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駄目になったじゃん!


「 大丈夫。そんな感じの人だって思ってるよ。可愛いじゃん、我侭もっと言ってよ。我侭と文句は結構我慢してたんじゃない?我侭は可愛いだけだし、まあ文句言われたら喧嘩にはなるかもしれないけど、喧嘩しても好きだよ」

彼女が俺の腕の中で俯いて固まった。

「 絶対大丈夫。騙されたと思って信用してよ。俺が振られない限り大丈夫。今日振られても勝手に好きでいるつもりだったから、気持ち悪いぐらい大丈夫。俺に慣れて、扱いが宮本並みに邪険になったって好きだよ。ならない方が嬉しいけど」

彼女はまだ顔を上げない。でも離れて行く気配もないので腕の力を緩め、彼女の頭をよしよしするように撫でながら顔を覗き込んで尋ねた。

「 ねえ、まだ信用出来ない?俺、将来を狭められたなんて思ってもみなかったよ。泳ぐ以外にそんなにやりたいことって今までなかったし。泳ぐのは一生勝手に泳げるし。今やりたいことって言ったら、振られない様にどうにかしたいってだけだよ」

彼女が何も言わず大人しくしているので、もう一度細い肩をぎゅっと抱きしめた。


「 俺、高校生で駄目なんだったら、とにかく早く稼げるようになろうと思ったんだ。でも高卒で適当なとこに就職したって、俺を選んでもらえる様な稼ぎに届かないかも知れないし。だからって大学行ってたらその間に絶対誰か他の男のとこ行っちゃうだろうし。色々悩んでたから、親父が俺の計画の役に立つ仕事してるって分かって、思わず親父にハグするぐらい嬉しかったんだ。まあ、ハグしたのは失敗だったけど」

彼女が俯いたまま小さく笑った。

「 どうして?」

「 ああ、親父が喜んじゃって、一層鬱陶しく・・・」

うんざりした調子で言うと、彼女の笑い声が僅かに大きくなった。

「 本当に良いご両親よね」

「 ああ、そう?あ!そうだよ。良い親だと思うよ!だから俺、自分で言うのもあれだけど、年以外は本当に優良物件だと思うよ。うちの親、太朗のことも大好きだしさ。でも、色々口出しするようなことは絶対ないよ。いや、口出しはするだろうけど、ぼろ糞に否定してもあいつら全く気にしないし、嫁いびりとかも絶対無い。あったら縁を切る」

勢いづいてまくし立てると、俺の胸に額をくっつけたままの彼女が本格的に笑い出した。


「 あははは、待って。もういい!」

彼女が俺の胸をばしばし叩いて言った。

「 何、もういいって。嫌だよ。俺を彼氏にするって言うまで離さないからな。いや、俺と結婚するって言うまで離さん!」

彼女は笑うのを止めて、俺のTシャツを掴んで自分の目元に押し付けた。

「 どうした?うわ泣いてんの?ああごめん、泣かないでよ。ええっと、今日は保留で良いけど、前向きに考えて。高校生だから駄目って言うのを取り消して俺に口説く権利をくれればそれで良いことにする。から、泣かないで」

譲歩の甲斐なく、彼女が嗚咽を漏らし始めた。

「 ごめんって!」

どうして良いか分からず、俺のTシャツを掴んだままの彼女の揺れる肩と背中を擦った。

細いのに、柔らかくて、酷く頼りなくて、切なくなるくらい愛しかった。


しばらく泣いた彼女は、不意にスッキリした表情で俺の胸からぐちゃぐちゃの顔を離した。

「 ごめん、化粧がついちゃった」

大して悪いとも思っていない調子でTシャツをこすりながらそう呟くと、片手にタオルを持ったまま、顔も見ずに俺の両肩に手首を置いた。

「 え?」

そのまま、腕を滑らせて彼女が身体を寄せてくる。これは、抱きつかれる。彼女の腰に腕を回しながらそう思った。

予想通り、彼女は俺の首に腕を回し俺を引き寄せた。彼女の緩い力に全く抗えなかった。

細い腕でぎゅうっと締め付けられた俺の首に、彼女の柔らかいしっとりとした頬がくっ付いている。そして更に、温かい彼女の息がうなじに掛かった。

うわ、これは。彼女の頼りない身体を腕ごと自分の胸に抱きしめるのもひどく愛しい気持ちになるが、これは、本当に、心臓に悪い。動悸が激しすぎて息をするのが困難だった。

彼女が俺の首筋に顔を埋めているということは、必然的に俺の顔も彼女の首元に接近していた。残念ながら彼女のうなじは髪に隠れていたが、甘い匂いのする髪の上からうなじの位置に唇を押し当てた。


首元に感じるぞわぞわする様な吐息と共に、くぐもった彼女の声がした。

「 お兄ちゃんといると、凄く甘やかされて、自分がどんどん駄目になる気がするのよ」

静かな。だが少しだけ俺を責めるような声音だった。

「 甘やかしてなんか」

「 ないと思ってんの?信じられない」

彼女が顔を浮かせて久しぶりに俺に目を合わせた。あまりの近さに戸惑うが、彼女はすぐにまた俺の首元に顔を戻した。

「 もともと甘えてて駄目な人間だったのに、太朗が生まれてから、頑張ってたのよ。でも、お兄ちゃんに甘やかされ始めて、もう本当に駄目よ」

淡々としていた口調が、徐々に彼女の言葉どおり甘えているようなものになり、それが嬉しかった。

「 駄目なの。もう、誰かに近くにいてもらわないと駄目。こうやってくっ付いて、温かい大きい身体で安心させてくれる人がいないと駄目、駄目になったじゃん!お兄ちゃんの所為で!」

甘かった台詞があっと言う間に腹立たしげなものに変わり、非力ながらも精一杯と思われる力で肩を押され、睨まれた。

「 そんな顔しても可愛いだけだけど」

俺が彼女の腰に腕を回しているので、仰け反ったところで大して離れられない。彼女は俺に顔を見られたくないとでも言うように俯いた。

「 顔見せてよ」

「 嫌よ。放して」

頑なに俺から顔を背ける彼女に溜息が出そうだった。こんなのばっかりだな。まあ何故か可愛いけど。

「 何で?」

「 何ででも。とにかく放して」

仕方なく彼女を解放した。彼女はすぐに俺から離れ、水道を探すと言って立ち上がった。









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