁であるリトという少女を攫って行った。

 あまりに手際が良い事から、恐らく計画的な犯行と思われ、結果。

 男二人が呆気に取られている状況が出来上がる。

「とりあえず、妃達の社交室サロンに。恐らく皆そこに居るだろう」

「…………」

「そのような目で見るな」

 とう唐紅花からくれないの双眸がナハトを若干、というにはややはっきりと呆れたような色で見ているのに、気づかないほど鈍くは無い。

 呆れた視線を投げつつ、樹宝は念を押すように言う。

「……ナハト、あいつに何かあったら覚悟しろよ」

「無い。それだけは有り得ん。妃達は乙女リトを気に入っている」

「直接会うのは今日が初めてだろうが」

「愚か者。乙女は手紙でそれぞれの妃と交友を暖めている。最近では、寄って帰るとまず乙女からの手紙を妃達に催促されていたのだぞ」

「…………」

「だから、そのような目で見るな!」

 どうしてこのような事に。奇しくもナハトと樹宝の思いはぴったりしっかり重なった。




「リト。こちらの菓子はどうだ?」

「あ、あの、こちらのお茶も召し上がって下さい」

「寒くないかしら? もしくは暑かったり。遠慮せずおっしゃってね」

「クッションの調子はどうかしら。不具合ない?」

「ラルス、そんなにいっぺんにお皿に盛っても食べられないわ」

「そうよー。それに、嫌いなものがあったらどうするの」

「あら。どうしたのリトさん? 素敵なお目目が丸くなっていてよ?」

 燦々と木漏れ日落ちるガラス張りの天窓、様々な植物が植えられた温室の一角に、目を楽しませる女性の園が出来上がっている。

 使い込まれていてもきちんと手入れされ清潔な長椅子や脚の低いテーブル。美しい布地が張られ、座り心地はふわふわとまさに極上。

 けばけばしさは無いけれど、どれもこれも最高級品なのは間違いない。

 集まっている女性達も、些か人間とは異なる部分があるとしても、間違いなく美姫と呼ぶに相応しい美貌を備えている。

 そんな美女に囲まれ、一番大きく立派なソファーに腰掛けているのは人間の少女。

 リトと呼ばれる樹宝の嫁だった。

 周りを囲む美女達に比べれば平凡そのものでしかない容姿とも言えるその少女は、大きな小麦色の瞳をぱちぱちと瞬いて戸惑うように小さな唇を開いた。

「あ。えっと、ありがとうございます。でも、樹宝さん達が」

「嗚呼。気にすることは無い。私達の夫殿がもてなしてくれるさ。男は男で適当に酒でも飲んでいてもらおう」

「え。あ、の」

「もう。ラルス、リトさんが困っているじゃない。無責任な事を言ってはダメよ」

 抜群のプロポーションを軍服に包んだ金髪紅目の美女が豪快に笑うと、青玉サファイアのような青い髪に白いカクテルドレスを身に纏った美女が嗜める。

「メルの言うとおり。それじゃリトさんがますます混乱して楽しめない」

 溜め息をついた黒髪美女の背には雉のような美しい模様が入った茶色の翼があり、微笑む瞳は金色だった。

「えと、あの、リトさん。心配しなくても、すぐナハト様が連れていらっしゃいます」

 おずおずと少し恥ずかしそうに言ったのは、リトと外見の年齢的にはあまり変わらなそうな姫で、小さな声や可愛らしい雰囲気とは裏腹に薔薇色の髪と褐色の肌。

「それまで、私達と一緒に楽しみましょう! うふふ、やーっとお会いできて、私達とっても嬉しいんですのよ」

 リトの白金色の髪をなでなでしつつ、床に着くほどの黒髪と黒いドレスの美姫が笑う。

「まずは自己紹介をした方が良いのでは?」

 眼鏡を掛けた栗色髪の美姫は獣の耳と尻尾がゆらゆら動いている。

