(第34話)甘いささやき
計画的に、用意周到に。
狙った獲物を、有無を言わさず追いつめて、確実に 《仕留める》。
家の中では長男として、常に 年少の弟と妹に 譲ってきた自分は、一歩 外に出れば 《負けなし》だった。
情報収集と、心理的操作。
手に入れる時こそ、慎重に。 攻めるときと、様子見のときと、いつだってタイミングが重要だと、経験上知っている。
「……… どうかなさいましたか、旦那さま」
休日、絶対に他人には見せられない 《ぐたっとした表情》になっていたところを、うっかり 執事に見られてしまった。
「…… 別に、何も」
ぶっきらぼうに言ったのには 訳がある。
この初老の執事には、何もかも お見通しなのだ。
子供の頃から傍にいて、どんなに繕ったって 過去を知られている人間には敵わない。
「打つ手なし ―――― そんなところでございましょう?」
「打つ手も、なにも ………」
家に連れてきても、会社に引き抜いても。
結局は、それだけ。
ウブな彼女には、いきなり 押しても無駄かと考え、外堀から埋めていくつもりだったのに。
強引にも 直球で迫ったらしい雅や、最初から 口説き通している一ノ瀬や仁科の方が、彼女に 《男》として認識されているとは。
「スタートを間違った ……… そう、お考えですか?」
「………………」
「間違えたと思うなら、戦法を変えればよろしいでしょう?」
「……… うるさい」
有効な手段を決めかねているから、悩んでいるのではないか。
「何を、そんなに お悩みなのですか?」
「それは ……」
「情報収集を怠るから、そんな風に 行き詰まるのです。 ご家族は? ご友人は? 得られる情報源を、すべて回りましたか?」
「……… 当然だ」
「じゃあ、ご本人は?」
「それも、もちろん ………」
彼女が 何を好きで、何が 嫌いで、何に 興味を持つのか。
基本的な情報は、一応 揃っているというのに。
好きなものをチラつかせても、彼女は 食いつかないだろう。
贅沢品は嫌いだし、押しつけがましいプレゼントなども、逆に不信感を持たれてしまう。
食事に誘っても断られてしまうし、デートなど 更にハードルが上だ。
話しかければ、正直に話をしてくれるのだから、いくらでも 攻め入る隙はあるというのに。
「……… 何を 情けないことを漏らしておいでですか。 お父様がお聞きになったら、さぞ ご心配なさることでしょう」
「嫌な事を言わないでくれ」
「まったく、それでも 九条家の男ですか。 しっかりなさいませ!」
弟と妹の前でも、このような姿は 一度も見せたことは無い。
理想的な息子であり、理想的な兄としての役目を、常に完璧にこなしてきた。
完全無欠の、貴公子。
女性の扱いに関しても、見誤ったことなどないというのに。
「彼女にとって、俺は ……… って、ちょっと待て、何をしている?」
「何を、と? ご覧になって おわかりになりませんか? 電話をかけているところでございますが」
執事の小野田がSッ気のある男だということを、こういう時ほど 嫌というほど実感する。
「相手先は、《ご想像の通り》でございますが、………… 何か?」
「…… 小野田、お前 ……」
「わたくしめに 毒づくヒマがおありなら、愛の言葉の一つでもおっしゃったらどうですか。 まったく、よい歳をして情けない。 他の仲間の方々のほうが、よほど 潔いと思いますけどね」
反論したくても。事実だから できない。
「有効な手段が無いなら、見つけるまで 粘るのが男でしょう。 さあ、葵様」
繋がってしまった電話を押し付けられて、出るしかないではないか。
「…… あ、あのー」
電話口から、彼女の 戸惑った声が聞こえて、一瞬で緊張感が増す。
有効手段が、思いつかないならば。
「突然のお電話で 申し訳ありません。 ただ、もし、あなたさえ よろしければ ………」
小細工など、彼女には 不要。
むしろ、本人を前にしたら、そんな余裕など無く。
「……… ?」
「――――――――― 会いたいんです」
「!」
何をしたいとか、どこに行きたいとか、あるわけでもないが。
「ただ、あなたに 会いたいんです」
「…… え、え、あ、あの ………」
耳まで真っ赤になっているであろう、彼女の顔が想像できる。
震える声に、今すぐ 飛んで行って触れたいという欲求が、自然と溢れ出す。
ああ、そうか。
嫌われたくなくて、近づくことを恐れていたとは。
「まったく ……… いい子ぶる 《悪いクセ》を直しなさいと、以前から申し上げているでしょう?」
本当は、ものわかりのいい男ではない。
人並みに、どす黒いモノだって抱えているし、男としての欲求だって ある。
ただ、それを うまく隠しているだけ。
気付かれないように。
紳士の仮面を 被っているだけ。
本当は、わがままで、強引で。
攻めるのが好き。
「さあ、行ってらっしゃいませ」
玄関ドアを 恭しく開ける執事に促されるまま。
「……… 出かけてくる!」
「ご武運を」
年相応の 恋する青年の姿を、執事は静かに見送った。
※ ※ ※
「レン? 葵さん、何だって?」
ゆず子と 久しぶりの《お買い物デート》の途中、突如入った わけのわからない 電話。
「ねー、何て言ってきたのよ?」
「それが ………」
ゆず子とでかけていると、きちんと伝えた。
それなのに。
