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月の御影  作者:
15/30

15. 椿

この学園では三学年は別館に移って残り一年の学園生活を送ることになっている。

別館といっても本館とそれほど距離は離れておらず、三階にある二本の廊下で繋がっているため、

授業で本館を訪れることもあり、孤立するわけではない。

ただ二年生は上級生に頼ることが出来なくなり、一年生は二年生を頼ることしか出来ない状況にし、

各々の成長を促すためにこういった形をとったそうだ。

それぞれが責任を持って過ごして欲しいという校訓になぞられた試みの一つなのだろう。

そういう訳で最上級生が後輩と接触する機会というのは基本的に存在しない。

委員会を介してということも基本的には許可されていない。

もちろんそれは学園内の話で、外でのコンタクトまで制限はされていないけれど。

また、最上級生が必要な状況にならないよう各委員会それぞれに措置がされている。

例えば学園祭実行委員会の場合、仮に委員長が抜けても副委員長も同じ事務を行っているので両方が欠けない限り運営に困ることはない。

他に中央執行委員会では数人でいくつかの事務を担うので、一人に全て任せるといったことをしない。

それ以外にもそれぞれ特色を持って動いている委員会だが、生徒会に関して飲み例外が存在する。


まず必要最低限の人員しかいなく、さらに生徒会長はあらゆる項目を一人で任されることが多い。

会長の意志と副会長の合意により二人で担当することもあるが、

基本的に副会長はその立場の例外性からか、出来ることはあまり多くはない。

よって最終通過項目を多く抱える生徒会長しか知ることのないことが極端に多くなる。

もしも短期留学などで学園にいられなくなる場合は事前にその連絡を職員に入れて、

その間行う内容の委託を会長から副会長にしなくてはならない。


しかし今回のように突然生徒会長が無期限に離れてしまった場合に取られる措置は二種類あり、

一つは教職員が表向きは副会長の役割につき、副会長を生徒会長代理として、

実際には教職員が生徒会長の事務を行うという措置。

これに関しては生徒会に生徒以外が直接介入することになるため、あまり取られない。

また、一教職員が抱えるにはあまりに負担が大きいというのも理由の一つ。


そしてもう一つは、前生徒会長が一定期間のみ生徒会長代理のサポートを行うというもの。

現生徒会長の代わりに副会長が代理を務めるよう教育係として就き、

前生徒会長が十分だと判断した後に学園から副会長に生徒会長の権限を譲渡される。



簡単に言うと三学年の前生徒会長が副会長である私と昼休みと放課後を一緒に過ごす、

という例外が発生しているということだ。


「副会長様のおべんと見るのも久々だね」


そして昼休み、生徒会室で私は前生徒会長と昼食を摂っている。

私のデスクの上に寝転んでツナ缶をフォークで食べるその姿は奇妙というべきか。

行儀が悪いなんて言うつもりはないが、近すぎてただただ目障りだ。

その左手のフォークを奪い取って眉間に突き刺してやろうか。


「...お昼はそれだけなんですか?」


「んー?あと鯖缶もあるよ」


「そうですか」


もう何も言う気にもなれない。この人は猫にでも憧れているのだろうか。鯖缶をそのまま食べるつもりなの。

ああ、そういえば過去のこの人の記録にも猫ってあったな。そして気まぐれ。

ご機嫌取りなんて器用なこと、私には出来ない。面倒だなと心底思う。


「ここからの景色も久し振りだよ、ホント変わらないね」


視線を私の昼食から窓に変えて寝返りを打つ。よく喋る人だなと思う。


「...副会長様にどう映ってるか分らないけどさ、僕は今すごく嬉しいんだ」


「私には楽しそうに見えますよ」


「ホントかい?よく表情が無いと言われるからね、素直に嬉しいよ」


今日の朝に会った時も、ここに訪れてからもずっと笑ってる人間がないを言うのやら。

ツナ缶を食べ終えて、先程ポケットから取り出した鯖缶を開けようとする。

しかし寝そべった体制では力が入りにくいのか、上手く開けられずに顔を赤くしている。

流石に見かねたので私は手を差し出して缶詰を渡すよう促す。

素直に私の手に乗せると汁が飛び出ないようにゆっくりと蓋を開けてから返す。

猫を飼ってるとこんな感じなのかなと思って心の中で苦笑する。


「...ん、ありがとうね」


「いえ...椅子を持ってきます。汁物ですし零されると面倒ですから」


「なーぉ、相変わらず副会長様ははっきり言ってくれるね」


「それはどうも」


私はドアのそばに積まれたパイプ椅子を一つ取ると、広げて私のデスクの隣りに置く。

それは本当に無意識だった。

前生徒会長はその椅子に座るとまたくすくすと笑い出す。


「その仕草もまた懐かしいよ」


「そうですか」


「僕はあの時からずっと過去ばかりを見つめていた。それをまたこうして過ごせるというのはとても嬉しいことなんだよ」


「あの時とは?」


「僕が生徒会長の任期を終えた時さ」


「はぁ...」


「もう随分と昔のことのように遠くに感じるのに、つい最近のことのように鮮明に思い出せる。

こんな気分は初めてだよ」


「思い出に浸るには少々早すぎませんか?」


