(第6話) お嬢様と その兄
前半に 登場の 《三人衆》は、おしゃべり組なので、わりと 書きやすいのですが。
後半組は、はたして どうなるでしょう。
ぽすんと、乾いた音が すぐ近くで聞こえてきて。
誰かに、《抱きとめられた》のだと 理解するまでには、かなりの時間がかかってしまう。
「…… え?」
間抜けにも、ゆっくりと顔を上げてみると―――。
「!!」
悔しいほどに 《端正な顔》が、驚いて 自分のことを 見下ろしていた。
男にしては、少し長めの髪。
これで 顔が不細工なら、蹴っ飛ばしてやりたいところだが、彼は 余裕でクリアしているといえる。
猫のような 雅の瞳よりも、ほんの少し吊り目気味で。
好みのタイプではないが、文句なしに カッコイイ男だった。
「…… って、誰だ、お前?」
気遣いも 何もない、ぶっきらぼうな口調に、いっきに 現実へと 引き戻される。
「うわっ…… ごめんなさい!」
見ず知らずの 男性に、転びそうになった体を 抱きとめられていた…… なんて。
乙女の夢だ――― と、はしゃぐタイプではなかった。
そうやって、きゃーきゃー していれば、自分にも もっとバラ色の人生が 待っていたのであろうか。
否、きっと 無理であろう。
自分は、本来 冷めた性格であり、今までの経験が さらにそれを悪化させているのだから。
考えても 仕方のないことを 頭の隅に追いやって、慌てて 男から離れようと 足を動かして。
…… 右の足に、わずかな 違和感を感じる。
「…… あれ?」
久しく 忘れていた、鈍い 痛み。
「もしかして……」
捻った? ――― との、結論に至った瞬間に。
なんと、世界が いっきに 反転してしまう。
「なっ……」
「お前、今 足でも 捻ったんじゃねーの? ちょうど医者がいんだから、みてもらえば?」
そう言いながら、お姫様抱っこで ソファまで運んでくれた、その長髪の男は。
自分の記憶が正しければ。
世界的にも 活躍している、モデルの『EITA』だったのだ。
※ ※ ※
「…… ほい、完了」
一ノ瀬の声に はっと我に返って、自分の足を 確認する。
右の足首には、湿布を貼られたあと、包帯が丁寧に巻かれていた。
もちろん、手当てをしてくれたのは…… 目の前で ニヤニヤしている、一ノ瀬である。
「さすが、お医者さんだね、智くん。 普段は、全然 そうは見えないけど~」
「そんな 可愛いことを言うと…… 注射すんぞ、雅?」
「残念でした~、僕は 注射ごときで 騒いだりしませーん」
騒々しい 二人を無視して、相変わらず キラキラ王子の 勢いは止まらない。
「かわいそうに…… 痛むだろう? 帰りは、僕が車で送っていくから 安心してね?」
「…… 本当に、お気持ちだけで 充分です、仁科さん」
「まだ、そんな 《他人行儀》な呼び方をして…… 遠慮なく、名前で呼んでくれて構わないのに」
「いえ、とんでもないです」
むしろ、こちらの方が 構うんだ――― ということが、この男には 通じないのだろうか。
「あの…… ありがとうございました」
抱きとめて、助けてくれた相手…… EITAに向かって、頭を下げた。
床に向かって 顔からダイブするのを免れたのだから、いくら感謝しても足りない。
すると、雅が すかさず会話に加わってくる。
「え~、お礼なんか 言わなくていいのにー。 だいたい、瑛くんが しっかりと支えてあげないから、レンちゃんが 怪我したんだからね!」
「何だよ、俺のせいなのかよ!?」
「…… 確かに、扉を開けたのは 瑛汰だし、レンを支えきれなかったのも 瑛汰だな」
「原因は、すべて 瑛汰を指しているね。 どうする、レンさん? 瑛汰のこと、訴えようか?」
「いや、ちょっと 待って下さいよ、皆さん?」
冗談なのだろうが、このメンバーが 口にすると、冗談に聞こえないから 恐ろしい。
パランスを崩した拍子に、足首を捻ったみたいだが、一ノ瀬の 迅速な処置のおかけで、大事には至らなそうだ。
「一ノ瀬さんも、手当て ありがとうございました」
「手当と称して、ちょっと レンちゃんに 触りすぎなんじゃないの、智くん」
「お前に言われたかないねー。 子供ぶって、ベタベタしているくせに」
「…… レンさん、この際 二人まとめて セクハラで訴えてしまおうか?」
「ちょっとー、聞き捨てならないな、ハルくん?」
「一番 際どいのは、むしろ ハルさんじゃないの?」
――― 今の意見には、両手をあげて賛成したい。
キラキラ王子の 言動は、最初から 一貫して、さりげなく ヤラシイから困る。
そして、男三人とは 若干 距離を置いたまま。
何故か 先程から ソワソワと落ち着かない様子なのは、EITAだ。
「話を戻すけど…… お前、誰なわけ?」
彼の疑問は もっともだと思う。
どう見ても セレブな男・三人衆に、からかわれつつ 口説かれているように見える、この状況。
誰が どう見ても、おかしい。
「ウチのホテルに、何で 《一般人》がいんだよ?」
「ウチのホテル……?」
一般人という 差別的な表現は、ちっとも 気にはならなかった。
むしろ、ドレスアップしているのに 貧乏くさく見られていることに、おかしくなってくる。
そうではなくて、今の 言葉……。
改めて、EITA という男を、眺めてみた。
先程のパーティーに出席していたのか、ラメ入りの 黒のスーツを自然に着こなしていて。
ほどよくついた筋肉に、バランスのとれた しなやかな肢体。
さすが、モデルだ。 雰囲気にも 華がある。
「………」
ウチの …… と言うからには、彼も 九条グループの関係者なのだろうか。
お金持ちで、モデル? はぁー、女の子に モテモテなんだろうなぁ。
先程の お嬢様とは、親戚?
