先生さようなら
彼女が笑みを消し、怪訝な表情で宮本を見た。
「 誰?」
「 俺だよ俺!」
「 ごめんなさい。分からないみた、ああああサダオかー!」
彼女が宮本を指差し軽く仰け反って叫んだ。信じられないが二人は知り合いだったらしい。
めちゃくちゃ嫌そうにされてるのに宮本は嬉しそうだ。いつもの悪魔の笑みではない。子犬のような笑顔が気持ち悪い。
「 やっぱりな。お前老けたなあ、最初分からなかったぞ。いや、老けはしたけど前より美人になってるな。何年ぶりだ?高校卒業以来か?こっち戻ってたのか」
宮本のテンションが高い。
「 あんたは痩せたわねえ、別人みたいじゃん。中身は何にも変わってないみたいだけど」
対する彼女は引き気味だ。宮本太ってたのか、女子に言いふらしてやろう。人気がた落ちだな。
「 ちょっと待ってろよ。仕事終わったんだろ、飲み行こうぜ。いや、やっぱり携帯教えてくれ、後で連絡するから」
彼女が俺のほうを申し訳なさそうにチラリと見た。
「 嫌よ。あんた、生徒の前でナンパしてないでさっさと仕事戻りなさいよ。ごめんねお兄ちゃん。こんなのが担任で大変ね。サダオあんた、ちゃんと教員免許持ってんの?」
「 ひでえなあ、ちゃんとやってるよ。三浦だってさっき、いいなって言ってただろ?」
宮本ににこにことそう言われた彼女は、思い切り顔をしかめた。
「 あんただって気付いてなかったから言ったのー。あんたが担任なんて、絶対嫌よ、あたし」
可愛い声と柔らかいしゃべり方にごまかされそうだが、宮本に対する彼女は気持ち良いほど辛らつだ。
しかし、当の宮本は全く動じていない。
「 俺のことはいいから携帯教えろって。場所決めて連絡するから」
彼女がおもむろにドアの前から身体をずらし、窓から中に向かって手招きした。
「 息子の太朗です。太朗、おじちゃんにこんにちはして」
子供が運転席に移ってきて窓から顔を出した。
「 こんちあ!」
愕然として子供を凝視する宮本に彼女が続けた。
「 小さい子がいるから飲みには行けないわ。10年後なら大丈夫かも。いや15年後かな」
宮本撃沈。残念でした。彼女は子持ち人妻なんだよ。彼女が宮本と親しくする気はないことに安心する反面、なんだか俺も一緒に沈められた気分だった。
「 三浦、いつ結婚」
「 ねーおかーしゃーん。もういくー。おやちゅかうーおみしぇいくー」
子供が退屈しだしたようだ。
「 そうだね。もう行こうかー」
彼女は息子に声をかけると、宮本じゃなく俺のほうに向き直ってにっこり笑うと小さく手を振った。
「 じゃあねお兄ちゃん、ばいばい」
なんか、息子の大きいお友達扱いな気が多分にするが、可愛いし、宮本の扱いよりはマシなので文句は言うまい。というか笑顔で手を振る姿が可愛い過ぎて、心臓がばくばくした。
「 ばいばい」
昨日と同じくぎこちなく手を上げ答えた。彼女の苦笑も昨日と同じだ。
車に乗り込む彼女に宮本が何か言いたげだったが、一度開いた口を無念そうに噤んだ。
何も言えないだろう。人妻だぞ。ざまーみろ宮本サダオ。
「 じゃあねサダオ、高校生に迷惑かけない様に先生頑張ってね。お兄ちゃんばいばい」
エンジンをかけた彼女が窓から俺らにそう声をかけ、再度俺に手を振って、転回の為校内に向かって車を発進させた。
ああ、俺がこんなとこで待ってたせいで、彼女は車を右に寄せてたんだな。一応矢印書いてあるのに思いっきり逆走してる。車で来る彼女への配慮が足りず子供っぽいミスをしてしまった自分にがっかりして、そんな事を物ともせず駐車場内とは言え余裕で表示を無視する彼女が彼女らしかった。
駐車場内をぐるっとUターンした彼女の車は、向きを変えてもう一度俺らの前で停止した。
助手席の窓が空いて、子供の顔越しに彼女が俺を見て叫んだ。
「 お兄ちゃん!言うの忘れてたー。あたしの携帯探すのにお兄ちゃんの携帯勝手に借りちゃった、ごめんねー!」
片手をハンドルから外し、ごめんなさいポーズをとりながら眉を寄せ、ごめんなさいの顔をしている。可愛い。
「 全然いいです」
「 ありがとー。ばいばーい」
子供も俺を見ている。一応子供の顔を見て手を振ってみた。
「 ばいばーい!」
俺に笑顔で手を振る子供もかなり可愛い。しかも嬉しい。やばい顔がにやけるぞ。
彼女が俺の顔を見て、また笑いながら車を発進させた。
宮本が長いため息を吐いてしゃがみこんだ。
「 結婚してんのかよ・・・」
宮本、お前はムカつくけど気持ちは分かる。同情はしてやろう。
「 先生さようなら」
項垂れる宮本を残し、さっさとその場を去った。




