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月の御影  作者:
25/30

25. 椿

途中の山道を真っ直ぐに走り続け、ようやく目的の場所が見えてきた。

記憶にない、座標といくらかの情報だけが記録に残っていたそこは、一言で言えば廃集落だった。

人のいる気配はなく、辺りは暗闇で覆われている。


桜を抱える手に力を入れ直し、山の傾斜を降りて廃集落に近づいていく。


「ここは……」


いくら記憶を辿ろうとしてもやはり思い出せない。或いは知らない。

一先ず桜を一度横にさせてあげるためにちょうどいい木製ベンチを見つけたので、上の服を脱いでベンチの上に広げてそこに桜を寝かせた。


「桜、ちょっと待っててね。何か使えるものがあるか探してくる。すぐに戻るから」


瞼を閉じたまま首を少し動かして返事をくれたので少し安堵した。


とにかく桜の安全が最優先だ。

私の記録を信頼するならばここに水が保管されているはずだ。

幸い家や小屋らしきものの数は少ない。

その中で最も手入れの痕跡が新しい家に入り、目を閉じてから足で何度か床を鳴らしてその反響で部屋の中のものの位置を把握する。

すぐ近くに金属の音が聞こえたので側に寄り目を凝らしてみると、それはランタンのようだった。

隣りに一斗缶らしき金属の箱も置いてある。蓋を開けて匂いを嗅いでみると、中身はガソリンらしい。


(…劣化は、してないといいけど)


その一斗缶のさらに隣りには不透明のプラスチック製ボックスらしきものがあり、

留め具を外して箱を開けて中を探ると何やら色々と入っていることが分かった。

その箱を一度外に持ち出し、月明かりによって中身を確認すれば、

それらがランタンの使用に必要な道具―フューエルファネルやマントル、キャンプ用ライター等―だった。

それ以外にもペンライト、ゴム製の紐が入っている。


「使え、ってことかな」


持ち出した箱を一度閉じ、留め具を嵌めて片手で抱えてから先ほどの家に戻り、ランタンと一斗缶を掴んでから桜を寝かせたベンチまで戻る。

桜は仰向けに寝かせたまま動いていない。

側にしゃがみ、お腹の上に置かれた左手を取り、脈拍を調べる。

やはり弱いが安定はしている。呼吸は少し浅い。額に手を当てると少し熱っぽさを感じる。

ちゃんとした寝床を用意しなくてはならない。


ベンチのそばに座り、見つけたランタンに火をつける準備を手早く進めていく。

一斗缶を開けてランタンに燃料を注ぎ、ポンピングを行う。

プラスチック製ボックスからマントルを取り出し、バーナーチューブの先に括りつけ、ライターで燃やしていく。

全部燃やしきってからガラスグローブ、ペンチレーターを付ける。

あとは種火を作ること。ガラスグローブの下からキャンプ用ライターを差し入れ、火をつけてからバルブを回す。

バルブを少し開けて音が聞こえたら一気に開く。火が付いたらもう一度ポンピングをしておく。


(点いた。これで少し中を調べられるかも)


立ち上がりランタンを手に持って再び先ほどの小屋に入り、中を探る。

これが優秀なおかげか、随分と中の様子が見やすくなった。

一番奥にある大きなものに近寄り、よく見てみるとそれはビニールに包まれた布団だった。

その上にまたビニールに包まれた毛布、枕が置いてあり、更には畳まれた蚊帳まである。

今更だが明らかにこれらは今の私たちの状況を想定して用意されたもので、まだまだ多くのものがここにはあるに違いない。

しかし今は桜が何より優先だ。

万能ナイフでビニールを裂き、寝具を取り出す。そして布団を床に広げると埃が舞い、この中が埃まみれなことに気が付いた。

こんなところに桜を寝かせられない。


広げた布団を軽くたたみ、毛布と布団に枕、蚊帳を抱えて外へ出て入口の前に設置を進める。


(…成る程、この蚊帳はそのために)


