(第22話) 傷付くのが 怖かったから
ほんの少しですが、主人公レンにとっての、変化となる 《大きな一歩》です。
九条グループの社員となって 一ヶ月が過ぎ、七月も半ばになろうかという頃。
雅の 紹介で、我が家は 新しいマンションへと 引っ越しを済ませていた。
都内で、駅からも遠くない、新築のマンション。
どう考えても 《あの値段》で 借りられるはずがないのだが ――― 以前と ほぼ変わらない家賃でいいと言われて、嬉しい反面、ものすごく 申し訳なくもある。
背に腹はかえられないからと、図々しくも、雅の好意に甘えるカタチで、自分たちは 九条の 《お屋敷》を後にした。
案の定 ――― というか、想像以上の、九条 三兄妹の 激しい 《抵抗》には驚いた。
最終的に、メイドさんや 執事の小野田さんまで ――― 屋敷の住人 《総出》で 引き留められて、嬉しいやら 困るやら、上機嫌なのは 我が母くらいである。
「はぁ ………」
なんだか、最近 ため息ばかりついているような気がする。
ため息を つくたびに、幸せが逃げていくというが、この状態なら、きっと百年分の幸せが 空に飛んで行ってしまっただろう。
ああ、もったいない。
「うー ………」
自身の 変化にも悩みはあるが、一番 身近な範囲で考えると、今 この状況を どうするべきか ――― そのことに、先ほどから頭を悩ませていた。
今日は 日曜日で、仕事は 休みである。
自宅マンションから 電車を乗り継いで、一回は 乗り慣れない電車に迷って 違う路線に乗ってしまい、引き返したりをして。
逃げ出したはずの、九条のお屋敷の前に、一人で立っているのである。
※ ※ ※
そびえたつ門からは、屋敷は 見えない。
門から 車で しばらく走らないと、立派な庭さえ 見えてこない。
まるで、森の入口に来たような、堂々とした木々の下で、インターホンを鳴らすか 鳴らさないかで、もう 十分は経過していた。
用も無く、来たわけではない。
ただ、こんな お休みの日曜日に、事前に 連絡もせず、いきなり押しかけるのは まずかった。
いや、それだけなら、いい。 今からでも 電話をして、都合を聞けばいいのだ。
そんなことではなくて ――― ここに来た、肝心の 《理由》。
何のために来たのか …… 改めて 冷静に考えてみると、朝まであった 《勢い》が、急速にしぼんでいく。
「やっぱり …… やめようかな」
手に持っている、花柄のギフトバッグを、もう一度見る。
こんな 立派な お屋敷を前に、《貧相》な プレゼント。
贈り物は、モノではなく 《心が大事》だというが ――― 《子供だまし》 と言われてしまえば、返す言葉が無い。
改めて、きちんと お世話になった 《挨拶》には、家族そろって 伺う予定ではある。
ただ、たび重なる 環境の変化のせいか、うつ病を抱える 兄が、少々 不安定になっていることもあり。
すぐには、母が 外出できない状態になってしまった。
だから、自分だけでも先に、一度 ご挨拶が したかった。
出会ってからというものの、葵には 世話になりっぱなしなのだ。
これ以上、優しい人たちに 甘えてばかりではいけないと、わかっている。
自分が、もっと しっかりしなければ。
「これは …… 自分に対しての、《けじめ》でもあるんだけど ……」
訪ねるのに、手ぶらでいいわけがなく。
では、はたして 何を 《手土産》に持っていけばいいのかを、実はさんざん考えた。
相手は、超セレブな 九条サマだ。
未だに 金銭的に苦しい こちらの予算だと、どう頑張っても ロクな品が買えない。
「だからって …… 《手作り》っていうのは、安易すぎたかな ……」
自分は、料理の腕は、いたって普通だ。
けれど、お菓子作りに関しては、そこそこ 評判が高い。
高校時代、短期のアルバイトで入っていた 《洋菓子店》のパティシエに、褒められたことだってある。
「…… でも、九条家の 料理長に比べたら ……」
毎日、あの 立派な料理と デザートが 《普通》だと思っている 葵たちには、家庭にある 普通の材料で作ったスイーツなんて、未知の世界だろう。
これでも、一番 得意なスイーツ 三品を、朝 四時に起きて、作ってきた。
仕上がりも 上々だし、ラッピングだって、いつもより ずっと上手くいったのだ。
「ただ、これは ――― 思いっきり、《庶民》のレベルだよね ……」
気持ちだけは、たくさん 込めてある。
しかし、昨今 そういう手作りのモノを、気味悪く思う人がいるのも事実であり。
「すんごい失礼だけど、挨拶だけして、今日のところは ――――」
…… いや、改めて 出直した方が いいのかもしれない。
別に、今日 伺う 約束をしていたわけではないし、やはり もう一度、手土産について 考え直してから ――――。
「……… 月城さま?」
「わぁっ」
くるりと 回れ右をした瞬間、目の前にいた 《誰か》と ぶつかりそうになった。
「す、すみません。 大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
「大丈夫 ……… こちらこそ ごめんなさい、桜さん ……」
神様 ――― またもや、私のことを、突き放しましたね?
