違う。間違えた
「 とれたよ」
そう言って、彼女が片手に握り締めるタオルの端で、彼女の口元を拭ってやった。
彼女はめちゃくちゃ怒った顔をしてはいたが、やはり抵抗という抵抗はなかった。
「 そんなんだから、宮本にもやられそうになるんだよ」
触るのは最後だと肝に銘じたにも関わらずキスまでしてしまった自分を棚に上げ、呆れと腹立ちから思わずそう呟くと、突如彼女がキレた。
「 はあ!?何?」
つい先ほど怒っていると感じた顔は、彼女のキレ具合でいくと可愛いものだったらしい。本物に遭遇したことはないが、顔の可愛いヤンキーに睨まれているような気分になった。
でも彼女は彼女だし、例え夜中の公園にたむろす得体の知れないヤンキーの一人だとしても別に怖くもない。
「 気のない男に禄に抵抗もしないで触らせてんだろ。そんなんじゃ宮本がやっていいんだって思ったって仕方ねえよ」
彼女はキレ顔に悔しそうな、そして傷ついた様な表情もくわえて、予想外の行動に出た。
「 いってえ!」
信じられないことに、思いっきり俺の脳天に拳骨を落としたのだ。
「 ごめん、あんまりムカつくこと言うからつい。子供じゃないんだからビンタにするべきだったね」
渾身の力で俺を殴ってスッキリしたのか、自分を睨みつける俺に向かって憎たらしい顔の彼女が飄々と言い放った。
「 何考えてんだよ!押さえられたら動けもしねえくらい非力なくせに!男相手にこんな場所でこんなことして、怒らせたら何されるか分かんねえだろ!」
この期に及んで危機感の欠如している彼女に腹が立って怒鳴ると、再び彼女がキレ顔で怒鳴り返してきた。
「 煩い!分かってる!何されても文句言わないからやってんのよ!サダオには死ぬ気で抵抗するし、大体二人でこんなとこには来ない!」
何を言われたのか理解が追いつかないうちに、宮本のところが引っかかった。
「 二人でホテルにいただろ!」
「 酔ってて動けなかったからよ!知ってるでしょ!?素面だったら他の男には指一本触らせないし、もう飲まないって約束した!」
叫び続ける彼女の顔がだんだん赤くなり、何故か可愛かったので、俺は気を静めて考えた。確かに、阿呆宮本ホテル連れ込み事件の時彼女は歩けないほど酔ってた。あれで抵抗は無理だな。それで、もう飲まないって。で、素面の時は他の男には触らせないんなら何も問題は、ない、って、あれ?
「 え?他のって何?なんで俺は触って?あれ?何されても文句言わないって言った?俺に?」
何かこんがらがってきたが、頭を掠めた限りなく有り得ない可能性に囚われて、心臓が激しく打ち始めた。
彼女を窺うと、俺からすこし距離をとり、相変わらず赤い顔をして怒っている。
「 ねえ。良く分からなかった。もう一回言って」
ゆっくり頼むと、彼女が瞬きをした。
「 嫌」
がっくりした。なんでここで嫌?
「 何で?」
彼女は顔をしかめてもう一度言った。
「 いーやーだ!」
思わずため息が出た。舌打ちじゃなかっただけマシだろう。
「 子供じゃないんだからさ。じゃあちょっと来て」
彼女が反射的に立ち上がって逃げようとしたが、予想していた俺は負けない素早さで立ち上がり難なくそれを捕獲した。
もがく非力な彼女を正面からぎゅうっと抱きしめる。政木が言っていたように、本気で拒むなら金的が出るタイミングだが、彼女はもがくことさえ止めて大人しくなった。
これは、やっぱり、もしかしたら。
「 ・・・ねえ、もしかして、俺から何されても嫌じゃないってこと?」
早く答えを聞きたくて気が焦るが、望んでいるのと違う答えだったらと、不安で胃が冷えるような心地がした。
返事をしない彼女の顔を覗き込む様にすると、彼女は無理矢理横をむいて俺から顔を背けた。可愛い反応に心臓が破れそうだ。
「 返事しないならここで押し倒すよ」
我ながら子供っぽい脅し文句を吐いてしまったが、すぐに答えてくれない彼女がもどかしい。ねえ、どっち?俺は嫌じゃないの?視線を逸らしたままの彼女が小さな声で答えた。
「 嫌じゃない」
期待で心臓が有り得ないほどばくばくし続けているし、上手く息も吐けない。俺は大丈夫なんだろうか。
何されてもって?何されても?押し倒されても!?
「 それ、俺だけ?」
彼女がしばらく躊躇った後、腕の中で確実に頷いた。
「 え!うわ!マジで!?ええと、それって、俺以外の男には触らせないってこと?」
間は有ったが、彼女の頭が再び小さく頷いた。歓喜で気がおかしくなりそうだった。今日でお別れかと思ってたのに!
彼女を抱きしめる腕に力を込め、思わず彼女の髪に顔を突っ込む様に押しつけた。彼女は肩をすくめたが、嫌がっている風ではなかった。押し返される感じもしなかったし、逆に俺の肩に頬を擦りつけて来た様な気がして凄く興奮した。やった。やった。やったぞ!
「 嬉しい!俺めちゃくちゃ嬉しい。どうしよう、嬉しすぎて死にそう」
彼女が急に腕の中でばたばたしだした。
「 何?どうしたの」
今までろくに抵抗しなかったくせに今になって何をやってるんだ。俺の胸に手を突っ張る彼女の力など何の威力もなかったが、本気で抵抗している様子だったので一応腕を解いた。
「 違う。こんなはずじゃなかった。間違えた」
彼女が泣きそうな顔でそう言った。




