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月の御影  作者:
14/30

14. 椿

昨日の私から手紙が届いた。

曰く生徒会長が暫くの間入院することになった為、副会長の私が代理で会長の行っていた事務を任せられる。

会長が復帰するまで部活動には参加しなくてもいい。

これからの情報は最短でも一週間単位で抱え、会長復帰まで消去量は大幅に減らすこと。

これは桜に会うための時間を常に確保する為の妥協線だと。


他人事と私事の境を行ったり来たりするような内容だけど、

その思考の根本が桜にあることが確かに私からの手紙なんだと実感する。

その日のことは必要最低限の箇条書きにした活字でしか記憶に残さない私だから、

昨日の出来事なんて桜のこと以外映像として鮮明に再生できることが一つもない。

あるのは授業内容をまとめたノート、帰宅後の私の行動を書いた手記のみ。

どちらも文字の羅列のみでその光景は記憶にない。


手紙の下には真新しいA4のノートが置かれていた。

おそらくこれに文字での記録をいつもより多く行えばいいのだろう、

ノートを開くと一ページに早速丁寧にこのノートの用途について南行にも羅列されている。

使い方、なんて無骨で無駄のない文章だと、私は昨日の私を誇らしく思う。


 ◇


どうやら今週は風紀週間とやらで生徒会員と風紀委員が校門の前に立って登校してくる生徒の服装検査を行うらしい。

そして昨日の私の忠告通り、今日は講堂へ三年を除く2年と1年全員を集め、

生徒会長の入院の件、退院の目処はまだ伝えられていないこと、その間私が代理を務めることを話し、

そのあと私が会長復帰まで生徒会長代理に就くにおいての軽い挨拶をさせられるようだ。

形式ばかりで要領を得ないのは私立学校という法人もマスメディアも大差がない。

生徒たちが本当に求めるであろう生徒会長の安否、様態、入院の理由等には一切触れるつもりはないらしい。

この学園を国会に例えるなら生徒会長は総理大臣、生徒たちは総理を支持する内閣、

宗教に例えると教祖と信者だろうか。生徒会長とはそれほど信頼が厚い存在のようだ。

ならなおのこと生徒会長は自身の体調を常に把握し、

休みなくそこに立っていることを望む子羊たちに応えるためにここにいなくてはならない。

責任とは代価であり、上に立つということはその場所に望まれることを実現させ続けること。

その代理を私は任されることになったわけだ。

なるほど確かに厄介事を掴まされてしまったようで、昨日の私が私宛に手紙なんかで忠告をするわけだ。


8時前に私が登校すると早速校門前に立っていた同じ生徒会員の一年らしい書記の子と会計の子が駆け寄ってきて、

会長がいない間大変かもしれませんが頑張りましょうと意気込んで言ってきた。

続いて風紀委員の人たちらしき人たちも同じような言葉をあわせて私に挨拶をしてきた。

そんな彼女たちを理解できない私はただ月並みな挨拶で返し、同じように門の前で立っていたのがついさっきまでのこと。


「神代さん、職員室に来てくださいますか」


少ししてから漆黒のスーツジャケットを羽織った職員の二人が校門を訪れ、私に向けて声が掛けられる。

他の委員の人たちは何かを察したかのように私を見て努めて笑顔のまま「いってきてください」と言う。

二人の要件はなんとなく分かってしまったから私も躊躇わずその場から離れて二人に付いて行く。

雲一つない空に浮かぶ太陽光が直接彼女たちに降り注ぐ。

なのに疲れたり嫌な様子は一切見せずに挨拶を続けるその姿はなんだか気味が悪かった。



職員室に入るとそれぞれインフォーマルな服装をした職員たちが一斉にこちらを向いた。

ほとんどが奥の一番大きな机に群がって囲うようにして立っている。

当然知らない顔の人間ばかりだ。私にとっては初対面とほとんど変わらない。


「神代さん」


その群れの一人、白衣を着た中年女性が私の名前を呼ぶ。


「なんでしょうか」


「本条さんのことだけれど...」


本条、聞き慣れない名前だ。誰のことだろう...っと、この流れだと生徒会長の苗字かな。


「昨日私がここに戻ってきた時にはもう貴女がいなかったから伝えられなかったのだけれど」


「竹村先生」


低く不愉快な声が白衣を着た女性の言葉を遮るように発せられた。

竹村というのはこの女性のことか。必要ならば後で記録しておこう。


「そういった話は後で、今はこの後彼女にしてもらう予定のスピーチ内容についてです」


ただ簡潔に、けれど確実に人に不快感を与えるようなその声の振動数がここまで届くことに私は既に不快だ。

どうやらここでの話の主体はこいつが話すのか。微塵も気乗りしないな。


「当日の、それも数十分前にこんなことを頼む形になってしまったことをお詫びします。

スピーチの原稿は既にこちら側で用意しています。

貴女はそれをただマイクを使って読んでくれるだけで構いません」


