そう、いう、つもりではあった
2階の自分の部屋に入って、取り敢えず椅子に座った。暑い。
窓際まで椅子をずらして動悸を落ちつけようとしたが、無理だったので諦めた。
手の中の携帯を見下ろししばらく固まっていたが、こうなっては電話せずに部屋を出ることは出来ない。電話するまで親父が煩いからだ。
しかも、すでに階下で母ちゃんに話が伝わっている可能性が高い。ふたりに馬鹿にされるわけだ。
・・・よし、かけよう。
身体中をばくばく言わせたまま、発信ボタンに親指を乗せる。
思えば彼女に電話するたびにこの状態だな。普通に電話出来る日がいつかは来るのだろうか。
時間をかけてもばくばくが酷くなるばかりだ、早く押せ俺!気合を親指に集めてボタンを押した。
5コール目で呼び出し音が消えた。
「 はい」
彼女だ。
「 あ、」
自分が思うよりも緊張していたようで、頭が真っ白になって言葉が続かなかった。どうした俺!自然に話せるようになってただろ?
「 お兄ちゃん?どうしたの?」
彼女の声が酷く不審そうだ。やばい気持ち悪がられてる。
「 あ、えっと、今晩は」
「 あー何ー?今度はお兄ちゃんに何かあったのかと思ったじゃん」
彼女がほっとしたように普段の明るい声でそう言って笑った。不審さは心配のためだったらしい。
「 いや、ごめん。何でもない」
「 そう?今日はどうしたの?」
そうだった。
「 ああ、えっと。盆って忙しい?」
「 お盆?親戚の集まりが明日あるよ。今日は仕事だったからお墓参り行ってきただけ。お兄ちゃんは?」
「 ああ、うちは何にもない。親の実家が遠すぎて墓参りも困難」
そういえばうちの親、墓に入るときどうすんだろうな。骨を俺が運ぶのかな? こっちに墓建てんのかな?
「 そうなの。じゃあのんびりしたお盆?」
「 まあね。・・・えーと、もしかしたら知ってるかもしれないんだけど、」
また言葉を途切れさせてしまったが、彼女が穏やかに尋ねてくれた。
「 うん?何?」
「 動物園でさ、イベントやってるんだって。子供用の祭りみたいな」
そう言うと、今度は彼女からの返事が途切れた。あーなんか断り方とか考えてる感じかな。
「 忙しいんだったらまた今度なんかあった時に」 誘うよ。と続けようとしたら、彼女が慌ててしゃべりだした。
「 いつまで?明日は無理そうなんだけど、明後日もやってるかな?」
え!明後日なら行けるってことか?
「 ああ、明後日最終日だって。明後日は子供向けの打ち上げ花火もあるみたいだけど」
彼女が小さく叫んだ。
「 あー!行きたい!明後日なら行ける!ありがと教えてくれて。太朗と行ってみるねー」
え?あれ?
「 太朗がテレビで見て、おまちゅりいきたいって言ってたのよ。でも夜のお祭りは流石に迷子になりそうで怖くって。嬉しいありがとう。花火も喜ぶと思うー」
俺も一緒に行きたいってことが伝わってねえ。一番言いたかったことが。くそう!・・・でもまあ、いっか。今回は親子水入らずで楽しんだって。親父がなんか次探すって言ってるし。その時までに誘い方ちゃんと考えとこう。
「 ああ、太朗喜ぶと良いな」
諦めの境地で返事をしたその時、背後でノックもなくドアが開いた。
「 涼ー。太朗君動物園に誘うんだって?お弁当作ってあげるから、太朗君のママに言っといてー」
母ちゃんが顔だけ出してそう言うと、さっさとドアを閉め階段を降りて行った。
なんであんなにあれなんだ。電話中だってことに気付けよ。いや気付いたら電話代われって絶対言うな。良かった、気付かれなくて。
「 今のお母さん?」
彼女の驚いた声が聞こえて我に返った。
「 ああ、ごめん」
「 お母さんあたし達のこと知ってるの?ていうか、もしかしてこの電話は、お知らせではなくて、お誘い?」
結局彼女に言われてしまった。
「 そう、いう、つもりではあった」
「 もー、ちゃんと言ってよ。分かんないでしょ。照れちゃって可愛いんだから、全く」
なんで最後怒り気味なんだろうな。俺がへたれだからか?
「 あーそういや、太朗は?」
太朗の声も最近聞いてない。おまちゅりって単語が太朗の口から出るのを想像したら笑えた。
「 もう寝てる。お墓参りで歩いたから疲れちゃって」
「 そう」
「 ねえ、お兄ちゃん」
「 うん?」
「 一緒に行ってくれるの?」
おねだりっぽい口調に心臓がやばかった。
「 え、ああ、行く」
彼女が嬉しそうに笑った気配がした。
「 良かったー。太朗とふたりで外出ってけっこう勇気いるのよー、ずっと荷物持って追いかけなくちゃいけないし。手伝ってね」
「 ああ、うん。了解」
もう良いや。デートじゃなくて子守りになったけど、彼女の役に立てる。彼女も嬉しそうだし、会えるんなら何でも良いや。
「 それと、あの。お弁当だけど、お母さんのお世話になっちゃっていいのかしら」
「 ああ、気にしないでいいよ。太朗に作りたいだけだから絶対。俺らの分は間違いなく太朗の分の失敗作か残りもんだから」
そういう人間なのだ。彼女がくすくすと笑った。
「 そうなの?じゃあお世話になりますって伝えてくれる?ご挨拶には明後日お兄ちゃん迎えに行くとき伺いますって」
挨拶?親に?なんかそれじゃあ、俺たち付き合ってるみたいじゃねえ?デート相手じゃなくて子守要員認定されたことに沈んでいた心臓が、またどくんどくんと音を立て始めた。
「 いいよ、わざわざうちまで来なくても。うちの親鬱陶しいよ。絶対太朗さわらせろって言うし」
また彼女が笑った。
「 お弁当作っていただくんだもの、挨拶は必要よ。良かったー、お兄ちゃんの話し聞いたらあんまり緊張しなくてすみそう」
そうだよな、弁当の礼だよな。当たり前だろ。
「 緊張してまで来なくて良いって」
「 まあまあ、そう言わずに」
情けなくも不貞腐れた気持ちが声に出てしまい、あははと笑う彼女に宥められた。




