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月の御影  作者:
19/30

19. 百合、月夜

「それで、話というのはなんだい?」


目の前に座る黒く長いくせっ毛の女の子が問いかける。


私は今、家から駅二つ分ほど離れた場所にあるショッピングモールと高層マンションの間にできた裏路地にひっそりと経営している喫茶店に来ていた。

目の前にいる少女―雨宮月夜からの指定で、見つけるのに予定以上の時間を要した。所謂隠れ家という場所なのだろう。


雨宮さんとこうして会うのは三回目だ。

椿が通う高校で、昨年度生徒会長を務めていた人。


そして、椿の父親である雨宮朔也の実の娘。つまり椿の腹違いの姉に当たる存在。


現在その父親は事故で他界しており、母親は意識不明の植物状態、使用人数名に乳母と暮らしている。

父方の祖父、雨宮銀二は現在62歳で製薬会社の代表取締役を務めており、この人の金銭面のサポートにより月夜の生活は支えられている。

月夜に高校卒業後は薬学へと進むことを強く希望しており、本人も学園の推薦枠で国公立に進むことを予定している。

本来なら雨宮朔也が次の代表取締役に就く予定だったのだろうが、当人が亡くなったため月夜にそれを迫ったのだろう。月夜の内心は伺えないが…


(...)


私たちとは別の意味で数奇な人生を歩んできている。

かなりの切れ者で、他者の言葉を決して鵜呑みにせず物事を見極められるタイプの人間。

気まぐれで飄々としているが、初めて会った時に見せた殺気を帯びた目は普通じゃない。


「...見当はついてるでしょうけど、椿のことよ」


だからこそ私は椿のことをこの人なら任せると判断したのだけれど。


「副会長様...か、それなら僕からも言っておくことがあるね」


「あら、なにかしら」


「本条茉莉花、僕の通う学園の現生徒会長だけれど、覚えているかい?」


「ええ、覚えているわ」


本条茉莉花。

一度私の家に来たことがある。

随分と私たち家族のことについて聞いてきて、椿のことが好きみたいだった。

その日は夜から予定があったから手短に質疑応答を済ませて帰ってもらったけれど。


「その本条くんがついこの間学園内で倒れて、暫くの間入院することになったことは?」


「...大雑把にだけど椿から。そのせいでしばらく椿が生徒会長代理をすることになるってことまで」


「うん、ホントは副会長様にそんなことはさせたくないんだけどね。代わりに僕が本条くん不在の間に就こうか考えたんだけれど、

基本的にあの学園では三学年は下級生と関わりを持たないようにと校則でなっていてね」


「変な校則ね...」


「効率主義者だった前任の校長が作り上げた決まりらしくてね。でも今は緩和されてる方だよ。

昔はより徹底して隔たりを設けていたらしいからね」


「でも椿にとってはそのほうがいいのかもしれないわ」


「うーん、副会長様は孤高だからね、極端に学校行事が少ない方が嬉しいかもしれない」


そう言ってから雨宮さんは、カップにたっぷりと淹れられているミルクをちびちびと飲みながら窓の外に目をやる。

一面コンクリートの灰色しか見えない景色にこの子は何を見ているのだろう。


私も注文したアールグレイを一口飲んでから雨宮さんに向き直る。


「...ごめんなさい、話をそらしちゃったわね」


「ああ、そうだったね。取り敢えず副会長様の会長代理について一通り話してしまおう。実は副会長が会長代理の任に就くにあたって、二通りの手続きが存在するんだ。一つは教職員の一人が会長の仕事を請け負うことで表向きだけ会長代理を務めること。もう一つは前生徒会長がサポートに付き、一定の期間を経て会長の持つ権限を譲渡された状態で会長代理を務めること。

一つ目ならば副会長様の負担は殆どないままで済むんだけど、そんな暇のある教職員はいないだろうし、何より誰もやりたくない。

だからこれは合ってないような選択肢。前任の生徒会長に頼めない場合に仕方なくってところなのかな。

それで必然的に二つ目の手続きが取られることになったのだけれど、本条くんの復帰に全く目処が立たない。

しばらくは僕がまた生徒会室に居座って業務を引き受けて副会長様に負担は書けないようするつもりだけど、譲渡が条件で居座れるわけだから、このまま会長不在が続けば副会長様にさせることになるかもしれない...」


