(第7話) 予期せぬ 展開へ
主人公レンと 友人・ゆず子の関係。
そして、出揃った 殿方 六人をまとめました。
「では、月城さん。 おやすみなさい」
「あ…… ありがとうございました」
パタンと 扉が閉まる音に続いて、静かに走り去る 一台のリムジン。
「…… なんだったの、今のは……」
なかば 茫然と道路を見つめるが、そこは いつもの住宅街だった。
※ ※ ※
「ちょっと、スゴイじゃないの~、レン!」
「…… スゴイって、言うのかな?」
家に入り、風呂を済ませて、ようやく 布団へと潜り込みながら。
電話の相手は、もちろん 友人の ゆず子である。
「だって、まさか本当に、《王子様・軍団》と お知り合いになるなんて!」
「王子様・軍団…… まぁ、確かにね……」
「なによ、気のない返事ね? レンの好みの男は いなかったの?」
「好みも なにも……」
スゴイ顔ぶれすぎて、何も言えないというのが 正直な本音だった。
若干 十八歳ながら、アメリカの 某大学に通いつつ、不動産を中心に 自ら会社を経営しているという――― 《高遠 雅》。
大手弁護士事務所に勤め、独立も間近とささやかれる 若手ナンバーワンと評判の 弁護士 ――― 《仁科春輝》。
体のことから 心のケアまで 幅広く扱う、患者からの信頼が厚い 医師 ――― 《一ノ瀬 智也》。
海外のショーにも多数出演し、最近では 俳優業にも挑戦しているという モデル ――― 《九条 瑛汰》。
ようやく思い出したのだが…… 自然の風景を中心に撮影している、話題の若手カメラマン ――― 《猿渡 奈央》。
彼の同級生で 幼馴染だという、ホテルのお嬢様 ――― 《九条 紗月》。
そして。
九条グループを 今や背負って立つ、若き 経営者であり。
あの 騒々しい連中の まとめ役になっているという ――― 《九条 葵》。
まさか、パーティーの主催者に会うなんて、思ってもみなかった。
「素敵な 王子様に出会えるって、私が予言した通りじゃない!」
「…… 会っただけで、別に 何もないよ」
「何 言ってるのよ! 電話番号とか、メールアドレスの交換したんでしょ?」
「それは…… 」
自分は する気はなかったのに、なんだかんだと 一ノ瀬に 強引にスマートフォンを取り上げられて。
返された時には、全員の情報が 登録されていたのだ。
「今まで、強引なのは ゆずちゃんだけだと思ってたけど、それを上回る 素早さだった……」
「こら、レン? そういう 可愛いことを言うと、次に会ったときに ちゅーしまくるわよ?」
「…… 拒否したって、結局は するくせに」
「あはっ、当たり前じゃなーい」
そういえば、一ノ瀬の 雰囲気は、ゆず子に似ている気がする。
ちょっと イジワルで、強引で、イヤと 言っているのに、いつも流されてしまうのだ。
興奮気味に話していた ゆず子は、ふいに 声のトーンを落とす。
「まぁ、真面目な話…… 軍団のボスは、どうだった?」
「ボス…… ねぇ」
最後に 部屋に登場した、《九条 葵》。
ひと言で 表現するならば――― イギリスにいそうな、品のある 《紳士》といったところだろうか。
男性との接触が ほとんど無いから、あまり 偉そうなことは言えないが。
今まで 目にしたことはない部類の、落ち着いた 大人の男性。
派手ではなく、でも 地味さはなく。
威圧感は無いのに、貫禄は あって。
指の先まで 優雅で、その反面 どこか 色気を漂わせていて。
見惚れない女性がいるならば、一度 眼科に行けと 言ってやりたいくらい…… とにかく、普通ではありえないような、そんな男性だったのだ。
「レンにしては、珍しく ベタ褒めじゃないの~」
「うーん…… 説明するのにも いい言葉が 見つからないくらい、ほんとに スゴかったんだから」
ああいう雰囲気は、あとから 身につくものではない。
おそらく、彼が 生まれ持った才能であり、魅力の一部 なのだろう。
「…… でも、そんな王子様に、車で 送ってもらったんでしょ?」