言い終えると、隣に立っていた人が側にある引き出しの上から三段目を引き、茶色の封筒を取り出すと、

私のところまで来て両手で丁寧に手渡してきた。それを私は片手で受け取る。

なかには三つ折りにされた原稿が一枚入っている。


「そしてこれは念の為に言いますが、

生徒会長の状態についてはその原稿の内容以外を貴女の口から決して言わないでください。

それと集会後、教室などで生徒に昨日の生徒会室で起きたこと、異変等を聞かれても決して話さないでください。

不確定な情報で混乱と誤解を生むのは私たちの望むものではありませんので」


要約すると「余計な事を言うな」ということ、なにか公にしたくないことがあるのだろう。

それも手紙に書いてあった昨日の私の予想通り。

ただ『昨日生徒会室で起きたこと』に関して言えば、

『私』は一切知らないのでその深刻さがどの程度なのかは分からない。

そして生徒会長の顔も私は知らないので、見知らぬ他人と同じ人間に興味もない。

それでも職員の多くが集まってそんな話がされていたとなるとそれなりに厄介な話なのか。

なんにせよ身の振り方は慎重に考える必要が有る。


「何か、質問はありますか?」


その目は品定めをしている目だ。


「...何も」


今は必要ない。あとで確認が必要なことも出てくるだろうけど、それは今ここで聞くべきじゃない。

これから原稿を読んでスピーチを行う、その前に教職員からの連絡等がある。

これ以上ここにいるのはあまり良くはないだろう。


「それでは、後ほど書記と会計の者を二人にも並んでもらう旨を伝えておきます」


「助かります。40分には講堂に来てください」


「分かりました、失礼します」


小さく一礼をしてから職員室を出る。そこから数歩歩いてようやく欠伸をする。

なんて退屈。貴女達が必死に守ろうとしているものが私には雑草の塩基配列ほどに興味がない。

子供の遊びに付き合えるほど私は大人じゃないし暇でもないんだ。


廊下を歩いて階段で下に降りると既に登校してくる生徒が服装検査に列を成していた。

そういえば今日緊急集会があることはちゃんと伝えているのだろうか。

ある程度の時間になれば教室に荷物を置きに行けずにまっすぐ講堂に向かわされる生徒も出てくる。

講堂前の広場に荷物を置くスペースと管理を行う一人を用意したほうがいいかも知れない。

さあ、どうしようか。一旦また職員室に戻り依頼を行う?手筈はどうすればいい?

これはきっといつも生徒会長が考え、実行してきたことの一つだ。

私はここから先を知らない。知る方法は知っている人に聞くこと、それは会長がいない今職員が近い相手の筈。

窓越しに登校してくる生徒たちを見て、私は踵を返す。

やはり手配はしてもらおう。既に私は誰かに任せることが出来る場所にいない。


「表情が硬いね、現副会長様?」


突然背後から声が聞こえる。気が付かなかったその存在に無意識に私は構えた。

その様子を見てくすくすと笑うその人は、どうやら私のことを知っているみたいだ。

ネクタイのストライプが橙色、ということは三学年に属している。


「...貴女は?」


怪訝にそう尋ねるとまたもやくすくすと悪戯に笑って私を見る。


「前生徒会長の天宮月夜。先程教頭様から副会長様のサポートをお願いされてね。

会長が行う手続き等を知らないだろうからさ、私が今日と明日だけ副会長様の教育係を務めさせてもらうよ」


前生徒会長...記憶にはないが、記録はあるみたいだ。優秀、気まぐれ、猫...。

なるほど、見た印象通りの人みたいだ。厄介だな。


「それで、早速何かお困りごとかい?」


その細められた瞳はどこか挑戦的で、からかうような微笑みは仮面のようにその内面を覆い隠している。

怖いもの知らずな態度はハリボテなのだろう。


「...緊急集会前に教室へ荷物を置きに行けない生徒の為に講堂前の広場を荷物置き場にしたい。

メモパッドとボールペン、荷物を管理する誰か一人を用意。その手筈を依頼したいのですが」


先ほどの思考を簡潔に言葉にする。それを聞いてまたくすくすと笑う前生徒会長。

皮肉じみたその笑いは癖なのだろうか。



「へぇ、副会長様は相変わらずよく気が回るね。

...今は書類作成してる余裕もないからそういう時は教頭、あるいは橋頭補佐の人に直接依頼すればいいよ。

あとでちゃんと正規の書類を提出することを伝えれば動いてくれる。とりあえず一緒に行こうか」


ならばやはり職員室に戻る必要がある。

前生徒会長が私の隣を通り過ぎ、階段へと進む。その後ろに続く形で私も歩く。

きっと去年もこんな感じだったのだろう。いつだって前を歩くのは会長でなくてはならない。


「...ホント、副会長様は変わらないね」


私に背を向けたまま小さく呟いた言葉はただの独り言みたいだ。

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