起きて
しばらくすると尻が痛くなってきた。身体も彼女を支える為不自然に捻っているのでそろそろ辛い。湯に浸かりっぱなしで暑くもある。彼女も固いコンクリートの腰掛に居心地が悪いのか、何度か身動ぎし、終には両足を湯から上げ俺を枕に寝そべろうとしていた。
信じられねえ、今から振ろうとしてる男にもたれて爆睡とか。しかも俺は二度も勝手にキスした前科もちなのに。俺にされたことなど憶えてもいないと体現されているようでだんだんとムカついてきた。それに、このまま彼女の顔が俺の腹の方にずり下がっていくととんでもないことになる。
「 ねえ」
伸びた横座りの体勢で俺の胸にもたれる彼女を呼んだ。
彼女にこうやって触れられるのも最後だろう。彼女の小さい頭に手の平をのっける様に叩いた。
「 起きて」
彼女が俺にもたれたままゆっくりと目を開いた。
俺の胸に頬をぺたりとくっつけたままの彼女は、しばらくぼんやりと俺のTシャツを眺めていた。
状況が分からないのだろう、未だ寝ぼけたように不思議そうな顔をしている。さっきムカついたばかりだが、彼女の様子が可愛くて面白くなってきた。
彼女が勢いよく身を起こした。俺の太ももと腹に手を突っ張り、こちらを向いた彼女は目をまん丸に見開いている。思わず吹き出してしまった。
「 よ、よだれついてるよ」
笑いを堪えながらそう言うと、彼女があわてて手の甲で唇の端を拭った。
「 あたし寝てた?」
結局耐え切れず、声をあげて笑いながら答えた。
「 寝てた。30分以上寝てた」
彼女が愕然とした。
「 うそ。信じられない、何で起こしてくれないのよ」
俺を睨み非難する彼女は、まだ俺の腹についた手で身体を支えている。自分が爆睡していた衝撃でそこまで気が回らないのだろう。
「 信じられないのはそっちだろ。男を枕にしてどんだけ寝てんだよ。しかも俺起こしたし」
まあ、起こしたのはたった今だけど。起こしたことには違いない。
「 枕って・・・」
彼女が嫌そうな顔をして俺の身体に視線を落とした。俺が枕で嫌だったのかよ。そう口にしかけた時、彼女が小さく叫んだ。
「 ああ!よだれー!」
俺の右胸あたりに彼女のよだれの染みが出来ていた。彼女はタオルを探してきょろきょろし、自分の腹に掛かっていたそれを見つけて一瞬固まった。すぐに動き出した彼女は、そのタオルで俺の胸を押さえた。
「 ごめーん」
先ほど理不尽に俺を責めた可愛げのない声が一転し、非常に情けない様子だった。可愛くてしょうがない。
「 いいよ、すぐ乾くし。それより自分の顔拭いたら」
俺がそう言うと、怪訝な表情で俺を見上げた。
「 まだついてる。跡になってるよ」
彼女の口元を見ながら言うと、視線で理解した彼女がタオルで口元をごしごしとこすった。検討違いの部分が赤くなるばかりですでに乾いた白い跡は全く取れる気配がない。
「 ここだよ。子供みたいだな」
彼女の右頬に指を伸ばし、口元に親指で少しだけ触れた。彼女の頬はしっとりとして驚くほど柔らかかった。彼女が瞼を少し下げ大人しくしているので、軽く跡をこすった。
「 取れない」
「 ・・・お湯いっぱいあるんだったわ。顔洗う」
俯いたままの彼女がそう言って俺の腕を押し離れようとしたが、咄嗟にその腕を掴んでひき止めた。
「 何言ってんの?足湯だよこれ。さすがに足湯で顔洗うのは駄目だろ」
それはいくらなんでも可愛くない。
「 だって、よだれつけて帰れないでしょ。温泉だって皆の足浸かってるじゃん」
浸かってるけど、一応洗った後だろ。気分的に足湯は何か駄目だよ。彼女が膨れっ面で俺を見ている。ほんと可愛いなあ。足湯で顔洗うって言ってる女が可愛いなんて、自分が信じられないな俺。
彼女は膨れてはいたが、俺に腕を振りほどこうとはしなかった。その手で彼女を捕獲したまま、反対の手の平でよだれのついていない頬を支えた。
「 何?」
彼女が不穏な空気を察して今更身を引こうとするが、腕も頭も固定されていて叶わない。
そんな緩い抵抗じゃ駄目だよ。俺、子供だけど、男だよ?
自分の顔をゆっくりと彼女の右頬に寄せて、彼女の唇の端からのびる白い筋を舐めた。
掴んでいた細い腕を緩め親指でそっと撫でてみたが、彼女はぎゅっと目を閉じ、動かなくなった。もう一度、小さな顎から口元に向かって舌先でなぞり、そのまま強張った唇に自分のそれを押し付けた。
このままどうにかしてしまいたい。彼女が今何を思っているかなんて考えずに、もっともっと強く唇を押し付けて、彼女の濡れた口の中まで感じてみたかった。柔らかい身体をまさぐって、好きなだけキスしていたかった。でも、そんな事して、一体何になる。
実際は、もどかしいほど軽く、ぎこちなくふれたままのキスだった。せっかくくっついていたお互いの唇が剥がれていくのを名残惜しく思いながら、ゆっくりと顔を離した。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
後4話ほどで完結予定です。