「いや、だから…… あれは、仕方なくだよ」
妹・紗月の 《恩人》であり、弟・瑛汰の不注意で 怪我をさせたことに対しての 《責任》だとして。
しばらくの間、送り迎えを させてほしい――― そう、葵は 提案してきたのだ。
「きゃー、素敵な話じゃないの、それ!」
「冗談やめてよ、速攻で 断ったに決まってるでしょ」
「なんでよー、もったいない。 お近づきになるチャンスじゃない!」
「…… いらないってば、そんなチャンスは」
だいたい、葵が 責任を感じる必要なんて、これっぽっちもないのだ。
断っても 頑として 聞き入れてくれないまま、最終的に とりあえず 自宅まで送り届ける…… というかたちで、話が落ち着いて。
リムジンから 下ろされたときには、見慣れた 自宅マンションが、いつもに増して 《質素》に見えて、恥ずかしかったのだ。
もっと マンションの手前の道で 下ろしてもらえばよかったと、後から後悔している。
いくら ゆず子に ドレスアップしてもらったとはいえ。
所詮は、仮初の姿。
自分は、ただの 一般庶民 …… しかも、わりと生活が 《ギリギリ組》なのだ。
「セレブな知り合いなんて…… 私には、荷が重すぎるよ」
生活も、価値観も、きっと 何もかもが 違う世界。
気遅れするだけで、知り合って 友達になろうなどとは――― とても、考えられない。
そもそも、ゆず子と 知り合いというだけでも、奇跡に近いのだ。
「私には…… ゆずちゃんだけで、いいや」
継母と ソリが合わなくて、高校を卒業するまでは、ずっと関東で暮らしていた、ゆず子。
今では和解して、旅館を 協力して盛りたてているために 実家へと戻るが、基本は 東京暮らしのままだった。
学生時代は、ずっと 二人きりで 過ごしてきて。
自分にとっても、ゆず子の 存在というものは、なくてはならない。
「ゆずちゃんだけで、いい」
「もー、レンったら…… 今すぐに 抱きしめたくなっちゃうじゃないのよ」
「…… 次は、いつ 来れそう?」
「週末には、東京に戻るから。 可愛い服でも、見に行きましょ!」
「…… 先に言っておくけど、私は 着ないからね?」
「なによ、私の ささやかな 《趣味》を奪わないでよね~」
この様子では、週末は ゆず子の 《着せ替え遊び》に付き合わされるのだろう。
彼女は 昔から、自分に 可愛い服を あれこれと着せて満足する、変な趣味がある。
でも、それも いいか。
結局のところ、ゆず子がいれば、なんでもいい。
それだけで 満足してしまう 自分には、《王子様》なんて どうせ似合わないのだ。
今日 一日、貴重な体験をしたと思って、また 一週間 頑張ろう。
庶民には 庶民の、厳しい 現実というものが 待っている。
おやすみと 挨拶を交わして、電話を 枕元に置くと。
疲れ切った体には、睡魔は すぐに訪れた。
人生が 百八十度変わってしまう、そんな 《出会い》をしていたことに、このときは 少しも気付かぬまま。
のんきに、眠りの世界へと 落ちていくのであった。
※ ※ ※
翌朝。
バタバタと支度をして、兄の様子を確認してから、玄関のドアを開けると。
「……… え?」
ドアの すぐ脇に、長身の男が 壁に寄りかかるようにして、立っている。
黒の ブランド物のサングラスをかけて、目元は 見えなかったのだが。
個性的な 長髪と、バランスの取れた シルエットを見て、すぐに 誰だか わかってしまう。
「ま…… まさか……」
「お前、出てくんの おせーよ!」
すっと サングラスを外した 顔は。
間違えなく、昨日 会ったばかりの、モデルの 瑛汰だったのだ。
※ ※ ※
時間は 過ぎていって、時刻は 午後七時半。
「…… いつまでも 立っていないで、座ったらどうですか?」
そう 声をかけてきたのは、カメラマンの 猿渡 奈央だ。
「隣で よければ…… どうぞ」
彼は無表情だったが、歓迎されていないわけではないらしい。
