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食べるの早い?

「 あ!」 

「 え?どうしたんですか?」 

「 今更だけど、お兄ちゃんお昼から部活出るつもりじゃなかった?ご飯学校の近くじゃなくて大丈夫?」

ああ、なんだ。びっくりした。

「 大丈夫です。休むって言ってあるし。人数少ないほうが皆喜ぶし」 

「 昨日も言ってたね。プール狭いの?」 

彼女が不思議そうな顔をした。

「 ああええと、狭くはないんですけど、総体近いからレーンが少なくなってて、あ、うちの部、大会とか頑張るチームとひたすら泳ぐだけチームに分かれてて」 

しどろもどろで恥ずかしい。気にすると一層自分が何言ってるのか分からなくなる。

「 えー良いねそれ!あたしもそんな部があったら運動部入ってみたかったなあ。お兄ちゃんはひたすらチームなのね?」

伝わってたみたいだ。良かった。

「 はい」 

「 へー、それで大会前はレーンが少なくなるんだー。でも良いよね。泳ぐのは好きだけど、人と競うのに意味を感じないって人もいるもんね、きっと」 

「 はい」 

その通りっす。

「 じゃあ、今日はゆっくり良いの?」 

「 はい、大丈夫です」 

彼女が嬉しそうに笑った。

「 やった。じゃあ公園で遊びながらご飯食べようね」 

「 はい」 

やった!俺がやっただよ。まだ彼女と一緒にいられる!




「 うう、ごめん」 

彼女が目指していた店が定休日だったのだ。

「 日曜に定休日ってすごいですね」 

「 仕事の日に時々買いにくるんだけど、まさか日曜休みとは・・・。よし、お好み焼き好き?」

「 はい」 

「 じゃあ、そっちで」 

車をもう一度発進させると彼女が申し訳なさそうに言った。

「 お兄ちゃん、食べるの早い?」 

「 え?はい。たぶん早いですけど」 

「 熱いと思うけど頑張って急いで食べてね。ごめんよー」

「 ?はい」 

よく分からなかったが、お願いされたので頷いた。人気店で混んでんのかな。



店はすぐ近くでお好み焼きはめちゃくちゃうまかった。が、食べ始めてしばらくすると彼女の言っていたことの意味が分かった。

「 こら!太朗座ってて!」 

少量ですぐに腹一杯になった太朗がじっとしていないのだ。

「 ごめん、お兄ちゃん食べてて、外で太朗みてるから」 

ほんのしばらくは太朗の襟首を捕まえて食べていた彼女も、太朗が彼女の手を振り切り席を離れたところで立ち上がった。

「 はい、急いで食います」 

「 ありがと。ごめんねー」

子連れの外食って大変だな。彼女がテイクアウトを考えていた理由がよく分かった。   

彼女と食事ってことで緊張していた自分が馬鹿みたいに感じた。よし、急いで食うぞー。


交代して彼女も食べ終わって、店を出た。

「 ごめんね、ゆっくり出来なくて」 

「 いや、うまかったです。ご馳走様でした」 

彼女が俺を見て微笑んだ。

「 お兄ちゃん優しいよねえ」

「 言われたことないです」

驚いたのを隠してそう答えたが、やっぱり顔が紅潮する。

彼女の笑みがにやにやに変わる。

「 そして、可愛い」 

「 それも!言われたことないです」 

めちゃくちゃ恥ずかしかったし、子供扱いされているようでちょっと悔しかった。


「 ねえ、優しいお兄ちゃんにお願いがあるんだけどさー」 

彼女が上目遣いで両手を合わせ、正真正銘おねだりポーズをした。驚いて後退ってしまった。

「 な、何ですか?」 

彼女が店の前に立てられた旗と戯れている太朗をちらっと確認してから、俺に視線を戻した。

「 太朗にお昼公園で食べるって言っちゃってたじゃない?このまま帰ると絶対煩いから、公園一緒に寄ってくれたら嬉しいのですけど、駄目?」 

口元で手を合わせたまま、俺を見つめてこてんと首を傾けた。

うう、彼女の女っぽい新しい一面を見た気がする。

「 ・・・・いい・・・・・です」 

「 ありがとー」 

彼女が凄く可愛くにっこりした。可愛い。嬉しい。彼女が喜んでくれるのならどんなことでもやってしまいそうだと思った。




「 良かった。ちょっとゆっくり出来るかも」 

並んで座ったベンチの隣で彼女がふうと息を吐いた。太朗はベンチの前の砂場で同じくらいの年の子供達と遊んでいる。というか、その子供達のおもちゃで遊ばせてもらっている。

