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月の御影  作者:
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4. 桜

私の行動範囲は基本この個室内に制限されている。

それは私の体に負荷をかけ過ぎないように、それと緊急時にすぐ対応出来るようにという建前で。

この病院にとって私はどうやら随分な厄介者らしい。



一度だけ瞼が重くて看護師さんが部屋に入ってきた時に寝たふりをしたことがある。

その時に私が眠っていると安堵したのかその人は返事を期待せず、しかし確かに私に向けて言った。


『いつになったらしんでくれるの』


その時から私は胸の内にある二つの確信を抱くようになった。

一つは、百合姉と椿姉、二人がいるから今もこうして私はいるんだって。

気持ちはどうあれ二人は私が生きることを望んでくれている。それはとても嬉しいこと。

だから看護師さんのそれは二人には伝えてない。

きっと心配するだろうし、それを言った看護師を殺してしまうかもしれない。

そこまでしなくてもそれなりの報復は与えてしまうかもしれない。

そんなことの為に二人が社会で生きられなくなるのは私の本意じゃないから、だから言わない。


二つ目は、私はそう遠くない未来に死ぬんだってこと。

それが私に関わる人は大抵知っているであろうこと。

少なくとも私の身体は健康へ向かうことはないんだってことは分かる。

薄々感じてはいたけれど、その時に確信した。

百合姉と椿姉はきっと知ってる。その上で私が生きることを望んでくれている。

そう思うと胸が熱くなった。

物心が付き始めたころに誰かに言われた、私が誰かの代わりという話をときどき思い出して、突飛な想像をしたこともある。それはきっと小説や作り話をたくさん読んでいたからかもしれないけれど。


暗に私があの看護師さんに悪態をつかせてしまうほどに迷惑をかけているんだと思って申し訳なさが溢れてくる。

肩までかけた毛布をさらに深くかぶり直して私は目を閉じる。そのときに不意に涙がこぼれた気がした。


その日以降、その看護師さんが私の病室に来ることはなかった。



ベッドの脇には車椅子が置かれている。右手元のハンドルで動かせるタイプのものだ。だからその気になればこの部屋から外へ出られる。

閉鎖病棟のこの場所でかなりの例外らしい私は病室から出ることは許されている。というより私に対する強制力はあまり強くない。

それはきっと百合姉のおかげなんだってことも知ってる。

勿論この病室から外に出るつもりはないけれど、その自由もいつまであるのか分からない。少しずつだけど確実に私の身体は弱っている。


声も、体も、私の中を伝える方法が失われてしまう。

残された心も、意識も、何もかも何処かへ消えてしまいそうな。


(...ああ)


私が死んだら、二人の未来はどう変わるのかな。

もしかしたら幽霊とやらになって最期まで見届けられるのかもしれない、なんてことも...ないかな。

いつか二人がその先も私を置き去りにして生きていくのなら、死後まで私の意識が残り続けるなんて拷問よりも遥かにひどい仕打ちだよ。

それが私の未来だというのなら私はきっと二人も連れて行こうとする。

一人で死ぬのは嫌だから、二人を残すのは嫌だから、

二人から離れてしまうのが怖いから。


いま一人でこの病室にいることは嫌じゃないのか、と聞かれたらもちろん平気とは言えないけれど、ちゃんと毎日椿姉がお見舞いに来てくれるし、百合姉も時々夜に来てくれる。朝目が覚めてから夢日記を書いて、空を眺めて、いつごろに来るかなって思いながら椿姉が来てくれるのを待って、変わらず来てくれてその顔を見るとやっと安心してこの世界にいるんだって確信する。

いつかそれすらも幻になってしまう日が来ることを恐れながら。

でもそれは今じゃない。未来も過去も気にかけられるほど私の身体は元気じゃない。だから私は明日生きていることを夢に見る。


死後の世界なんてどうだっていい。

私は二人の為に生まれてきて、三人の為に生きるんだから。


窓の外から見える空には雲一つなく、月が影もなく煌めいている。

何にも覆われることのないそれは見ていて不安になると同時に混じりっけのなさに安心する。

こんな矛盾を抱えるなんて人間くらいだよ、きっと。

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