「そうね。お手紙じゃないし、まずは顔と名を一致させてもらいましょう」

 名案! と手を叩いた姫は、真っ白な髪に肌、そして瞳さえ白に近い銀だった。

「では私からだな。第一妃、ラルスだ。お会い出来て光栄だよ。小さな友人」

 ぱちんとウィンクして見せた軍服の姫、ラルスに続いたのは、先程リトが困ると嗜めた姫。

「第二妃、メルルディアと申します。ナハト様を助けて下さった事、本当にありがとうございます。どうぞくつろいで下さいね」

「長いからメルで良いぞ」

「もう! 確かにそうですけど、それは本人の言うものでしてよ」

「えっと、第三妃の、エキナセアです。お会いできるのを、楽しみにしていました。えっと、仲良く、してくれますか?」

 はにかみながら薔薇色髪の姫がそう言って、リトの髪を撫でた姫がそんなエキナセアの頬を軽くつつく。

「もー。セアったら相変わらず恥ずかしがり屋さんね。リトちゃんとはもうお友達でしょ。私はエレナよ。うふふ。お会いできて嬉しいわ。あ、私は第五妃なの。お先にごめんなさいね」

「構わないわ。駆け足だけど、私も。第四妃の藤紫ふじむらさきよ。リトさん、いつもお手紙ありがとう」

「第六妃、リーニャです。よろしくお願い致します」

「最後は私ですね。第七妃、モーリスですわ」

 一巡した姫たちの自己紹介に、リトがどうにか顔と名前と一致させる。

「ミルリトンです。リトって呼んで下さい」

 既にそう呼ばれているし、手紙で自己紹介は済ませていたけれど、リトも改めてそう言う。

「よろしく。私達の小さな友人、リト。歓迎するよ」

 ラルスはそう言って、夫であるナハトよりも男前に微笑んだ。




「……おい」

「……何も言うな」

 樹宝の低い声に、ナハトは何も聴きたくないとばかりに顔を逸らし遠くを見つめる。

 大理石の美しい床が作る回廊、透明度の高い硝子は技術力の程度を語っているし、等間隔に並ぶランプは夜になればさぞや美しい灯りを灯すだろう。

 そんな城内で、城の主とその賓客は共に後宮手前で締め出されていた。

「お前の所は一体どうなってんだよ……」

「このような事、今まで一度も」

「過去にもあったらそれこそ終わってんだろうが」

「ぐ……」

 腕組みし冷たく返す樹宝に、ナハトが沈黙する。

「……つーか、本気でリトは無事だろうな?」

「それは先にも言った。絶対だ。……むしろ、気に入り過ぎているような気がするからな」

「返せ」

「わかっている」

「今すぐ」

「無茶を言うな」

「蹴破る」

「やめろ」

 樹宝の双眸が冗談ではなく据わっているのに気づいたナハトは、眉を顰めた。

「妃達が怯えたらどうする」

「知るか。あいつは俺のだ。やらん」

「だから、少し落ち着け」

 扉を蹴破られては堪らない。

 ナハトは溜め息をつき、扉をノックしようとした。

「おい! 離れろ!」

「なっ」

 ぐいっと後ろ首を樹宝に掴まれ引き剥がされるのと、扉から青い火花が散るのはほぼ同時だった。

「…………」

「…………」

「…………お前、自分の嫁達に何した」

「……………………」

 間違いなく攻撃性の呪術が扉に施されていた事実に、ナハトが絶句する。

 と、唖然とする二人の前で扉が僅かに開き、薔薇色の髪をもつ少女がおずおずと顔を覗かせた。

「エキナセア?」

「男子、禁制、です……」

 それだけ言って、パタンと締まる扉。

「いや、こら。おい! 待て!」

 それで済む話じゃねーだろ! という樹宝のツッコミが大理石の回廊にむなしく木霊した。



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