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(第27話) 身の丈にあった  《選択》

  ため息なんて、つきたくは ない。

  周囲にも迷惑なことだし、自分でも 気を付けてはいるのだが。


「……………… はぁ」


  誰もいない、昼時の 《屋上》くらいなら、許されてもいいかな、なんて思う。


  本来なら、きちんと食堂に行って、絶品ランチを堪能している時間に、一人 こんな所で 何をしているのかというと ――――― 。


「…………… あーあ」


  原因は、朝一で届いた 三通の携帯メール。

  送り主は、《親戚の人》と、兄の 《別れた奥さん》と、自分の 《甥っ子》だった。


  すべてが 同じような 内容 …… つまり、早い話が 《お金の催促》である。


「…… いくら、《九条》の会社に入れたからって ……」

  最近、交流の少ない親戚からの こういった金銭の要求が、急激に増えていた。


  確かに、薄給だった 以前のクリニックの給料の、約 二倍近くの契約をもらった。

  実力ではなく、十中八九、社長である 《九条 葵》の好意によるものであり、社内では 《あまり良くない噂》をされていることも自覚している。


  学歴も無いし、会社勤めも初めて。

  自分なりに 《必死》にやってはいるが、足りないものばかりで、落ち込むことの多い 毎日の中。

「だからこそ、頑張らなきゃって、やってるのになぁ ………」



  うつ病で 働けない状態の 《兄》に代わって、甥っ子二人の 《養育費》を肩代わりしてきた。


「ちゃんと 《先月分》は振り込んだはずなのに …… お金が無いって、どういうこと?」

  兄の 元奥さんからは、容赦ない 怒りのメールはくるし、甥っ子からも、泣きのメールが送られてきたのだ。


  『叔母さん、お願いだから お金を送ってください』


「……… わけわかんないよ ……」


  いくら給料が増えたとはいえ、自分たち 家族三人だけで 精一杯だと思っているのは、間違っているのだろうか。

   《足りない》と言われても、これ以上 どうすればいい?

「……もっと、働かなくちゃ いけないのかな」

  副業は、基本的に 禁止のはずだが ――― 。



  誰もいない屋上は、とても静かだった。

  ビルの下から聞こえる 忙しない車の音しか聞こえない。


「……… しっかりしなきゃ」


  まだ、意識が甘いのかもしれない。

  もっと もっと、上手くやれば、こんなことくらい、どうってことなくなるのだろうか。


  両肩に、ずっしりと掛かった重みが、さらに食い込んでくる気がする。

  金銭的にも、気持ち的にも、現実に追いつかなくて。

  ただ 《途方に暮れる》しかないなんて。

「……… バカバカしい」


  自分の手には、いつも何も 残らない。

  時間が過ぎて、目の前の金額を稼いで、振り込んで、ただ その為に働いて、それだけ。


  空は、こんなに青いのに。

  自分は なぜ、コンクリートに座り込んで、ため息をついているのだろう。

「…… なーんにもしないで、ぼーっと寝ていたいな ……」


  何も 考えずに、何も 恐れずに。

  そうできるほど、図太くもないから、嫌になる。

「所詮は、小心者ですよー …… どうせね」


  デートが なんだと、浮かれていたのが恥ずかしいではないか。

「私には …… やっぱり 縁のない世界の話なんだろうね」  

  