「本条さんはどうして倒れたの?」


「過度なストレスによる自律神経のバランスの乱れによる嘔吐、半身の痺れ、呼吸困難、記録にはそう書かれていたよ」


「ストレスね...だとしたら回復して戻ってくることは期待できないわね」


「二日前にお見舞いに行ったけれど面会謝絶だったよ。

近くの看護師さんに軽く聞いた話だけど、現在はなにか特定の言葉に対して敏感になっていて会話もままならない状態で、

食事も全て戻してしまっているそうなんだ。まだ分からないけれど、神代さんの言うとおり期待はできそうにない」


「なら別に考えが必要な訳ね。椿が会長代理を表向きであれさせられることが避けられないなら、優先順位を一段階下げるしかないわ。最悪なのは椿があのことに気付いてしまうことよ」


「分かってるよ、僕としてもそれは避けたい」


「でも私に出来ることは限られてる。そっちの事情もあまり多くを掴めないし、私が干渉しすぎると椿が不自然に思うわ。だからデータのことは雨宮さんに任せてもいいかしら?」


「構わないよ、元々学園内での副会長様のことを頼むと言われていたからね。これは僕の責任だ」


「お願いするわ。...それで、久々に会う椿はどうだったの?」


「ん?ああ、変わらないままだったよ。冷たくて冷たくて」


「ふふっ、話は普通にできたのね」


「そうだね。ただ、予想はしてたけれど、僕のことは忘れていたよ」


「忘れたというより記憶に残していなかったという感じでしょうね」


「...昔からああなのかい?」


「いいえ、昔はもっと余裕があったわ。それでも桜...一番下の妹のことを何より優先しているという点では変わらないわね」


「へぇ、そういえば妹様の話はほとんど聞いたことがないな」


「自分の家庭事情なんてあまり人に話すことでもないでしょう。特に椿はそうね」


「興味はあるけど、その態度からすると訊かない方が良さそうだね」


「別に、話すこともなだけよ。私たちの大切な妹なの」


「...ふふ、すごく羨ましいよ、姉妹愛というのかな?そういうのは」


「どうかしらね。一方的な想いは、まだ愛なのかしらね」


窓の外の景色は先程よりも多少陰りを帯びた以外に代わり映えはしない。

大通りから大して離れているわけでもないのに喧騒はここまで聴こえてくることはない。


時計を見ると夕方を過ぎて既に7時を回っていた。

本当はもう少し具体的に聞きたいことがあったけれど、それはまた今度にしよう。今回は雨宮さんの意向が変わっていないかの確認が出来ただろうし、十分。


「...ごめんなさい、私今から病院に行く予定があるの」


「おや、こんなに遅い時間にかい?」


「まあね、今日は話せて良かったわ。また生徒会のことで何か決まったら教えてね」


「そうさせてもらうよ」


「それじゃあ」


私はテーブルに置かれた伝票を手に取り二人分の会計を済ませると、店を出て大通りへ向かった。

歩きながら私はバッグからスマートフォンを取り出し、時間を確認して、武井―桜の担当医にコールを掛ける。今から病院に向かう旨を手短に伝えて、向こうも諦めを含んだ口調で返事をすると通話を切る。

大通りに出てなんとかタクシーを捕まえると病院までと伝え、発進してもらった。車内から空を見上げると少し雲行きが怪しいような気がした。


(予報なんて見ないから、雨が降るかなんて気にも留めなかったわね)


アプリで天気予報を確認すると降水確率は明日の朝まで随分と高い。

途中近くのコンビニで降りて傘を買ってから行こうか考えたけれど、なんとなく面倒なので気にしないことにした。

雨に濡れるのは嫌いじゃない。


 ◇


「一方的な想い、ねぇ...」


神代百合が店を出たあとも、僕は椅子に座って一面コンクリートの景色を眺めていた。

出されていたホットミルクは既に飲み終え、カップはテーブルの真ん中に置いたままだ。

何も言わず伝票を取って僕の分まで会計を済ませてくれたが、きっと彼女は微塵も気にしていないのだろう。


どうやら陽はもう落ちたみたいで、外は僅かな灯りで薄暗いグレーで塗られた黒ばかり。


なんともない景色をただぼうっと眺めながら、僕は考えてみた。

僕が副会長様に抱いている感情は、名札を与えるとしたら何が適切だろう、と。

入学してくる前に神代百合からコンタクトがあり、事前に話を聞いてから僕の方でもその真実を調べた。

あらゆる記録から可能性は十分にあることを頭に入れた上で、初めて副会長様と対面し、生徒会へ引き込んだ。

そして副会長様の髪の毛を数本気付かれないように入手し、父親のそれとDNA鑑定をした結果実子であることを確認した。

その時の僕は確か喜んでいた。なぜ喜んだ?今でも分からない。

誰かを好きになったり誰かに寄り添うことだったりをしなかった僕が副会長様をこんなにも気に入っている。

これは愛、なのだろうか。


もしこの感情が愛ならば、僕は初めて人を愛することができる。

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