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思ってないし!


その後しばらくして彼女は普通にしゃべりだした。たった今の出来事をなかったことにするつもりのようだ。大人ってすげえな。

「 じゃあね。今度夕方終わりの日はいつ?」 

玄関先で親達に挨拶をした彼女は、見送りに出てきた俺に運転席の窓から笑顔でそう言った。また送ってもくれるようだ。それが嬉しいことなのかどうか、もう良く分からなかった。

「 ああ、えーと。しばらく昼まで」 

とっさに嘘が口をついて出た。 

たぶん、俺にされたことをなかったこととして無視する彼女を見たくなかったんだと思う。

いくら彼女が表面的に今まで通りでも、俺にはそう出来る自信はなかった。

窓の中の彼女が、酷く悲しそうな顔をした気がした。でもそれもほんの一瞬のことで実際は勘違いだったのかも知れない。すでに彼女は自然な笑みを浮かべていた。

「そっか。じゃあ、今日はほんとにどうも有り難うね。ばいばい」 

自分のせいで次の約束が出来なかったことは分かっている。でもやっぱり、またね、と言う言葉がなかったことが辛かった。



玄関から直接風呂場に向かいさっさとシャワーを済ませ、ベッドに転がった。

やっちまったなあ。なんで我慢できなかったんだろう。彼女に口付けたことを思い出しながら考えた。

素面じゃ受け入れてもらえないって、分かってたはずなのに。

ここからしつこく付きまとえば宮本と同じだ。拒否されていることにも気付けない馬鹿だ。

いやもしかして、俺は既に宮本と同じなんだろうか。宮本もああやって彼女に口付けてしまったんだろうか。彼女は驚いて固まってはいたが、最中の拒絶の色は薄かった。というか拒絶してたのか?あれ。

あれじゃあ、宮本が無理矢理だと自覚出来なくても責められないと思う。

現に俺だって、無理矢理やったような気にはなっていない。でも、あの顔は、きっと傷付けた。


電話が鳴った。心臓が止まりそうな程動揺したが、表示されたのは政木だった。

「 何」 

「 どうだった?今日行ったんだろ動物園。もしかして今お邪魔か?」 

ふざけた調子の政木が言った。

「 そんな訳ないだろ。もう家だよ」 

「 だよなー、子連れだもんな。で、どうだったんだよ?」 

政木と言い合う気にもならず、丁度考えていた最中だったこともあって、すんなりと相談めいた言葉が出てきた。

「 イベントは良かったけど、帰りにキスしたら拒否られた」 

「 そうか。残念だったな。お?しようとして拒否られたんじゃねえの?してから?」

「 あ?ああ、してから。こういうことするならもう会わないって言われた」

「ふーん。してからねえ。逃げようとするのを押さえつけてやったとか?」

そうなんだよな。そうじゃなかったんだよ。もう一度彼女の様子を思い返しながら答えた。

「そんな訳ないだろ。そんな事したら嫌われるの目に見えてるし」

「だよなあ。じゃあ、キス自体は嫌じゃなかった訳か」

何が言いたいんだ。


「何だよ」

「いや、下心持ってほしくねえなら、させなきゃいいのになと思っただけ。暴れるとか、ビンタするとか。玉を蹴るとか、色々方法はあるし。まあそこまでしなくても相手はお前だし、ちょっと嫌がられたら止めるだろ?」

そうなんだよな。なんで途中からでも避けなかったんだろ。

「ま、我慢できなかったのかもな。彼氏もいねえし、可愛い男子高校生に迫られて、理性が一時どっか行ってたんじゃねえ?」

そんな感じに見えないこともなかったな。

「理性が働けば受け入れられないってことか」

「だろうな。なのに迫られたら我慢できないから、こういうことするならもう会わないとか言うんじゃねえの?てか会わなきゃいいんじゃん、お前のこと何とも思ってねえなら。そんな感じになんなかったのかよ?」

もう会わないって感じか?

「いや、もうしないって言ったら、次いつ送るか聞かれた」

「はあ?何その女。告白されて、いいお友達でいましょうって断るタイプだな」

いや、それは物凄く違和感があるぞ。

「それはないな。宮本には本気できつかったから。さっさと向こう行けみたいな」

「へえ、それはまた、どっちも自分に寄ってくる鬱陶しい男なのに、お前と全然扱いが違うな」

政木がわざとらしく何か含んだ感じだ。

「 やっぱり違うよな。自分ではそう思うのに実は宮本と同じだったんじゃないかと思って」 

「 不安だったのか?」 

政木がからかうような声音になった。

「 うるせえ」 


政木が笑いながら言った。

「 で、また子供のお友達にもどるわけか」 

「 いや、しばらく時間が合わねえって言った」 

政木が驚いたようだ。

「 お前が?だって嘘だろそれ」 

「 ああ、なんか、俺がしたことをなかったことにして普通にしてるし、そういうの見たくもなかったし」 

「 ふーん、でも、今会うの止めたら、させてくれないなら会わない、みたいになるんじゃねえ?」 

「 は?」

何て言った?

「 だから、キスさせてくれないからあんたはもういいや、ってお前が思ってるみたいにとられるんじゃねえのかなって」

「 はあ!?思ってないし!」 

「 興奮すんなよ。俺に言ってもしょうがねえだろ。彼女がそう思うんじゃねえのって言ってんだよ」   

何だって?駄目だろ。それは駄目だ。俺がやりたいだけの高校生で、いやらしいことをしたくて彼女に近づいたみたいじゃん。

違う。やりたいのはやりたいけど、だけじゃない。好きだからやりたいんだし、もし卒業するまで待てって言われたら、待てる。やりたいだけじゃない。

「 じゃあな」 

頭が大変なことになり、一方的に電話を切った。


まずいぞ。せっかく宮本よりはましだって話だったのに、俺がやりたいだけの男になってる。それじゃおそらく彼女を好きなはずの宮本より最低だ。

どうしたらいい?電話か?でも何て言うんだ?俺はやりたいだけじゃない、好きなんだって?彼女の名前を表示した手が止まった。

そんなこと電話で突然言える気がしない。しかもキスするなって言われたばかりだ。好きだなんて言えば二度と会えない気がする。

しばらく部活が昼までだって言う嘘を訂正して、また時々送ってもらいたいと言えれば良いはずだ。そうだよな。

政木が想像してるだけで、実際彼女が俺のことをそんな風に思ってるって確証もないんだし。よし、明日か明後日幼稚園に行って、日程が変わったって言うぞ。



2日後、課外授業が再開した。丁度俺の教室だった。

彼女の車を緊張した心地で探す。来た。小さい車の見分けもつくようになり、はじめの頃にくらべとても簡単に彼女を見つけられるようになっていた。

彼女がドアを開ける。窓を見上げ、俺を見つけて微笑むのが常だったのだが、今日は違った。彼女が俺を見なかったのだ。

太朗を降ろすと、さっさと園の中に消えていった。腹の底が冷えるような心地がして、愕然とした。

祈るように園から駐車場へ戻ってくる彼女を待っていたが、同じことだった。

彼女はチラリともこっちに目を向けず、車に乗り込んで行ってしまった。

これはきついな。泣きそう俺。

それが、夏休みが終わるまで続いた。

とてもじゃないけど、幼稚園に行くことも出来ず、電話も出来なかった。









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