それにしては、雰囲気が 違いすぎる気もするし―――。
もの珍しさに、じーっと 見つめすぎたせいなのか。
とたんに、EITAの顔が みるみる 赤く染まっていく。
「え……」
なんだか、初々しいとも呼べる 意外な表情に、ますます興味を引かれて見ていると。
我慢の限界に達したのか、彼は うがーっと 叫び始めた。
「つーか、お前らも なんなんだよ! 《こんな女》、いったい どこから連れてっ……」
こんな女、ときたか。
正しいのだから、何も言い返す言葉がない。
「うーわー、瑛くん 最悪~」
「照れ隠しだろ」
「女性に向かって その言葉づかいは見過ごせないね」
「――― 本当ですわ」
EITAを責め ヒートアップする男たちの後に続いて、女性の声が響く。
「私の恩人である方に向かって、なんて 口のきき方なのかしら? 今の発言は 許せないわ」
「げっ…… 紗月まで……」
声の主は、着替えに出ていた お嬢様だった。
「無礼な男で 申し訳ありません――― その男は、九条 瑛汰。 私の 二番目の兄です」
「…… へ?」
お嬢様は、驚くべき事実を投下してきたのである。
※ ※ ※
「ご挨拶が遅れました」
濡れたドレスから、すっかりと着替え終わった お嬢様は、上品なブラウスと フリルのスカートを身につけていて、ため息が出るほど 可愛らしかった。
「わぁ…… 可愛い」
思わず、本音が ポロリと出てしまうと、お嬢様は 頬をポッと 赤く染める。
あ…… こういう反応は、兄だといった EITAと、よく似ているようだ。
「私は、九条 紗月と申します。 先程は、助けて頂いたのに…… お待たせしてしまって、ごめんなさい」
ペコリと 頭を下げられてしまうが、お嬢様――― 紗月さんに、謝られることは 何もない。
「えっ…… あの、気にしないで下さい。 助けたといっても…… 結局、私は たいして役には立ってないし……」
田嶋という男の間に 割って入ったはいいが、腕を掴まれてしまい、救出には 至らなかったのだ。
仁科が来てくれなければ、おそらく 大声を上げていたかもしれない。
そうなると―――。
誰かが 駆けつけてくれるのは、いいとして。
ただ、その分 騒ぎになってしまい、紗月さんに かえって《迷惑》をかけていたかもしれないのだ。
「私の方こそ、考えが足りなくて ごめんなさい」
上手に 田嶋を追いやってくれた、仁科にも 頭を下げる。
キラキラ王子でも、さすがは 弁護士。 自分よりも、対応が 数段 オトナだ。
騒ぎにすることなく 相手を追っ払える技術は、ぜひ見習いたいと思う。
「………」
「………」
「………」
部屋に落ちる、しばしの 沈黙。
やっぱり、呆れられているのかなぁ……。
気まずいが、いつまでも そうしているわけにもいかないので、頭を 上げてみると。
何故だか、瞳を輝かせる お嬢様と、バッチリ目が合った。
「??」
「まぁ…… なんて、《謙虚な方》なのかしら!」
「…………… はい?」
とっても ズレた発言に、思わず ドレスの肩ヒモが落ちそうになる。
謙虚って、何だ。
自分は、当たり前の 事実を言ったまでなのだが。
「今の、お聞きになった? ねぇ、奈央くん!」
少し 興奮気味に、お嬢様は 背後にたたずむ人物にも 声をかけているし。
「ええ…… はい、まあ」
この 派手なメンバーの中では、少し 地味な雰囲気の男が、戸惑い気味に答える。
瑛汰よりも もっと目を鋭くした、クールな印象の 青年だ。
あれ、この人も どこかで見たことがある……。
猛スピードで 記憶を辿っていくが、すぐには 答えまでいきつかなかった。
「そういえば、私の方こそ 申し遅れました。 月城 レンです。 今日は、友人の代理として パーティーに出席していただけなので―――」
もう、帰ります…… と言おうとしたのに、お嬢様に 再び 手をとられて、動けなくなってしまった。
「レンさんと、おっしゃるのね…… 素敵な お名前だわ」
いやいや、私のは いたって 普通ですよー。
一般人が そんなに珍しいのか、紗月お嬢様は 簡単に解放してくれそうもない。
可憐な 女の子を ふりほどくわけにもいかず。
立ち上がったのに、しぷしぷ ソファに 逆戻り。
右側に お嬢様。
左側には 雅くん。
こんな 展開、いったい 誰が 予測できただろう。
煌びやかな 有名人に囲まれて、気力ポイントが ゼロになってきた、そのとき。
「こら お前たち…… 困らせてはだめじゃないか」
穏やかでいて、どこか 甘い声。
一度 聞いたら忘れられない 魅力的な声は、静かに その場を圧倒させるだけの 《威力》を兼ね備えていた。
次回で、ようやく 殿方六人が 出揃う感じとなります。
一人ずつの 説明などは、話を進めるうえで 少しずつ見えてくると思います。
連続更新しますので、そのまま 次の話へとお進み下さい。