「 お友達いなかったらずっとちょろちょろするからね。ついて回る方も大変なのよね。すぐ脱走するから近くに張り付いてないと追いつけないし」 

太朗のジュースを買うついでに買ってもらったコーヒーを飲みながら、太朗を眺めた。

「 元気ですね」 

「 ほんとに元気よねえ子供って。太朗は特にだと思うけど。大人が3歳児と同じだけ動いてると死んじゃうんだってよ」

「 げ、まじで?」 

驚いて彼女をみた。

「 どっかで聞いたの。嘘かもね」 

彼女はへへへと悪びれず笑っている。

「 なんだ」

適当だなあ。彼女が死にそうなほど疲れてるのかと思った。


甘いコーヒを飲んでいた彼女が不意に言った。

「 あ、そう言えば、太朗があの幼稚園に通ってることサダオには」

「 言ってません」 

彼女が明らかにほっとした顔をした。

「 良かったー」 

「 どんだけ付きまとわれてたんですか」 

彼女が何か気まずそうな様子で俺を見た。

「 付きまとわれたことはないよ。高校の時、付きまとわれそうな気がして逃げてたのよ。だからもしかしたら、自意識過剰だっただけかも、あたしが」 

「 いや、絶対付きまとう気満々でしたよ、あいつ。太朗見た後、座り込んでへこんでたし」 

彼女がかなり引いた。めちゃくちゃ嫌そうだ。

「 うわあやっぱり?」 

「 すごいですよね。あんだけ拒否られてんのに全く気にしてないのが」 

「 そういうとこが嫌なのー。どれだけ強く言っても全然通じないんだもん。人の気持ちさっぱり分からないのよね、あいつ。先生になって少しはマシになったのかしら」

「 なってないと思います。でも、こっちが何言っても気にしないから、楽ではあるかな。もっと嫌な教師はいっぱいいるし、宮本が特別嫌いって奴は少ないかも」

「 そうなの?お兄ちゃんあんまり好きじゃなさそうじゃない」 

彼女が笑いながら言った。

そうっすね。席替えられたし、ライバルなんですよね。

「 まあ、俺は。でも女子には人気ありますよ」 

彼女が目を見開いた。

「 そうなの?まあ、先生の中じゃ若いもんね。体型も普通になってたし、スーツのサイズも合ってたし、中身関係なく普通で若いってだけでもてるのかもね先生って」

「 俺もそう思います」 

彼女が俺を見て苦笑した。え?俺何か変なこと言ったか?


「 お兄ちゃんさ、これだけ歳が離れてるとしょうがないのかもしれないけど、普通にしゃべって良いからね」 

「 え?」 

「 サダオと話す時より敬語じゃん。あたし先生でも何でもないんだしさ。太朗と一緒で良いからね」 

彼女が俺から視線をずらし、太朗を見ながら言った。

「 は、はい。いや、流石に太朗と同じようには無理かも」 

彼女が横目でちらりと俺を見ながら言った。

「 じゃあ、サダオ」 

「 いや、それはもっと無理」 

彼女が俺を見たまま目を細めて楽しそうに笑った。

可愛いなあ。

俺がこの人の近くに居られるのは、今日だけだっていうのに。

彼女の笑顔からぎこちなく目を逸らしながら、胸が痛かった。



その後はチョロチョロしだした太朗を追いかけて広い公園内を歩き回った。

彼女の適当な話を真に受けた訳ではないけど、体力は俺の方があるに決まっているのでほぼ俺がついて回った。

太朗は本当に元気だった。移動中もぴょんぴょん跳ねてるし。あれも全部真似して動いてたら実際死ぬかもなと思った。


俺がコンビニに送り届けられたのは17時頃だった。

「 今日は一日中ありがとうね」 

「 いえ、俺も楽しかったし」 

車から降りてくれていた彼女が嬉しそうににっこり笑った。この顔が好きだ。

「 太朗にもばいばいさせたかったけど、起こさないで良い?」 

太朗はここに着く直前またもや寝てしまった。

「 良いですよ。すげえ寝てるし、起こすの可哀想」 

「 そう?」

彼女が口を開けてよだれを垂らしている太朗を覗きこんだ。

もうここでお別れか。1日中一緒に居たのに、腹の中がずんと重くなるほど別れがたかった。

かと言って、次の約束を取り付けることも出来ない。宮本のように軽く食事に誘うことさえ出来ない自分の歳が悔しかった。


「 じゃあ、またね」

またはあるんだろうか。まあ別れの挨拶の定番だからな。彼女にその気があるって訳じゃない。期待するな俺。 

「 はい」 

彼女が運転席に乗り込んだ。

「 ばいばい」 

俺に手を振る彼女の穏やかな笑顔を見て、不覚にも涙が出そうだった。

声を出すことが出来ず、片手をあげることで彼女を見送った。








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