断るのも 申し訳なくて、促されるまま ソファに座ることにする。
「……」
「……」
昨夜と同じく、ここは 都内の高級ホテル・クラウンの、特別室だ。
朝、自宅マンションに リムジンで迎えに来たのは、モデルの 瑛汰であり。
職場へと そのまま強引に 送られて。
仕事を終えて出たところで、再び 待ち伏せしていた瑛汰によって、リムジンで 連れ去られてきたのが、二十分前の出来事である。
「…… 瑛汰さんに、悪気はないです」
「…… え?」
猿渡は、テーブルに広げた 写真の山に視線を向けたまま、ぽつりと こぼす。
「あの人、ぶっきらぼうで、ちょっと乱暴ですけど。 …… 昨日のことを 気にして、あなたの様子を見に行ったんだと思います」
「それは……」
確かに、リムジンの中で。
しきりに、足のことを 気にしているようには 見えた。
ただ―――。
「その割には…… 無理やりに、都合も聞かずに、車に 押し込められたんですけど」
「あぁ…… それは、瑛汰さんですから。 あの人には、《都合を聞く》という概念が無いんです」
瑛汰よりは、おそろく年下であろう、猿渡の。
バッサリと 切り捨てるような言い方に、ふっと 笑いがこみ上げる。
遠慮のない扱いは、仲がいい証拠だ。
自分と ゆず子のような 《長い付き合い》を、彼らも しているのかもしれない。
「お付き合いが、長いんですか?」
「まぁ…… そうですね。 元々は 家絡みの 付き合いですけど。 今では、みんな 《当たり前》に、ここに集まりますね」
「へえ……」
彼は 無口の印象があったが、話しかけると 普通に 会話をしてくれるではないか。
なんとなく 嬉しくなって、もう少し 話をしてみたくなっていた。
「それは…… あなたが撮った 写真ですか?」
ソファの前の、ローテーブルに 広げられた、大量の写真たち。
町の公園だったり、山や川、空を写したものばかり…… 思わず、首を伸ばして 覗こうとすると。
くすりと。
静かに、小さく笑う 猿渡の声。
「…… 興味があるなら、どうぞ」
そう言って、写真を手渡してくれたときに、初めて 彼の顔を 至近距離で見る。
うわぁ…… この人、美人だぁ。
昨夜は 後ろに控えていたせいで、気付かなかったのだが。
キレ長の目に、形のいい眉と 唇。
控えめに笑う顔が またギャップがあって、写真よりも 目を奪われてしまった。
「あの…… 失礼ですけど。 俺よりも、多分 年上ですよね?」
「…… えーと、おそろくは」
自分は、二十九歳。
彼は、二十代の中ごろではないだろうか。
「あの、じゃあ 敬語はナシでお願いします。 みんな、俺のことは 名前で呼び捨てですし……」
「えっ……」
恐ろしいことを、サラリという男だ。
敬語ナシ…… というのは まだいいが、会って間もない 男を相手に、気軽に 呼び捨てなど できるはずがない。
「えーと…… 猿渡くん?」
「…… 奈央、です」
「じゃあ…… 奈央くん?」
面食らいながらも、なんとか 彼の名前を口にすると、返事の代わりに ふわりと微笑まれてしまった。
くぅ…… 美人は、男であっても キレイだぁ……。
氷の彫刻のような 奈央の横顔を、こっそりと 観賞していると。
「まぁっ、本当に 来て下さったのね!」
キラキラ おめめの お嬢様・紗月さんと、兄の 葵さんが 入ってくるのが見えた。
駆け足で、プロローグから ここまで来たような感じですが、皆様は いかがでしょうか。
とりあえず、このようなメンバーで、今後の話は 展開していく予定です。
この作品の 《原案》は、水乃が大昔に 書きためてあった 《ネタ帳》から掘り起こしてきた、年季ものでもあります。
当時を思い出しつつ、加筆修正しながら、話を 膨らませていくのは たいへん楽しい作業です。
まだ 登場しただけですが、皆様が 興味のある 殿方は、いたでしょうか。
今後、この六人を基本として、様々な タイプの男性を出す予定ですので、どこかに 好みの王子様がいればいいな… と、願うばかりです。