いっこうに、願いを 聞き届けてくれない ケチな神様を呪いたくなる。
九条家のメイドさんである、桜さんと出会ってしまったのだ。
※ ※ ※
門の前に、意味ありげに 仁王立ちしていたのだから、言い逃れはできない。
用が無いので 帰ります …… という言い訳が、通用するはずもなく。
「ようこそ、いらっしゃいました。 月城さま」
「…… 約束も無く 伺って、すみません」
「とんでもありません。 こちらは 大歓迎でございます。 すぐに、旦那さまも お見えになるかと」
わー …… 最悪だ。
笑顔で 紅茶を淹れてくれる 執事さんには申し訳ないが、今すぐに 帰りたい。
昨夜、遅くまで 仕事をしていたという 葵は、お昼前だというのに、まだ 寝ているという。
せめて、来る時間を 午後にすればよかった。
きっと、疲れて 起きられないだろうに ――― あの 超 多忙な人の、睡眠を妨げてしまうなんて。
「ほんと …… ダメだなぁ」
瑛汰は、写真撮影の仕事で、紗月お嬢様は 美容院。 二人とも 外出中だった。
こんなときこそ、ゆっくりと 葵は 寝ていられるだろうに ――― ああ、本当に、ごめんなさい。
「ふふっ」
「?」
逃げ出したい 心境と戦っているとき、ふいに 執事さんの笑い声が聞こえてきた。
「…… 小野田さん?」
「ああ、申し訳ありません。 失礼いたしました。 ただ、旦那さまの 《慌てて飛び起きる様子》が、想像できてしまって …… ふふっ」
落ち着いた、壮年の、老紳士 ――― デキる執事にしか見えなかった 小野田は、笑いをこらえられずに、再び 小さく 噴き出している。
「…… えーと ……」
「月城さまには、バラしてしまいますが ――― 実は 旦那さま、ものすごく 《ねぼすけ》なのです」
「えっ …… あの、葵さんが、ですか?」
「はい、あの 葵坊ちゃまが、です。 起こしても 起こしても、ちっとも 起きてこないときだって、珍しくはありません。 ふふっ」
「でも …… 私が お世話になっていたときは、一度も そんな姿は ………」
こちらが 起きて、食堂に降りてくる頃には、葵は いつも、完璧な姿で座っていたはずだ。
「ふふっ …… だから、おかしいのです。 きっと、自分が ねぼすけであることを知られたら、恥ずかしいと思ったのでしょう。 いつもよりも 一時間も早く、起きていらっしゃいましたからね」
「いっ …… 一時間もですか?」
「はい。 まったく、いい歳をして、困った方です。 ふふっ」
………… もしかして。
少し前まで、葵が あんなにも 《疲れた顔》をしていたのは …… まさか、それが原因?
仕事が 忙しいのも 理由だろうが、それ以上に、いつもよりも 無理をして 《早起き》をしていたとしたら?
