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月の御影  作者:
5/30

5. 椿

私の朝は早い。

5時前には目を覚ましてランニングウェアに着替えると、

冷蔵庫から水を取り出してコップ一杯を含んでから1時間ほどランニングを続ける。

帰ってすぐに服を脱いで洗濯籠のものとまとめて洗濯機に放り込んで選択を開始してからシャワーを浴びる。

上がって下着を着けてから自室で制服に着替えてエプロンをつけて朝食の用意をする。

それが済むと洗濯が終わった頃になるから洗濯物を籠に詰め込んでベランダに干す。

衣服、下着とタオル一式を交互に選択しているから一日に二度も選択する必要はなくて済む。

そのあと朝食を取ったあと百合の分をラップで包んでテーブルに置いたままにして、私は家を出る。

百合は出勤が少し遅いので朝は顔を合わせることはまずない。


学校に着くと教室ではなく体育館に向かう。

部活、バスケの朝練があるからだ。朝練はいつもHRギリギリまであるから私は基本参加することにしている。

といっても参加している人もそう多くないから、殆どが自主練に近い。

予鈴がなったら切り上げて制服を着て教室へ向かう。

そうすれば教室に入る頃には人が飽和状態で私はほかの人に紛れて席に着ける。

私は『友達』なんていない。

学校にいる人達とは必要最低限のやり取りしかしないし、向こうも最低限の干渉しかしてこない。

別に虐められているとかそういうのじゃなくて、ただ私は人が嫌いなんだ。

クラスの中では私は寡黙だとか不器用だとか言われているけれど、皆の目には恐れが混じっているのを知ってる。

単純に私という得体の知れない人間が怖いのだろう。

教員の人たちも同じ、腫れ物を扱うような態度と視線を向けてくる。

波を極力立てないように、互いに変な気を使わなくて済むように、私は誰とも視線を合わさない。

いつも通り席に着くと私は鞄からブックカバーを付けた文庫本を取り出して栞の挟んだページを開く。


「...今日も本を読まれるのね...」


そう、いつもこうして授業以外の時間は読書で過ごす。


「...どんな本を読まれてるのかしら...」


図書館の新刊コーナーに置かれてるのを適当に借りてるだけ。


「ああ、表情一つ変えずに...今日も整った顔立ち...」


せっかく視線に気付かない振りしてるんだからそういうの言葉にしないで。


「...指も細長くて綺麗...」


どうしていちいち言葉にするの?せめて心に留めておいてほしい。


「...今声掛けたら迷惑よね...」


今だけじゃなく、何時だって迷惑だよ。あなた達と世間話なんて反吐が出る。


私は多分人より数倍耳がいい。特に意識していなくても人の声は先ず聞き取れる。

意識すれば机を埃が撫で擦る音や、窓越しに風が葉を叩く音すら拾える。

必要以上の音が私には聞こえてしまう。それこそ離れていても心臓の鼓動さえ。

多過ぎる情報は大抵の人が取捨選択して聞きたい音だけを聞いて記憶する。

けれどそれが私には出来ない。これはきっと私が進化に遅れているせいなのだろうと思う。

私はこんなにも不器用なんだから。

左手でページを捲っていく。目で文字を追いながら情景を浮かべる。

周囲の声を聞き流す。より意識を物語に向けようとして...廊下を叩く足音が聞こえてそれが担任のそれだと気付いた。

私は開いたページに栞をはさんで本を閉じる。

すると連動するように教室内の人達は各々の席に付き始める。

随分と私はここの人達にいいように利用されているようだ。


(...やっぱり馴染めないな)


きっと本心から私はそう思った。



物事には当然例外が存在してしまうものらしく、変な話私は例外ではないそうだ。

午前の授業が終わった後私は本館の7階にある生徒会室に足を運んでいた。


「体育祭の件、そろそろ纏めないといけないわね」


お昼ご飯に箸をつついている私の斜め向かい側で紙と睨めっこをしている人が誰に言うでもなく呟く。

学内では教師、生徒からの信頼が最も厚いであろう生徒会長。名前は知らない。

私は知らぬ顔で昼食を黙々と摂り続ける。

なぜこんなところにいるのか?それはこの学園の無駄に多い校則の一つが原因。


・本生徒は二学年まで必ずどこかしらの委員に属しなくてはならない。


曰く生徒一人ひとりに役割を担って、自分がこの学園の一員だという自覚を持って欲しいとかどうとか。

この校則が出来たのは二代前の生徒会長が原因らしい。私にとっては面倒なことこの上ない。

私は去年からここで副会長を任されている。

昼休みと生徒会長に声を掛けられた日の放課後は生徒会室にいなくてはならない。

副会長の仕事、というか役目は会長補佐なので、生徒会長が私に何かを頼まない限り私がすることは一つもない。

だから多少は面倒だけれど、教室で過ごすよりは落ち着けるここで昼食を摂っている。


(...さっきから頻繁に私を覗き見てる...)


手伝って欲しい、けれど私の食事の邪魔をしたくない、という具合かな。

私としてはその視線だけで十分に妨げなのだけれど、まあ、食べ終わったあとにでも話しかけてくるのだろう。


なんとなく窓の外に目をやると、そこには広大な空が見えた。

それだけでこの建物が周囲と比較してどれだけ高いかがよく分かる。

さらに高層マンションと視線を合わせられるくらいの高さがありながら、敷地はその数倍以上を誇る。

中庭はそこらの学校ではグラウンドと遜色ない広さで、植物たちの手入れも怠らない。

改めて変なところに入学してしまったなと思う。後悔しているわけではないけれど。

ここに通う多くが上品で典型的なお嬢様で、そのせいか部活動も運動系より文化系の方が遥かに多い。

その分活動報告を見る限り、あまり本腰を入れている部活もそう多くはないみたいだ。

窓の下に目をやると、妙に広い中庭が俯瞰できる。

昼休みの中庭は生徒たちがあちこちで集まって昼食をとっているのが伺えた。

この時期はまだ外も暑すぎなくていいのかもしれない。


「...あの、神代さん?」


少しぼんやりとしていたところに声をかけられる。

声の方を向くと生徒会長が助けを求めるような目で私を見ていた。


「...なに?」


「その...もし食べ終わったなら、手伝ってくれる?」


「いいよ、なにをすればいい?」


私は空になった弁当箱を閉じて片付けながら指示を待つ。

生徒会長に与えられる仕事というのは私から見てもあまりに多い。

かつ膨大な量の仕事を押し付けられながらも生徒たちの相談を受け、教師からは成績が常に上位にいることを期待される。

明らかに生徒会の人員が足りていないと思うのだけれど、そこは私が言うことじゃない。

むしろ恵まれている方なのだから私は何も言わないし与えられたことだけこなしていればいいの。

私が能動的になれるのは桜のことだけだから。

感想、アドバイス等いただけると嬉しいです。

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