  仕事を充実させる為にも、プライベートは しっかり羽を伸ばすことだと言われたが、どうしたらいいのか、正直 わからない。

  学生時代を含め、《遊んだ経験》が、本当に 無いのだ。


  仕事をして、家に帰って、また 仕事に行く。

  たまに ゆず子と会う以外に、自分に 《余裕》なんて無かったのだ。

  ―――― 初めから。


  出会ったことのない、セレブな連中と知り合ったからといって、それだけのこと。

  足元を、よく 見ろ。

  現実は、いつだって こうなのだ。


  理想や 夢は、叶うことが少ない。

  憧れとして 胸に抱えているだけで、十分ではないか。


「…… 地道に、一つ一つ、こなしていくしか ないんだよね」


  王子様を 望むのは、まだ 自分には早い。

  いろいろな意味で、《自立》という言葉に 追い立てられているうちは。


「……… 迷うな、これでいいんだから」

  携帯を取り出し、簡単な文章を入力する。


  高望みなんて、しない。 しては いけない。

  何を迷い、戸惑っていたのか。

  考えれば、簡単に 答えは出てきたのに。

「……… これで、いい」


  同じ文面を、一斉に 送信した。


  デートの 《お誘い》をくれた人、全員に対して。


「不器用な 私には、あれも これもなんて、無理」

  仕事も、恋愛も、その他のプライベートも。


  身の丈以上のことは、望まないことが、正しい。

  結局、自分の首を 絞めることになりかねないから。


  ゆず子の 忠告も、アドバイスも無視して、屋上を 後にした。


  言い訳がましくとも、優先すべきことは、毎日の生活だ。

  自分の、楽しい 《未来の設計図》ではない。


「だって、《これ》しか選べないじゃない ………」



  この判断と 行動が、かえって 彼らを刺激することになるとは、知らずに ――――― 。 


※  ※  ※


  返事が返ってくることを 半ば期待していなかった 仁科は、メールが届いたことに 少し驚いた。


「…… まぁ、予想した通りかな」


  あのレンが、すんなり OKをくれるはずがない。

  わかってはいたが、まさか律儀にも、断りのメールをくれるところが、真面目で可愛らしいではないか。

「ある意味、残酷では あるけどね」


  無視しても、よかったのに。

  一応、真剣に考えた上での、お断りの連絡とは。

「ふっ …… ますます、面白いなぁ、レンさんて」


  しかも、《自分のことで いっぱい いっぱいなので》なんて。


「…… 訪ねて行ったら、迷惑がられるかな」

  何か、あったに違いない。

「嫌そうな顔も、可愛いんだけどな」


  初めて 見かけた あのパーティーで。

  目を奪われたのは、何より、独特な《瞳》だった。

  気丈に、誰の手も借りないと 周囲を拒んでいるような雰囲気なのに、どこか 寂しげで、儚くて。


  必死で、自分で 自分を奮い立たせているのが、わかる人には わかるだろう。  


  ピンと背筋を伸ばして、隙の無い、強い女性を演じてはいても、自分にはバレバレだった。


「…… ああいうところ、すごく 好みなんだよね」


  厳しい表情が フッと抜けて、無防備になった瞬間、本来の姿が見えるというが。

  ひねくれて見えても、根は素直で 無垢だと思う。

  恥ずかしがりやで、男に ちっとも慣れていなくて。


  けれど、負けず嫌いなところも あって、反撃にだって出てくるところが、また 魅力的なのだ。

  

「…… それに関しては、彼らも、同じなんだろうけどねぇ」

  特に、いじめっこ気質の 《一ノ瀬 智也》など、いい例だ。

  小学生のように、わかりやすく 構いまくっているではないか。


「わざと、つついて 怒らせたくなるのは、彼女が可愛いからなんだけど」


  SかMか ――― どちらかと問われれば、自分は 間違いなく Sだろう。

  道を塞いで、逃げられなくするのが、何よりも好きなタチだ。


「………… 独り占め、したいなぁ ……」


  それは、偽らざる 本音。


  一番最初に 声をかけたのは 雅かもしれないが、一番 先に 好意を示したのは、自分だ。


「家に、連れて帰りたいなぁ ……」


  もっと、知りたい。

  ちゃんと、独占したい。


  自分の想像に、つい うっとりと浸っていると、背後から 冷水のような言葉がかかった。

「…………… 先生、本音が ダダ漏れです」


  振り返らずとも わかる、優秀な 《秘書》の声だ。


「…… 想像の域に留めておければ 文句は言いませんが、先生の場合 ―――」

「なんだよ、僕が そんな 常識のない男だとでも?」

「…… 《家に連れて帰りたい》とか言っている時点で、もうアウトでしょう」

「えー、男なら 誰だって 《そういう願望》は当たり前じゃないかな?」

  願望というより、正直 《欲望》といったほうが 正しいのか。

  

「…… あったとしても、心の中に 隠しておいて下さいよ。 相手の女性だって、ドン引きして 逃げちゃいますよ」

「ふふっ。 実は、最初から 逃げられてばっかりでね」

「……… ダメじゃないですか!」


  これでも、欲しいものは、すべて 手に入れてきた。

  努力は、いつだって怠らないし、手に入れたものを 失わないようにするのも ぬかりはない。


  初めから セレブではないからこそ。


「……… 一つ、聞いていいですか」

「何だい?」

「その、先生は、今まで どうして ―――――」


  特定の 《恋人》を作らなかったのか。

  モテないわけではないくせに、すべて断ってきたのは なぜなのか。


「そんなの、答えは 簡単だよ、前川くん」

「え?」


  ただ、単に。


「――――― 《追いかけたくなる人》が、今まで現れなかっただけだよ」

「……… はぁ。 先生が、追いかけ回すんですか」

「当然だよ。 欲しいものなら、自分から 追いかけていかなくちゃね」


  ずっと そうしてきたからこそ、今がある。

  世の中、誰も アテにはできない。 基本的には、誰も 助けてはくれない。

  自分の 努力と 戦略と、人脈。 使えるものを すべて使いこなして、ようやく 戦いの場に立てるのだ。


「さて ……… これから どうしようかなぁ」

「……… 程々にして下さいよ、先生」

「嫌だな。 程々にやっていてたら、何も 手にできないよ?」



  一回 デートを断られたくらいで 諦めるほど、軟弱ではない。

  むしろ、その方が 俄然 ヤル気が出るというものだ。


「先生、次の クライアントが お見えになりました」

「わかった、今 行くよ」


  仕事が忙しいのは、誰もが 同じ。

  だからといって、プライベートを 犠牲にする気など、毛頭なかった。


  もっと、彼女の中に、深く 関わりたい。

  彼女が 何を抱えていて、何に悩んで、何を そんなに戸惑っているのかを、知りたいのだ。


  頑なに 他人の侵入を拒む、あの 《固いカラ》を、こじ開けてみたい。



  そう考えているのは、おそらく 自分だけではないと思いながら、午後の仕事に入るのであった。  

      

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