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月の御影  作者:
22/30

22. 百合

一階に降りてリビングに入ると椿の姿は見当たらなかった。

今ちょうど21時を過ぎたところだから普段ならここにいるはずなんだけど。

テーブルを見るとラップに包まれたお皿が三枚置いてある。私の分の晩ご飯だろう。洗濯物は全部たたまれてソファの手前にタオル類、私の、椿の順に並べられている。お風呂の準備をしているのかもしれないと思って廊下に出て洗面所を覗いてみたけれどいない。玄関にまわって靴を見るといつも椿が履いている紺のスニーカーがなかった。出掛けているのだろうか。

こんな時間に外に出てるなんて珍しい。


椿の外出は平日だと学校から病院へ直行し、家に帰ってくる途中にスーパーに寄って買い物を済ませるので、一度家に帰ってきたら外に出ることは先ずない。

休日は午前中部活で学校へ、午後は桜のところに行って夕暮れ時には帰ってくる。つまり、私としてはかなり心配なのだけれど、椿に学校外での友達付き合いがあるようには思えない。もしかしたらその辺は上手くやっているのかもしれないし、単純に私が外出していることに気が付いていないかもしれない。

というより後者であってほしいけれど。


ともあれ、ここ数年で椿が夜外出したことは私の知る限りの記憶にない。


(...心配し過ぎかしら)


あまり考えすぎても特に答えも出ないかもしれない、

少ししたら帰ってくる、椿だって高校生なんだし常識の範囲内で行動するはず、

そんな薄っぺらい繕いを並べてみたところで安心なんて出来っこない。

それは私自身がよく分かっていることで、考えすぎるのも私のダメなところ。

これじゃあただ過保護な親みたいじゃない。


ちゃんと帰ってくる。だから、待っていよう。

待っている間に椿に聞きたいことや話しておきたいことをもう一度頭の中で整理してみよう。

ああ、晩ご飯も用意してくれているんだった。食器を片付けておかないとまた小言を言われるかもしれない。


やることも出来ることも探せばいくらでもあるんだから。


 ◇


......。


22時を回った。未成年の椿は補導されてしまう時間だ。

私もまだ19歳だから同じなのだけれど。


(遅い...)


あれから晩御飯を片付け、食器を軽く水洗いしたあと食器洗い機に詰め込んで、

洗剤を入れて洗浄ボタンを押し終わったのが36分前のこと。

それからずっと時計を気にしながら話す内容を頭の中でまとめていたけれど、そんな集中だから上手く整理できていない。

それでもずっとリビングをうろうろと歩き回りながら待っていたけれど、私の中で焦燥感が溢れかえって耐えられなくなっている。


椿はスマホを持っていない。

それは本人の意思だったし、私も今まで持ちなさいと言ったことがない。

必要と思ったらいつでも言ってとは話したけれど。

そもそもこうした場面がなかったから何一つ困ることもなかったのだけれど、今この瞬間になって持たせておけばよかったと思う。


「...だめ、もうじっとできない」


これ以上ここで待つのは私の限界と思い、後で何を言われるか分からないけれど椿を探すことにする。

そのためにまず出かけたとして移動の距離は、場所は、理由は。


リビングを出て椿の部屋に向かう。

扉を開けてそばのスイッチをつけて明かりをつける。分かっていたことだが部屋には誰もいない。机の上にはデスクトップのパソコンとマウス、置時計のみ。

クローゼットは右半分が半開きのままで、開けてみるとユニセックスのジャケットやシャツ、春物や夏物が収められている中に一つ服がかかっていないハンガーを見つけた。夏に差し掛かっているこの時期でもまだ夜は肌寒い日がある。

玄関に靴が一足ないのを確認しているから分かってはいたけれど、

やはり椿は外へ出掛けたんだ。それもクローゼットを閉め忘れるほどに慌てて。


慌てて。


椿をそこまで駆り立てることなんてどう考えてもひとつしか思い当たらない。

ふと思いついてリビングへと戻り、基本椿しか使わない電話機の着信履歴を確認する。登録している番号は病院と私の携帯と高校だけ。

だからそれ以外からかかってくるとしたら椿の知り合い、あるいは本家の人間...。


見つけた、着信日時20時49分。

登録されていない番号。携帯からだろうか。

一応私のスマホに登録してある電話番号に同じのがあるか確かめてみる。


(...ないわね)


可能性があるとしたら雨宮月夜くらいかと思ったのだけど、どうやら見当はずれのようだ。

私の知らない誰か?分からないけれどとりあえずここに掛けてみればいい。

スマホを操作して通話、キーパッドを開き、スクリーンに映し出されている数字の通りに打ち込み、コールを押す。


......