「あの方は、自分の役目をわかっておいでですし、何でも 《完璧》にこなそうとして、多少 無理をなさいます。 無理をすれば、たいていのことは できてしまうから、悪いのでしょうがね。 それでも、案外 ――― そういう 《抜けた面》も、おありなのですよ」
「抜けた面 ……」
確かに、人間なのだから、すべてにおいて 完璧だなんて、あるわけがない。
けれど、九条 葵という男は、どうしても 完璧に見えてしまうのが 事実だった。
どこから見ても、隙が無くて、でも 落ち着いた大人の雰囲気もあって。
日本人だけではなく、世界共通、女性の 《憧れの的》。
当たり前の話だが、葵にも 《人間らしい》部分が、あったということだ。
「……… 少し、安心しました」
育った環境も、価値観も、常識も、何もかもが 違うけれど。
違うから、どこにも 《共通点》など無いと、無理やり 思い込もうとしていたのは、認めよう。
「私 …… どう頑張っても、皆さんと 同じように、何かを見ることはできないって …… 思い込もうとしていました」
相手は セレブで。 こちらは 庶民で。
最初から、見下されているような、《被害妄想》だって、正直 あった。
以前、携帯ショップの 帰り道、強引に リムジンを降りて 帰ろうとしたときに、葵は 言っていた。
『話を、しましょう』と。
自分で、自分のことを 《惨め》に思って、関わらないようにと、意地を張っていたのかもしれない。
「私 ……」
「九条という 名を下ろせば、あの方も また、《一人の人間》であるということを、わかって頂きたいのです」
「小野田さん ……」
少々、おしゃべりが過ぎました ……と、執事は リビングを出て行った。
「私は ……」
生まれも、育ちも、変えることはできない。
同じ環境で育ったはずの、自分と 兄だって、性格は まったく異なる。
同じ 人間など、誰 ひとりとして 存在しないのに。
《違う》ということに対して、過敏に 反応しすぎていたのかもしれない。
いつも、母からは 言われていたことだ。
『あんたは、あまりにも、他人を 遠ざけすぎる』と。
自分が 傷付くことが 怖くて。 自分の 世界が、価値観が、壊れることが 怖くて。
ゆず子 以外に、いつも 他人とは距離を置いて過ごしてきた、学生時代。
ゆず子だけが いれば、それでいい。 他には、何も いらない。
今まで、それでよかったし、それだけで やってはこれたけれど。
「ああ、そっか ………」
こんなだから、いつまで経っても、結婚ができないのだ。
相手がいないとか、好きな人が 現れないとか、それ以前の問題であり。
自分自身が、根本的に。
他人を 《内側》に入れることを、頑なに 拒んでいたのだ。
「怖がってばかりいるのも …… 問題だよね ……」
※ ※ ※
それから、五分後。
ものすごく 慌てた表情で、部屋に 飛び込んできた 葵に向かって、手は 自然に伸びていた。
「…… え? わたしに、ですか?」
食べてもらえなくても。
せめて、気持ちだけは 伝えたかったから。
「一番 得意な、チーズケーキと、マドレーヌと、スイートポテトです。 何が お好きか わからなくて、全部 作ってきました」
貧相でも、場違いでも。
これが、今の自分にできる、精一杯の 《感謝》だから。
「受け取ってもらえるだけで、いいんです」
珍しく、《ひねくれ屋》の 自分にしては。
素直に、口にできていたと思う。
四日後に 《資格》を取るための試験が控えている 水乃でございます。
事前に受けた 模擬試験の結果が悪くて、もう あと数日でどうすりゃいいのかというところで、まさかの 現実逃避。とうっ(笑)
… いいえ、これを投稿したら、また 勉強に戻りますとも。
受験料がムダにならないよう、最後まで あがいてみます~。
ほんの少しでも、誰かを 受け入れる体制になれば、恋が始まるのも 時間の問題… なところまできている、このお話。
甘いスイーツを持って お姫様がやって来たら、世の男性陣は どう出迎えてくれるのでしょうかね。
お姫様ではない 私としては、ほぼ 《願望》のみで、次話の流れを 妄想中。
ああ、早く、試験よ 終われ。 試験前にワールドカップとは、時期が悪すぎですよね。 受験生や、学生の皆様の心情、お察しします。