「...いや、後にも先にもあれほど幸せだった日々は無いだろうからね。

副会長様と過ごしていた時の僕はそれほど満たされていたんだ」


かつての私がこの人とどんな会話をしたのか、ここでどんなやり取りがあったのかを私は知らない。

記憶しないまま箇条書きにされた記録のみで今を生きる私には過去に縋る思いは理解できない。

だから私が何を言ってもきっとこの人には意味ないだろう。付け焼刃の気遣いなんて疲れるだけだ。

今日と明日でこの人と過ごす時間は終わる。それまでの身の振り方さえ考えていればそれで事足りるはず。

余計なことは言いたくなかった。


「あ、その卵焼き頂戴?」


「嫌です」


「冷たいなぁ...ホント変わらない」


「そうですか」


「いつも表情が硬いところとか」


「よく見てますね」


「好きだからね」


「そうですか」


「なーぉ...また流されたぁ」


「ああもう、いい加減デスクから身体起こしてください、横になるなら応接室のソファにでも行ってください」


「膝枕してくれる?」


「しません顔覗き込まないでください」


「ホント副会長様は綺麗な肌してるね、化粧水何使ってるの?」


「話を聞かない人ですね」


「聞いてるよ、要求を飲まないだけ」


「身勝手ですか」


「副会長様にだけだよ」


何も返さなかったことに拗ねたのか、フォークを持ち直して鯖をつつき始める。

容姿も相まってその仕草は小さな子供のように見える。

今にも駄々を捏ねそうな気ままさがちらほら垣間見えて、私に甘えてきているのが解った。

こんなにも遠慮なく話しかけてきて、さらには甘えてくるなんて変わった人。

普段から甘える相手もいないのだろうなとなんとなく思う。だからといって私に甘える理由が分からないけれど。



それから暫くお互い何も言わず昼食を摂っていたけれど、また前生徒会長が唐突に話を振ってきた。


「副会長様は100万回生きたねこの話を知ってるね?」


まるで知っていることを知っているかのような口振りだ。

口角を上げて得意げに、いや、挑戦的といってもい表情で私を見据える。


「...知ってますが」


有名な絵本の話だ。昔桜に読んであげたことがある。

解釈は様々かもしれないけれど、簡単に読むと愛を知り悲しみを知る猫の物語、といったところだろうか。

どうしていきなりそんな話を持ち出したのか分からないが、

口振りからして初めて話すことではないことは察した。


「僕はよくあの絵本を母親に読み聞かされていた。まるでお前はこの本の猫のようだと。

飼い主に決して靡かず、与えられる愛情に見向きもしない猫そのものだと」


「...それはまた随分と偏った愛情ですね」


「くすっ、僕もそう思うよ。今になってもあの人たちの言う愛とやらを僕は理解できていない」


「自分に懐いてくれる猫が欲しかったんじゃないですか」


「そうかもしれない。だけど人に懐く猫なんて肉を食べないライオンほどにつまらないよ。

らしさがないとでも言えばいいのかな、そんなものに注げる愛情なんてきっと薄っぺらくて飽きっぽいさ。

想定内の動きしかしないマリオネットなんてすぐに愛想を尽かしてしまう。

僕はそんなものが欲しいわけじゃない、僕が欲しいのはもっと別のものだ」


「鯖缶のおかわりでも欲しいんですか」


「あるのかいっ?!」


半ば適当に言うと突然身を乗り出して食いついてきた。

手元にあった缶詰はどうやら食べ終えてしまったらしい。


「ありませんよ、デスクから降りてください」


「...なんだぁ、期待しちゃったじゃないか」


「結局鯖缶が欲しいだけですか」


「違うよ、あわよくば副会長様に食べさせて欲しかったんだ」


「子供じゃないんですから自分で食べてください」


「連れないなぁ...」


だらりとデスクに倒れる前生徒会長を無視して私は引き続き昼食を摂る。

人の家庭事情なんてスーパーのタイミーロールの使われ方ほどに興味がない。

考えるだけ時間が膨らんで後悔するし、人は大抵自分のことで精一杯だ。

あれこれ考えているとスピーカーから間延びした予鈴の音が鳴る。時計を見るともう一時前に迫っていた。


「あーあ、もう終わりかぁ。ホント副会長様と過ごす昼休みは早いね」


「私は昼食がまだ終わってません」


「僕のせいだね、申し訳ないとは思ってるよ」


「そうですか」


「そっけないなぁ。...じゃあ僕は先に教室に戻るよ、少しばかり距離があるからね。

また放課後ここに来るよ、それじゃあね」


くすくすと笑いながら私に手を振ってドアから出ていく。

私のデスクには前生徒会長の昼食だった缶詰が置かれたままだ、ついでにフォークも。

少し駆け込むように残りのご飯を食べると片付けをして鞄にしまう。

片付けついでに仕方がないから缶詰も処分しよう。

せめて自分で捨てなさいなと心で呟きつつそれらを掴んでゴミ箱に捨てる。


カバンを手に取って椅子から腰を上げると私も生徒会室を出る準備をする。

生徒会室がなんとなく鯖の匂いで不快だったので、部屋を出る前に一応換気扇をかけておいた。

あの人が放課後もまた来ることを思うと暗鬱な気持ちになった。

感想等いただけると嬉しいです。

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