(第33話) 僕と 恋をしよう
急激な変化についていけないのは、自分だけではないと思いたい。
仕事が変わり、住むところも変わり、出会う人の種類も 今までの生活からは想像もできない事ばかりが、短期間に起こりすぎて。
何だか、オーバーヒートを起こした 機械のようであり。
「……… 久しぶりに本屋に入った途端、この 《仕打ち》は、なに?」
最新刊が置かれているコーナーで、目に飛び込んできたのは、店員さんが書いた 手作りの《宣伝文句》。
『一年ぶり、待望の最新刊! まさかの急展開!』
急展開は、いい。
お目当ての作家、小林 アサヒの本は、いつだって急展開だ。 読者を退屈させない点においては右に出るものはいないといっても過言ではない。
けれど、時折 あまりにも突飛な方向に進みすぎて、若干 読者が置いてきぼりのような感覚に陥ったり、ジェットコースターな展開すぎて、次第に読むことが疲れてしまう、という事態にもなる。
数あるシリーズの中で、今も読み続けているのは、中華風の国を舞台にした 歴史ファンタジーだ。
たいていの読者は、明るくて活発な 主人公の少女と、その恋人役である王子様(公子様)との恋愛に人気が集中しているのだが、自分は あえて違う。
なんといっても、二人を囲む脇役のキャラクターたちの、素晴らしいことといったら!
思わず、ぐっと拳を握ってしまっていたことに気付いたのは、背後で感じた 《人の気配》のせいだった。
本屋なのだから、人がいて 当たり前。
しかし、本能というべきか、自分の中での 《危険センサー》が働いたをいうべきか。
なんとなくイヤな予感がして、それとなく 振り返ってみると ――――。
「!!!」
振り返らなければ、よかった!
むしろ、振り返らずに、速攻で 逃げるべきだった!
「……… こらこら、何で 逃げようとするんだ? ん~?」
がしっと、想像以上に強いチカラに捕まっては、逃げることは不可能であり。
「俺の顔を見て 逃げるだなんて ……… お仕置きされたいのか、レン?」
「!!!」
耳元に 息を吹きかける仕草が、こんなにも似合う男を、自分は 他に知らない。
店内からは、突如始まった 《色男劇場》に、黄色い悲鳴が上がる。
一応、説明しておこう。
今日は、休日、日曜日。
時間は お昼直前の、日も高い時間であって、お客さんも けっこういる、そんな状態で。
「なに、怪しい 《夜の雰囲気》出してるんですか、一ノ瀬さん!」
ある種の、イジメだ。
こんな 《見世物》のようなやり取り、わざとでなければ なんなのだ。
「失礼な言いぐさだな。 俺は、自分のモノを他人に見せびらかす趣味はないぞ?」
「さりげなく、監禁が好みとか言うのも やめて下さい!」
「…… ねー、トモ。 レンさんに触り過ぎじゃないかな?」
黒い瞳にばかり気を取られていたのだが、本日は もう一人、厄介な人がいた。
ぱしんと、小気味よい音を立てて、一ノ瀬の拘束から解放されたが、すぐさま別の人物に 取って代わるだけ。
「約束もしていない休日に、偶然 出会うなんて、なんて運命的なんだろう! ああ、今日も 可愛いね、レンさん」
「………………」
―――― 間違えなく、嫌がらせだ。 嫌がらせでなければ、タチの悪い通り魔だ。
一ノ瀬と同様、キラキラ王子・仁科は、昼間に出歩いていては いけない。
通常、あり得ないほどの イケメン揃い踏みに、女性客が一気に押し寄せてくる。
もう、本なんて、どうでもいい。
一秒でも早く、この場から 立ち去りたい。
「そうだね、早く 二人きりになれる所へ行こうか」
「待て 待て 待て。 ハルさん、今 思いっきり 俺の存在忘れてただろう」
「レンさんを目の前にして、トモなんか 興味ないよ」
「公衆の面前で、誘拐宣言 してんじゃねーよ」
自分を挟んで、何やら 妙な火花が、バチバチと音を立てている。
ああ、猛暑もようやく落ち着いたというのに、クラクラしてきた。
「……… レンさん?」
「…………… おい、レン?」
ここのところ、疲れていたからかな。
