2. 椿、百合
家に帰ると今日は百合の方が先に帰っていた。
玄関に綺麗に揃えられたヒールを見て私は少し憂鬱になる。
出来ることなら私は百合とは必要最低限のやり取りで済ませたいと思っているから。
溜め息混じりに靴を脱いで洗面所に向かう。
一応部室でシャワーは浴びたけれど、病院までに少し汗をかいてしまったので早く流してしまいたい。
まず首のネクタイを解いてシャツのボタンを上から外していく。
スカートのホックを緩めると腰から床にすとんと落ちる。
それからアンダーシャツも脱いで、そのまま下着も取って裸に。
脱いだものを洗濯籠にまとめて放り込んでから、
バスルームのドアを開けようとして、
「椿」
後ろから声をかけられた。見なくても分かる、百合だ。
ああもう、嫌になる。
「...何?」
ドアノブにかけていた左手を離して振り向くと、案の定イラついた表情の百合が立っていた。
胸元で腕を組んで私を見てる。
「今日も桜のところ、行ってきたの?」
「...行ったよ」
「あの子、何か...欲しいとか言ってなかった?」
私に聞くのが屈辱だと言いたげな態度で言う百合があまりに滑稽だ。
同時に優越感を覚える。百合は桜のところには行けないけれど、私は桜に会いに行ける。
百合が知らない桜を、私は知ってる。
「...なにも、いつも通りだったよ」
なるべく無表情を決め込み、冷たく、後に続けない言い方で。
そう言うと百合は少し俯いて考える素振りを見せると、「夕飯できたら呼んで」と言って洗面所から出て行った。
それを見て私も再びドアに手をかける。
バスルームに入ってドアを閉めると蛇口を強く捻る。シャワーヘッドから冷水が勢いよく吹き出す。
私は目を閉じて頭からそれを無防備に浴びると、火照った体に少しずつ冷静さが戻ってくる。
一瞬浮かんだ嫌な想像を冷水と一緒に削ぎ落としていく。何も考えないように、余計な物を洗い落としていく。
「...桜」
違和感は忘れてしまえばいい。
忘れるにはどうすればいい?考えないようにする?私にそんな器用なことは出来ない。
なら私にとって一番大切な人のことを強く考え続ければいい。
もっと、もっと強く。桜を守れるくらいに、強く。
それ以外何もいらない。そう思えるくらいの人だから。
脳裏に桜の柔らかな微笑みを浮かべる。それだけで私は幸せな気持ちでいっぱいになる。
「...桜」
シャワーの水を止めて、それでも少しの間目を閉じて桜の事を考える。
髪から水滴がこぼれ落ちてタイルを鳴らす。その音も私の意識の外に追いやる。
再び脳裏に焼き付けた私に向けてくれる桜の微笑みを浮かべて自然と私も笑みが零れてく。
冷静さが帰ってくるのを実感して、ようやく私は瞼を開く。
バスルームの明かりで一瞬目が眩んだ。
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