こんな夢を観た「本を探し求める」
本屋でたまたま手に取ったのは、ストレリチア・リーバイス著「しあわせになるために」という本だった。
「『人生とは、幸せを探し求める旅である』か……」巻頭に書かれている一節を読み、無性にこの本が欲しくなる。値段を見ると、2,700円とあった。
あいにく、持ち合わせがない。
「あとで買い物のついでに銀行へ寄ろう。それからでもいいや」
これがいけなかった。お金を下ろして本を買いに来たときには、もう、売り切れていたのだ。
別の本屋を何軒か回ってみたが、どこにも置いてなかった。仕方がないので、取り寄せてもらうことにする。
「すいません、ストレリチア・リーバイスって人の『しあわせになるために』という本を注文したいんですけど」店員に、そう頼む。
「はい、少々お待ち下さい」店員は端末に向かって、タイトルを入力し始めた。
しばらくして、困ったように言う。
「お客様、申し訳ありません。この本は、初版の1000部だけで、現在は絶版となっておりまして……」
わたしはがっかりして店を出た。
もしかしたら、と古本屋も探してみる。けれど、見つけることはできなかった。
「何しろ、たったの1000部だけだもんなぁ。あの時、取り置きしておけばよかった」手に入らないと思うと、ますます欲しくなる。今となっては、悔やんでも悔やみきれなかった。
はたと思いつく。
「そうだ、ネット通販。あそこならあるかも」大急ぎで家へ駆け戻り、パソコンを立ち上げる。
「えーと、『しあわせになるために』……っと」検索欄にそう入力し、エンターキーを押した。
〔"しあわせになるために"の検索に一致する商品はありませんでした。〕
「うーん、やっぱないか。もう、無理かなぁ」
ダメもとで、掲示板にスレッドを立ててみる。
〔ストレリチア・リーバイスの「しあわせになるため」という本を探しています。どんなことでもかまいません。情報があれば、お知らせ願います〕
何日かして、わたしのスレッドに書き込みがあった。
〔その本なら、宇都宮の古本屋で見かけたよ。〕
コメントの最後には、書店名と場所が書いてある。
「栃木かぁ。ちょっと遠いけど、よしっ行ってみよう」
翌日、朝一番の電車に乗って、わたしは宇都宮へと出かけていった。
教えてもらった古本屋へはすぐに辿り着いた。昔ながらの、小さな本屋だった。
「ごめんください。ストレリチア・リーバイスの『しあわせになるために』っていう本、ここにあるって聞いてやって来ました」わたしは店主に声をかける。
「あ、あの本ね。ごめんねえ、昨日売れちゃったんだよ」
わたしはうなだれた。「そうですか……」
その様子を気の毒に思ったのか、
「実はあれ、広島へ行った際に、大手さんとこで入手したもんなんだ。確か、まだもう1冊残っていたよ」
わたしはその大型古本屋の住所を教えてもらい、広島へ向かった。
広島に到着し、その足で本屋へ急ぐ。
「すいません、本を探しているんですが」
「ストレリチア・リーバイスの本ですか。あー、あれか。すんません、タイミング悪かったですなあ。今さっき、売れちまいました」
またしても、すれ違い。
こうなったら、とことん探してやろう、そう心に決めた。
あれから何年になるだろう。
今、わたしはオーストラリア、メルボルンに来ている。信頼できる情報によれば、この町の本屋に探し物があるというのだ。
「失礼します。日本から来ました。ストレリチア・リーバイス著『しあわせになるために』という本を探しに来ました」つたない英語で話しかける。
「日本からだって? あんな遠くから、わざわざわしの店に?」店主はたいそう驚いていた。無理もない。たかが1冊の本を追って、国を出てきたというのだから。
「まだ、ここに置いてありますか?」とわたし。空港に着いた直後、あの本の近くまでやって来た、という直感が働いた。おそらく、それは正しい。
けれど、町に入ってからというもの、次第に遠ざかっていく気がしていた。
「すまんなあ、本当にすまない」店主が悲しげに答える。「ほんの2日なんだ。ほんの2日前、売ってしまってな」
「そうですか。観光がてら、ほかの店も当たってみますよ。それでは」わたしは朗らかに手を振った。
何度となく行き違い、今ではそれが慣れっこになってしまっている。追い求めることそのものが、目的のような気もしてきた。
シドニーでは、日本人観光客と出会った。驚いたことに、彼もまたわたし同様、「あの本」を探してここへやって来たのだという。
「ぼく、これまでは引きこもりだったんです。『しあわせになるために』という本を手に入れたい一心で、家を飛び出したんですよ。たまげるじゃありませんか。町内から1歩だって出たことがない、そんなぼくが、よその国の土を踏んでいるって言うんですから!」
本を見つけたらまた連絡し合おうと約束を交わし、別れを告げる。去り際に彼は言った。
「思うんです。こうして世界中を探し回っている今が、まさしく幸せなんじゃないかってね」
本の初めに書いてあった言葉が、ふと思い出される。
〔人生とは、幸せを探し求める旅である〕