......


......


ダメ、繋がらない。

もう一度コールを押してみるけどなかなか繋がらない。

呼び出し時間が二分を超えたところで私はかけるのを止めた。


多分椿が出て行ったのはこの通話が関係しているはず。

普通の女子高生だったら友達に呼び出されて出掛けた、なんてことで解釈されるだろうけど、その点に関して私の知るうちでは椿は普通じゃない。


一度自室に戻ってパソコンを起動し、ブラウザを開いて電話番号検索をしてみたけれど、やはり個人携帯なのか登録なんてされておらず特定はできない。

時間を見ると14分も経っている。あの番号の着信があったのが20時49分だからその後椿が出掛けたとしたら既に一時間半を過ぎていることになる。

私がリビングに降りてきたのが21時過ぎだからほんの十分前くらいに出たのか。そう考えるとどうしてもっと早く下に降りていかなかったのかと自分を責めたくなる。せめて一言行き先だけでも言ってからにしてくれればよかったのにと椿を責めたくなる。自分の勝手な感情のためなのに。


椅子に深く腰掛け深呼吸をして気持ちを落ち着かせてみる。

もう一度考えてみよう、何かを忘れてはいないだろうか。思い当たることはもうないのだろうか。

ポケットにしまったスマホを取り出し、先ほどコールした番号を表示してじっと見る。何だか視野が狭くなってる、番号じゃなく該当しそうな人物のことも考えてみないと。


(病院から、その関係者なら竹井...?いや、それなら私の電話帳に登録はしてる。桜の担当、あの看護師を始末したあとにきた、更科椛...いや、ありえない気がする。ただの看護師が個人携帯を使ってここに掛けてくる理由は何?掛けるとしても病院からだろうし...ううん、一応確認はしておこう。今日竹井に貰った資料に自宅、携帯の番号も記載されてたはず)


私は机に置いたままだった紙を集めて、更科椛に関して書かれた物を探す。


「...あっ!」


その過程でさっきの番号と同じものが書かれた紙を見つけた。

どうして今まで思いつかなかったのだろうと自問するまもなく、私の頭は思考で埋め尽くされた。


(本条茉莉花...!彼女の携帯電話から?!たしか彼女は今桜と同じ隔離病、棟...に)


どうしてここの電話番号を知っているのか、彼女は学園の生徒会長であのデータベースへのアクセス権限を持っている。知ることは不可能じゃない。

どうしてこの時間、ここに掛けてきたのか、彼女は確かストレスが原因で体調を崩し、雨宮さんが言うにはこの間の時点で会話のままならない様子で面会謝絶状態だったとのこと。

もし多少なりとも回復していたとして、どうなっているのか分からない。


ともかく発信元が本条さんなら、椿が向かった場所は十中八九病院だろう。

急いで竹井の個人携帯の方にコールする。呼び出し音がなっている間に外へ出る準備をする。

下をデニムのショーパンに履き替え、財布を入れて、ベッドに方ってあったジャケットを羽織り、引き出しから22口径を取り出してジャケットの左の内側に縫い付けた留め具付きのホルスターに仕舞う。

念の為に応急キットにマガジン、それとこの間私の体を買った男に媚びて購入してもらった高級マンションの一室の鍵、その住所を書いたプレートが入ったキーホルダーを入れたウェストポーチを身に付ける。。

何が起こるか分からないけれど、嫌な予感がする。


結局竹井はコールに出なかったが、病院の非常口から入れるからこの際どうでもいい。

私は部屋の電気も、家の電気もつけっぱなしにしたまま家を出て病院へと向かった。


感想、指摘等あれば頂けると嬉しいです。

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