なーんでお兄ちゃんはそう
電話を切った後、かあちゃんが弁当の件を伝え忘れたと煩いので自室に戻ってからもう一度電話をかけた。
さっきの勢いを失わないうちに。緊張し始めてしまうと今日中にかけられない時間になっちまう。
「 はい?」
怪訝そうな彼女の声が聞こえた。鬱陶しげで結構凹んだ。
「 ごめん何度も」
「 なーに?」
「 母親がまた弁当作るって伝えてくれって煩くて。ほんとに行くかはともかく一応。必要ないなら言って」
「 え?でも」
まあ彼女が言いたいことは分かる。哀しいことに、全く俺が行くって話にはなってなかった。
「 ああ、俺が行かなくても関係ないからうちの親。とにかく太朗に会いたいみたいでさ。どの駅から出るのか聞いてくれって言われた」
駅まで持って行くつもりだぞ、あいつら。
「 え?」
彼女がうろたえている。大して知りもしないおっさんおばさんらにこんだけしつこくされたら困惑して当然だろう。
「 必要ないなら言っとくよ。別に気にする性格じゃないから、思いっきり断っても大丈夫だよ。また懲りずに作戦たてると思うけど。ごめん、鬱陶しくて」
ちょっとした沈黙があった。家族そろってしつこ過ぎて、想像以上に鬱陶しがられてるのかも知れない。
「 あーのーですねー」
沈黙をどうしようと胸を痛めながら悩んでいると、彼女がこっちを窺う様な変な言葉を発した。
これは、ばくばくの予感だ。この後にはたぶん、おそらく、可愛いおねだりが。
「 お兄ちゃん、お願いがー」
やっぱり!
「 はい」
「 あーのー、予想はついてると思うんだけど、お兄ちゃんに頼ってばっかりで良くないって分かってるんだけど、日曜日もし暇だったら一緒に行ってくれないかなーと思いましてー、ですね」
予想通りおねだりだったにもかかわらず気分は良くなかった。
俺に必要以上に近づいて欲しくないのにってことか。頼ってもらってんのに凹むな。でも、ここで俺が断れば次は誰を誘うんだろう。
「 ああ、良いけど」
面白くなさそうな態度が声に出てしまったかもしれないけど、彼女が息を吐いた。
「 良かった。ごめんねーいっつもお願いしちゃって。電車乗せるの初めてなのよ。初めての場所だし、絶対喜びそうだから連れては行きたいんだけど、不安で」
「 ああ、一人だと大変かもな」
動物園でのちょろちょろを思い出しながら言った。あれを一人で追いかけながら初めての場所へ遠出はきついだろう。
「 他に頼める人いなくって、いや、違う、一人で頑張るべきなのよね。でも、一人だと連れて行く気になれないのよねえ、怪我させちゃいそうで怖くって」
タバコの奴には頼めないんだろうか。
「 ちょろちょろだもんな」
「 そうなのよねー。事故に遭いそうでねえ。色々連れてって楽しい事経験させてあげなくちゃとは思うんだけど」
情けない声を出す彼女は、日頃あまり太朗を連れ出してはいないのかもしれない。父親がいればこんな悩みはなくてすんだんだろうけどな。
「 ぼちぼちで良いんじゃねえの?」
「え?」
「流石に太朗も大人になるまであんなにピョンピョン走り回ってないだろ。今はまだあいつ一瞬でも目を離したら、すぐさま車にひかれるかとんでもないとこからジャンプするかすんの間違いねえもん。一人でなんて無理だよ。誰か一緒に行ける時に外で遊ばせときゃ良いんじゃねえの?」
俺誘ってくれればいつでも子守に行くけど。でも、誘われる度にこんな風に本当は俺には頼りたくない感を強調されてもきついかな。
「 うー、なーんでお兄ちゃんはそう」
彼女が可愛い唸り声を発した後変なところで言葉を切った。俺がそう何なんだ。
「 何?」
「 うーん、何でもない。日曜日宜しくね」
俺が何なんだ。気になるだろ!
