かごの鳥は、貴女
むかしむかし、ある国にそれはそれは美しいお姫様がいました。
いろんな国の王子様たちが、お姫様に会いに来ます。「ぼくと結婚してください!」と。
けれど、それを妬んだ悪い魔女に、お姫様はさらわれてしまうのでした。
※ ※ ※
深い深い森の中、緑の海のその奥に。
茨に閉ざされた、魔女の花園は有る。
そこには牢屋のように大きな鳥かごが有って、攫われた姫君が幽閉されていた。
薔薇に飾られた、美しい檻だ。
「ふふ、今日も王子様は助けに来ないわね、お姫様?」
薔薇園の鳥かご、その外から。意地悪な笑みを浮かべ姫を見下すのは、幼い容姿に黒のとんがり帽子を被った、小さな魔女だ。赤の髪に、気の強そうな吊り目、唇から覗く八重歯が高飛車な印象。
「森には結界もあるし、使い魔だっている。きっともう永遠に、王子様なんて来ないわ。ああ、見捨てられて可哀想なお姫様!」
小鳥の羽根をむしるように、言葉でいたぶる。
でも、かごの中の少女は。絹糸のような淡い金の髪のお姫様は。
「……いいえ、助けはきっと来ます。王子様は、必ず」
夢見る乙女そのものの、星降る瞳で言葉を紡ぐ。
その超然とした態度に、小さな魔女はかっとなって声を荒げる。
「貴女もいい加減、諦めが悪いわね! 来ないっていってるでしょ!? 来させるものですか!」
来させない。来させない。来させない。王子様なんてけして、近寄らせない。
だって、このお姫様は。
「……まあ、待ちたいなら、好きなだけ待ちなさいな。哀れな小鳥さん?」
私の、小鳥。可愛くて愛おしい、私だけの小鳥だから。
苛めるふりをして愛でようと、鳥かごの中、お姫様の頬へ手を伸ばす。
すると。
……がぶっ!
「痛ぁぁっ!?」
伸ばした手を、噛まれた。お姫様に。血が出るほど強く。
「な、何をするのよ!?」
ぼたぼたと零れる赤い血。瞳に涙を浮かべ睨んでやると、お姫様も、凛とした瞳で睨み返す。
きっと助けは、王子様はやってくるのだと、挑戦的な目で語っている。
(……ああ、この目。この目が好きなの)
幼い魔女は、睨まれながら、自らの掌から溢れる鮮血に舌を這わせながら、胸が高鳴るのを感じる。
そう。悪い魔女が恋したのは、王子様ではなくて。可憐で気高い、お姫様の方。
だから誰も近付けたくなくて、一人占めにしたくて。
こうして、かごの中の小鳥にした。
なおも睨む姫君を、うっとりと陶酔した顔で見下ろして。自分の血を舐めながら。
「こんな抵抗、するだけ無駄よ。貴女はずっと……小鳥のままなんだから」
お願い、嫌っても、憎んでもいいから。私だけを見て。私だけの、小鳥でいて。
そんな風に、愛の呪いに掛かった魔女は、願うのだった。
※ ※ ※
手を噛まれた痛みに、幼い魔女は瞳を濡らしながら森の奥へ帰っていく。
鳥かごの中から、その背中を見送って。
金の髪のお姫様は。
「ふふ、泣いちゃって。……可愛い」
幼い魔女の血がこびり付いた唇を舐め取り、妖艶に微笑む。
「本当に可愛いわ。怒ってる顔も、泣いている顔も」
そうなのだ。王子様なんて、来なくてよいのだ。
ただ自分は、可愛い魔女さんを、いじめて、いじめて、いじめて。
頭の中を、私でいっぱいにしてしまいたいだけ。
「あの子の血、なんて甘いのかしら」
鳥かごの格子に跳ねた血も、指で掬い舐め取って。
いじめ甲斐のある、可愛らしい魔女。その血の味は、禁忌の甘露。
ああ、もっともっと困らせたい。泣かせたい。
思い通りにならないふりをしたまま、ずっとずっと束縛したい。愛の檻に閉じ込めていたい。
「ふふ、本当にかごの鳥なのは、どちらかしら?」
副題・めんどくさいカップル。
前半だけで終えても短くまとまって良いかと思いましたが、普通過ぎるのでクレイジーなお姫様視点を追加。狂気もまた、百合を麗しくするスパイス。