環境の変化に加え、度重なるストレスと、重圧と。
自分では、けっこう 《強い》気で いたんだけどなぁ。
何だか、本当に、二人の声が遠のいていく気がする。
そもそも、本屋に来たことも、夢なのかな。
もしかしたら、自分は まだベッドの中で寝ているのかもしれない。
そのまま、崩れ落ちるようにして意識を失った自分が、ようやく目を覚ましたのは、その日の夕方になってからだった。
※ ※ ※
「……… 気分は、どう?」
柔らかい声は、仁科だった。
一日 天気がよかったからか、オレンジ色の夕日に照らされた顔からは、疲労が みてとれる。
仁科だって、日頃から疲れているのに、今日は自分のせいで心配をかけてしまったようだ。
「……… ごめんなさい、迷惑をかけて」
「謝ることなんて、何もないよ。 トモの話だと、軽い貧血みたいだから」
大事に至らなくて、よかった。
「………」
仁科は、優しい。
会って、まだ間もない自分に、どうして ここまで、優しくできるのだろう。
そんな思いが 顔に出ていたのか、仁科は静かに笑う。
「レンさんて ……… ほんと、素直で可愛いね」
「…… どこが、ですか」
「んー、色々。 たくさんありすぎて、うまく説明できないけどね。 …… 聞きたい?」
そう言われて、聞きたいような、聞きたくはないような。
「っていうか、ここは どこなんですか?」
「ここ? 僕の、お城」
「はっっ?」
一気に、思考回路が現実へと戻る。
「だって、僕の自宅が、一番近かったんだから。 さっきまで、トモという お医者様もいたんだけどね」
急用ができて、帰っちゃったんだよねー。
つまり、は。
「僕の家で、僕のベッドに横たわる、可愛い 《眠り姫》状態 ――――― だったんだよね、レンさん?」
「な、な、な ………」
「はい、落ち着いて~。 いくら僕でも、病人に対して 《悪さ》するほど、人でなしじゃぁ ないよ?」
「………… 病人じゃなければ、悪さするんですか?」
「ふふ、まだ ぼーとしているのに、そういうところは手厳しいね」
起き上がろうとしたところを、先回りして 制される。
「もう少し、横になっておいで。 いい子だから」
「……… もう、大丈夫です。 帰れます」
「――――― 君の、そうやって強がるところが ………」
放って、おけない。
「……… え ………」
優しい笑顔と 言葉なのに、心臓にまっすぐ突き刺さった気がした。
必死で保っていたものを、容赦なく 破壊されていくような感覚。
「ごめん、君を 傷つけたいわけじゃないんだ。 君を、馬鹿にしているわけでもない」
僕は、ただ。
「――――――― 抱きしめて、あげたいんだ」
大丈夫だ、と。 一人で やれる、と。
押しつぶされそうになりながらも、立ち続けている君を。
「抱きしめて、甘やかしたい。 うーんと、わがままを聞いてあげたい」
そして、その重みを、半分わけてほしい。
「君は、お互いのことを まだ余り知らないくせにって、思うかもしれない。 でもね、レンさん」
仕事柄、毎日いろいろな人を見ている。
「だからね、自然と わかるよ。 君のように、《根は素直な人》は、特にね」
誰かに、助けを求めることが、できない。
これは、自分の やるべきことだから、と。
「自分に厳しい面は、確かに美徳ではあるけれど、いつも そうやってばかりいたら、君の心は 疲れてしまうよ?」
だって。
だって、だって。
「本来の 《君》は、本当は 《甘えん坊さん》なんじゃ ないのかな?」
「……… 違います」
「誰かに寄り掛かったら、自分の足では 二度と立てないからって、そう思ってる?」
「……… だから、違います」
的外れなことを、言わないでほしい。
「責めているわけじゃないよ。 ただ、甘えることが 《悪いこと》だと、思ってほしくないだけ」
「そんなこと ………」
じゃあ、どうすればいいというのか。
これまで、ずっと そうやって、歩いてきたというのに。
そうしなければ、とうの昔に、ダメになっていたというのに。
「ね、レンさん?」
僕と、恋をしよう?