「何だか、ひどく焦っていたというか …… どうしたんだろう」
「何かあったのか ――― なんて、まさか マヌケなこと 言わないわよね?」
「え?」
何か あったからこそ、急に 《会いたい》だなんて言ってきたのではないのか。
「もー、ばかばかばか! レンの 鈍感!」
「な、何が ……」
「急用とか、緊急事態なら、先に 軽くでも 《要件》を言うでしょうが!」
「だって、焦っているときって、そこまで頭が回らないことだって ……」
「お・ば・か! 相手は、あの 九条 葵よ? 緊急事態なら なおのこと、ビシッと対応できるようでなきゃ、大会社のトップなんて勤まらないでしょうが」
「そーかな ……」
確かに、言われてみれば そうかもしれない。
《よろしければ》と、いう言葉は、緊急事態とは結び付きにくいか。
「じゃあ、何で?」
「だから、会いたいから ―――――― でしょ?」
「会いたい …… ?」
「ちょっと、待って、レン。 この期に及んで《何で》とか言ったら、問答無用で ちゅーしまくりの刑に処すわよ」
「……………………… えへ」
「えへ、じゃないわ! もーわかったわ、あんたには 一から教え込まないとダメなようね …… 来なさい!」
「どこへ? これからランチじゃないの?」
「王子様がくるんだから、王子様とデートに行きなさい!」
「え、だから、何で? そもそも、デートとか、そんなんじゃないし ……」
「あんたに拒否権は無し、よ。 いいから、私にまかせて」
「…… やだ、そういう顔の時は、たいてい 《ろくでもない事》しか 考えてないし」
「うるさーい!」
「だから、ちょっと、どこに行くの?」
「二十分、じっとしてなさい」
「に、二十分?」
『二十分で、《お姫様》にしてあげる』
※ ※ ※
「…………………………」
帰りたい。
ものすごく、この場から 立ち去りたい。
以前、ゆず子の代理で出席した パーティーの時と同じような、居心地の悪さ。
ゆず子に連れられて入ったショップで、普段なら 絶対に着ない、甘々な洋服に着替えさせられて、おまけに メイクまで施され。
鏡を見るのが、怖い。
そろそろ 葵が到着する頃のはずだが、やはりトイレに駆け込むべきだろうか。
元より、簡単なファンデーションくらいしかしない自分にとって、目元やら口元やら、何かを塗られるということが 恐ろしくてたまらない。
平凡な顔立ちでも、化粧映えする人は 実際に いる。
けれど、自分がそれに該当するかといえば、答えは 否、だ。
よほど似合っていないのか、先ほどから 何となく、チラチラと見られているのは気のせいではない。
可愛くはないと、昔から 散々言われてきた。
聞こえよがしに、《ブサイク》と言われたことだって、数知れず。
メイクをしたって、劇的に変わるどころか、かえって 醜くなるのではないか。
しかも、来るのは 九条 葵。
休日の 真っ昼間、人通りの多い場所で、葵と並ぶなんて 耐えられそうもない。
「………………… やっぱ、帰りたい」
「――――――― 帰らないでください」
「!」
惨めで、情けなくて。
容姿にも、メイクにも、コンプレックスしかない自分が、足掻いたって無駄だ、と。
思わず漏らした声に、まさか返事が返ってくるなんて。
振り向くのが、怖い。
「…………… 月城さん」
「………… あの、ごめんなさい。 やっぱり、今日は、その ――――――」
「顔を、見せて頂けませんか?」
「!」
捕まえられた手が、熱い。
五センチのヒール靴なら走れると考えていたことを、あえなく阻止されて。
強行突破しか、道は残されていないか。
「……… あなたは本当に、男を煽るのが 上手だ。 そんな風に 逃げようとされれば ――――――」
よけいに、離したくはなくなるでしょう?
「!!!」
耳元で囁かれた 甘い声に、悲鳴をあげなかったのは 奇跡に近い。
くるりと体を反転されて、あえなく向き合うかたちになる。
今、自分は絶対、変な顔をしているはずだ。
メイクもそうだし、それ以上に。
「………… 耳まで 真っ赤ですよ、月城さん」
「っ……」
「あまり、そういう可愛い顔をされると ―――― まいったな、醜態をさらしてしまいそうだ」
「……… え?」
《醜態》という言葉が、葵の口から出てきたことに、少しだけ驚いた。
「どこか、場所を移しませんか? ここは、人が多い」
さりげなく、だが 絶対に逃げ出せないように。
腰を抱かれたまま、どこへともなく 歩き出す。
「わがままを承知で、申し上げますが」
「へっ ……?」
今日一日。
「あなたの時間を、わたしに頂けませんか?」
「な、何で ……」
「もちろん …… 嫌だとおっしゃられても、連れ去るつもりですが」
多少、強引な部分があるのは、家に招待されたときから 知っていた。
人の話を 聞かないのも、こういう立場で育った人ならば、ある程度 目をつぶるべきかとも思っていたが。
以前と、声が違う。
正確には、声に宿る 《熱》が、違う。
「………… …………」
何かを言いたいのに、何も 言葉が出てこない。
普段より 細められた、妖艶な視線。
これまで、わざと 封印していただけだと、今更ながらに気付く。
「……………………… 可愛い」
低く、かすれ気味の 囁きに、へたり込んでしまいそうになった。
さすがに、わかる。
今、まさに。
自分は、口説かれているのだと。