全く用意が良すぎるなと思いつつ、なるべく開けた位置にそれらを広げていく。

ベンチの上で寝かせていた桜の元に戻り、体を極力揺らさないよう注意しながら抱え、改めて布団の上へ寝かせて毛布を掛ける。

そこに被せるようにして長方形の蚊帳を設置して、私はベンチの上にある桜の枕にしていたシャツを着直してから辺りを見回した。


10メートル以上はある木々に囲まれた場所。

明暗でその奥まではよく見えず、もしそこに真っ黒な服に身を包んだ人間が潜んでいたとしても目視で見つけることは困難だ。

普段の私の聴覚なら仮に人が隠れていてもその僅かな呼吸音、心音までを聞き取ることが出来る。

いや、今の状態でも出来ないことはない。

しかし病院で受けたスタングレネードの影響で片方の鼓膜は破れ、かなり収まってきてはいるがもう片方もまだボケた感覚が残っている。

万全ではないこと、それがとにかく不安だ。


「これからどうするか、考えないと…」


私が実現しなくちゃいけないことは、桜の安全唯一つ。

そのために何が出来るのかをある程度把握しておかなくてはならない。

例えばここにある物資。

廃屋の中にはまだそれらしいものがいくつかある。それらを全て取り出して中身を確認することも必要だろう。

そしてこの場所があいつに見つかるか。見つかるとしてどのくらい掛かるのか。

最短距離でここまで駆け抜けてきたせいで追跡は容易に行われるだろう。

なにせ下の道ではなく基本的に屋根の上を移動してきたんだ。私たちの姿はよく見えていたに違いない。


ならば長居は出来ない。

もう一度廃屋に戻り、残りの箱を外に引き摺り出し、中身を確認する。

そこには二つのビニール袋と真っ黒なケースが入っていた。

中身の一つは救急箱。テープでしっかりと閉じられたそれをこじ開けて取り出しておく。

もうひとつのビニールにはシャツとスパッツが一着ずつ、革製の手袋がひと組入っていた。

サイズは見た限り私に合っている。

ここまで止まらず走ってきたことで私の全身は少なからず汗をかいているし、また桜を抱えて移動することを考えると着替えておいたほうがいいだろうか。

今履いているバンツとシャツを脱ぎ、袋に入っていたそれを身に付ける。


(…この革手袋は、なんだろう)


気にはなったけれど一先ず脇に置いておいて、ケースに目をやる。

金具を外して蓋を開けてみると、今までのものと明らかに異質なものが入っていた。


(ハンドガン…?と、サバイバルナイフに投擲ナイフ5本…)


拳銃一丁、サブマガジンが二個、それとおそらくサイレンサーだろうか、筒のようなものが一本。

そしてホルスターが収められていた。


(…本物、かどうか分からないけど。私には必要ないな)


使い方を知らないし、仮に扱えたとしてもスタングレネードを使ってくる連中相手に有効なのか。

おそらく向こうも私のことは知っているだろうから、

もし銃弾を放ってくるとしたら上か、林の中でも私に気づかれないほどの距離から撃ってくる。

本気で私たちを殺しに来るのならば既に抗う術はない。


(けれど、向こうはきっと本気じゃない)


病室を爆破したあの時、私は桜を抱えて外へ逃げることを誘導されていた。

あのサイコ女はゲームだなんだと言っていたけれど、そんな言葉に意味はない。

重要なのは今この結果。

退避経路を限定されていてそこを狙い仕留めてこなかったという事実。

分からないことが圧倒的に多いこの状況において事実ほど説得力が有り、理ほど甘美なものはない。


頭の中で簡潔にあの病室で見えたものを整理する。

サイコ女は桜を殺すと言っていた。女の合図の瞬間に壁が爆破され、ほぼ同時にスタングレネードが私たちの側で破裂した。

そして扉の向こうに人影、前もって聞こえていた足音は三人だったが、何人かが既に待ち伏せしていたかもしれない。

壊された壁のすぐ近くに黒い服に身を包んだ人間が一人見えた。

そしてその先は聴覚がまともに働いていなかったので正確には分からない。

視界も砂埃で少しぼんやりしていたためハッキリしない。

あとは私がベッドを振り回してから外に放り投げ、桜を抱えて逃げ出した。


(…黒い服の男は一人しか見ていない。聞こえた足音も数人だけ、数はそう多くいない?)


冷静になってようやく私は勝手に相手を想像していたことに気づく。

しかもその想像が具体性に欠いている。


「……ん…ぅ…」


(桜…)


桜をこれ以上動かすわけにはいかない。

それに何処かへ行くとしても当てはなく、家に帰るとしても一度逃げてきた道をなぞらなくてはならない。


つまり何を考えようとも私はここから離れることが出来ないということ。

ならばやるべきことは一つ。


此処で桜を守ること。

感想、コメント等を戴けるととっても嬉しいです。

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