「……………………… はい?」
「僕が思うに、君は 《初恋》って、まだなんじゃないのかなぁ」
「ば、ば、馬鹿にしてるんですか!」
「違うよー、確認だよ、確認。 でも、どう? 正直に、これまでに、強烈に 《誰かが好きだ~》って思うこと、あった?」
「………………」
悲しいかな、こういう時の 上手な 《かわし方》が、とっさに出てこない。
「別に、それが悪いってわけじゃない。 君の心をとらえるような、《イイ男》がいなかったって事、ただ それだけだからね。 だからこそ、僕なんか、どう?」
以前、ハンバーガーショップで、そういえば言われたことがあったっけ。
『結婚の相手、僕なんかどう?』と。
ある意味、物凄く自信過剰で、恥ずかしい男だといえる。
「……… じゃあ、仁科さんは、ものすごく 《イイ男》、なんですか?」
悪態をつきたくて、しょうもない反論をしてみるが、こういう部分こそが、自分が 《お子様》だと証明しているようなものだった。
「そうだね、それなりに自信はあるかな」
「……… うわー、真顔で言うとは思いませんでした」
真面目に答えてくれるのは、相手が 大人だからなのか、仁科だからなのか。
甘えたいと、いつだって思っていた。
誰かにすがって、助けてほしいと、何度も言いそうになって。
実際に、できるわけがない。
自分以外に、世の中 誰も助けてはくれないのだ。
友人のゆず子に、借りを作るのも、イヤ。 それでは、対等ではなくなってしまうから。
ああ、そうか。
甘えたい 半面、依存するのが 怖いのだ。
見くびられるのも、いや。
我ながら、なんて 我儘で、傲慢なんだろう。
「私って ……… 多分、ものすごく、面倒くさい性格なんです」
「単純より、よっぽど 人間味があっていいじゃない」
「単純なところだって、ありますよ? 考えが浅いとか、狭いとか、融通がきかないとか」
「そういう自虐的なところも、可愛いね」
……… この男の感覚は、どうも おかしい。
こんな自分の、どこに 可愛げがあるのだろう。
「自慢じゃないですけど、今まで 《かわいい》なんて言われたこと、一度だって ありませんけど?」
「おかしいなぁ。 それは、他の男に 《見る目が無い》だけか、単に 口に出せなかっただけなんじゃ?」
仮にそうなら、こんなに 異性から遠ざかった人生は送ってはいないはずなのだが。
「まだ、君のすべてを知っているわけじゃないから、僕にも わからない。 でも、きっとね、僕が想像するには」
恋をした君は、きっと 他の誰よりも。
「今よりも もっと―――― 可愛い表情を見せてくれそうな気がするんだ」
「……… は、恥ずかしいこと、よく言えますね」
「恥ずかしい? 恋を することが?」
ああ、もう。
仁科の口から飛び出す言葉は、どれも むず痒くなって、しかたがない。
無意識に、首元に手を当てると、熱をもっていることがわかった。
おそらく、頬は 真っ赤になっているだろう。
「……… やっぱり、可愛いなぁ、君は」
「だから、なんで そうなるんですか」
物語の中でさえ、ここまで 恥ずかしい男は、そういない。
体調は回復したはずなのに、違う意味で クラクラするようだ。
さすが、キラキラ王子。
そんな王子に 口説かれている自分は、いったい 何なのだろう。
醜いアヒルの子?
いつかは、きれいな白鳥のように、変身する時期がくるのであろうか。
「ごめん、一気に 色々言ったら、混乱させるだけだったね。 今日はもう少し、休んだ方が いい。 夜はちゃんと、送っていくから」
自宅ではなく、ゆず子のマンションへ。
「どうして、知って ……?」
「僕が、知らないとでも?」
今は、ゆず子のマンションに 一時 身を寄せていることを。
「好きな人を 振り向かせるには、まずは 情報収集…… が基本だよ?」
「………」
「さ、いい子だから ―――― もう少し お休み」
促されて、柔らかく 頭を撫でられる。
暖かくて、大きな手は、知らない男の人の手だ。
『僕と、恋をしよう』
こんなセリフを、言われる日がくるなんて、思いもしなかった。
会えば、ひたすら距離を詰めて ガンガン押してくる、変な人。
そういう印象しか、なかったのに。
今日の仁科は、意外だった。
思っていた以上に 大人で、そして その分 したたかで。
お子様な 自分の心を、いとも簡単に、揺さぶることが可能で。
『抱きしめてあげたい』と言われたが、それを そのまま信じられるような、素直な性格はしていない。
そんな風に、本当に 自分に対して思ってくれているのか、どうしても 信じることができない。
自分自身、可愛いとは 到底思えないのだから。
「可愛いよ、君は、とっても」
「………」
ぐるぐると 答えを見つけられないまま。
その日は、、再び 夜まで眠ってしまったのである。