「 うん」
「 おにいちゃーんお早う!」
彼女と待ち合わせた駅の改札に彼女と太朗が現れた。太朗はバギーに乗せられている。
「 おはよ。おはよ太朗」
爽やかで可愛い彼女を見ていられずすぐに太朗の頭に手をのせると、太朗が俺の手を握り小さい自分の手を押し付けてきた。
「 うん?なんだよ?」
「 ぼくのあめー!いっこどーじょー」
飴をくれるらしい。
「 お。サンキュー、お前朝っぱらから気前いいなあ。何味?」
「 あのねえらむねー、ぼくねえらむねきらいなもん」
「 お前嫌いな味俺に押し付けただけかよ。まあいっか、ありがとうな」
彼女がそわそわしているように見える。弁当を持ってきているはずの俺の両親を気にしているのだろう。
「 親父たち今太朗に菓子買いに行ってる。ごめんな、弁当に鬱陶しいのがついて来て」
「 そんなこと言わないでよ。お弁当作っていただいてほんとに助かるんだから。お弁当の準備大変なのよー、あたし料理得意じゃないから特に」
彼女が笑いながら言う。料理が出来なくても弁当くらいその辺で買えば良いと思うが、俺は自分が稼いだ金で生きてるわけじゃないので黙っておいた。
親父たちが戻ってきた。彼女が頭を下げている。
「 お早うございます。公園のこと教えていただいて有り難うございました。太朗にもホームページ見せたら大喜びで」
親父と母ちゃんが笑った。
「 まあ良かった!太朗君おはよう。飛行機の滑り台見た?」
「 みたー」
屈みこんだ母ちゃんに向かって太朗が元気に頷いた。
「 そう。楽しみねえ」
「 うん、ぼくたのしみー」
今日は大丈夫な日のようで、母ちゃんがめちゃくちゃ嬉しそうだ。
「 おばちゃんお弁当作ってきたからねー。今日はお弁当にも飛行機はいってるのよー」
太朗が目を輝かせた。
「 えー!おべんとーひこーきー!?」
「 そうよー、お昼ご飯の時間におかあさんが良いよって言ったら開けてみてね」
「 はーい」
いつもの返事が出た。ご機嫌だな太朗。かあちゃん喜んでるぞ。
貢物の菓子と飴を交換したりして一しきり太朗を愛でた母ちゃんが、ようやく彼女に弁当を渡した。
「ほんとに可愛いお子さんねえ。ああそうだ、はいこれお弁当ね」
「 有り難うございます。またお世話になってしまってすみません。太朗もまたお兄ちゃんのお母さんのお弁当が食べられるって楽しみにしてます」
「 まあ、気を使わなくってもいいのよ。あたしが無理矢理つくってるんだから」
「 ほんとだよ、無理矢理すぎなんだよ」
口を挟むと、母ちゃんと彼女の両方から睨まれた。
「 ほんとに気は使わなくて良いからね。残しても全然かまわないんだから、どうせ全部涼のお腹に入るんだから、無駄にはならないし」
「 有り難うございます」
彼女が多分緊張してる顔で笑いながら頭を下げた。頭下げすぎだよ。
「 それにしても、電車初めてなんですってね太朗君。大変かもしれないわねえ小さいから」
「 ええ、大変そうな予感はしてます。でも、電車に乗るのも凄く楽しみにしてて。お兄ちゃんも一緒に行ってくれるから心強いです」
彼女がにこにこしながらそう言うと、母ちゃんも心配そうな表情を緩めた。
「 良かった。主人が考えなしに電車を勧めちゃったから気になっちゃって。ママが良いなら良いわ。子供なんて騒ぐもんですからね、そんなに気にしないで走らせといたら良いわよ。怪我だけさせないように気をつけとけば」
そう言って笑った母ちゃんを見て、彼女がすごく嬉しそうにしていた。
「 きゃーー!」
太朗の叫び声と笑い声が駅の構内に響いた。
彼女の方に気を取られている間に太朗が飛行機になっていた。
「 あなた!ママにやっていいか聞いてからになさいよ!」
母ちゃんが親父に切れている。
「 ああごめんマジで。気付かなかった」
隣に立つ彼女に謝るときょとんとした可愛い顔で見上げられた。
「 良いわよー。喜んでるもん」
また彼女が嬉しそうに笑った。俺も嬉しかった。




