(第17話) 降ってわいた 就職先
ああ、こういう展開を、待っていたのです…
どれだけ 苦労して探しても、見つからないときは どうやっても 見つからない。
それは、失くしたモノでも、職であっても、同じなのかもしれない。
※ ※ ※
「まったく、面接を終えたら すぐに帰ってくると思ったのに…… あんたっていう子は、何してたのよ!」
家に着くなり、そんな 母の怒号が飛んできたが、慣れたもので 聞き流すにかぎる。
まさか、一之瀬 お手製の お弁当を食べてまして~ とは、言えない。
「さっきまで、九条さんが いらっしゃってたのに―――」
「…… 何て、言った?」
「だから、あの 九条さんがいらしてたのに、あんたってば、携帯も通じないし、帰ってもこないし…… お忙しい方だから、帰っちゃったわよ!」
そりゃあ、確かに 忙しいだろう。
九条グループのトップなのだ。
こんな 安マンションに、真昼間っから 来ていられるほど、ヒマではないはずなのに。
「何 考えてるの、あの人……」
やはり、昨夜の態度が悪かったから、文句でも言いにきたのだろうか。
いやいや、それにしたって、来るなら 夜にでも来るだろう。
「あの人…… 何しに 来たの? 何か 言ってた?」
「何しにって …… あんた、就職先のこと、九条さんに相談したんじゃないの?」
「はぁ!? まさか、するわけないじゃん! 何で、あんな大企業の 社長相手に、一般市民が 個人的に 仕事の相談なんか―――」
そこまで言いかけて、ふと 見慣れぬ封筒が、台所のテーブルの上に乗っているのに 気が付く。
「…… 何、この封筒?」
「九条さんが! あんたのために! わざわざ! 忙しいのに! 持ってきてくれた 《お話》なのよ!」
「…… どういうこと?」
「どうもこうもないわよ!」
自分で 直接 確かめろとばかりに、分厚い封筒を、ぐいっと手渡される。
落ち着いたグレー色に、九条グループの ロゴ。
お客さん用ではなく、ビジネスの書類などを入れるための 封筒のようだ。
「?」
こんなものが、なぜ、我が家にあるのか。
すぐには理解できなくて、とりあえず 中身を確認してみると―――。
……… 意味が、わかった。
これは、いわゆる、契約書と呼べるものであろう。
しかも、就業に関する、労働者側と 会社側の、取決めを綴ってあるヤツだ。
つまり、早い話が。
《ウチの会社で働きませんか》という、願ってもない 《お誘い》なのである。
「何で?」
「理由なんて、考えている場合じゃないでしょ!? 今すぐに、お電話しなさい!」
「え、でも……」
「は・や・く・、しなさい」
「……… はい」
こうなった母を止めるのは、至難の業だ。
おとなしく、言うとおりにした方が 賢明なことは経験済みである。
九条 葵は、すぐに電話に出てくれた。
出てくれたのはいいが、会議中とのことで、改めて 話がしたいと言われてしまい。
「何してるのよ、今から すぐに向かいなさい!」
「えぇ、今から!? だって、今 帰ってきたばかりなのに……」
「こんなチャンス、一生のうち もう二度と無いのよ!? あんたなんか、逆立ちしたって、九条グループになんか 入れないんだから!」
「それは わかってるけど……」
「ご好意であれ、仕事を与えてくれるっていうんだから、必死で 掴み取りなさい!」
「そうはいってもさぁー」
「い・い・か・ら、とっとと 行きなさーい!!!」
…… と、そんな感じで、家を追い出されること、一時間。
葵に指定された通り、またもや 都内の高級ホテル・クラウンの前に、来ているとは。
「えーと…… 着いたら、メールするんだっけ」
仕事の話なのだから、てっきり 本社にでも行くのかと思えば。
当の 葵は、今日は ホテルの会議室で 会議をしているらしいので、ホテルでの待ち合わせとなった。
午前中 仕事して、お昼過ぎに 都内の病院で 面接をして、ようやく 家に帰ったというのに。
また、都内に 逆戻り ――― なんて、正直 面倒くさいとしか 言いようがない。
「まぁ、仕方ないか…… 携帯の 電源を切りっぱなしだったのは、自分だしねー」
面接を終えて、偶然 出会った 一ノ瀬と昼食を共にすることになり、電源を入れるのを すっかり忘れていた自分が悪い。
母からも 葵からも、何度も 留守番メッセージやメールが きていたのだ。
それに 気が付いていれば、二度手間になることは無かったのだが…… 今更 遅い。
葵からの、メールが届く。
指示されたとおりに、ホテルに入って 一番左のエレベーターの前に立つ。
この一台だけ 《VIP専用》なのだと、前回来た時に知った。
このエレベーターに乗って、最上階の部屋で 待っていているように――― と、メールには書いてあるのだが。
「うぅ…… どうしよう」
ボタンを押せば、ドアが開く。
それは、わかっている。
けれど、そのボタンが なかなか押せない理由というものが、自分の中では あったりして。
「うわー、この歳になって、ありえないとか、わかっちゃいるんだけどー」
…… 頼む、誰か、来て!
誰か 来てくれないと、一人きりでは 中には入れない。
いや、誰か来ても、知らない人だったら 同じことだ。
どうしよう、こんなことを言っている場合ではないのに。
だんだんと、バカげてはいるが、焦りが襲ってくる。
「お、落ち着けー、大丈夫、なんてことはない、みんな できることなんだから……」
そんな 子供じみた 《呪文》を口にするあたり、すでに 大丈夫な心境ではないのが 明らかだ。
「何もない、何もない、何もない、何もない――― 」
指定された 待ち合わせの時間は、迫ってきている。
忙しい 葵が、わざわざ 仕事のチャンスを与えてくれると 言ってくれ、そのために来たのだ。
せっかくの機会を、みすみす 逃すつもりか。
よく、考えてみろ …… こんな 《イイ仕事》、二度と無い。
たかが 《エレベーター》くらいで、逃してもいいのか?
「か…… 階段で、行く? …… ダメ?」
たとえ 五十階だろうと、ここで固まっているより、登ってやるという 気合くらいはある。
「あー …… ダメだ。 上の階の方は、非常時以外は 階段は施錠されているんだっけ……」
階段は、却下だ。 素直に エレベーターに乗るだけのことが、どうして できないのか。
「気合だ、気合だ、気合だ」
どこかの 某オヤジさんの 口癖を真似している姿は、はたから見たら コントにしか見えないだろう。
こんなことをしているうちに、時間は どんどん過ぎていく。
早く 到着したとはいえ、ホテルに着いたと メールを送ってから、とうに 十分は経過していた。
「頑張れ、何ともない、行くしかないんだから、行け、ほら、ボタンを押せ!」
ホテルのロビーから、見えない場所でよかった。
見られているのは、監視カメラだけのはず。
…… すいません、カメラ担当の方、お願いだから 見なかったことにして下さい。
まるで 戦地にでも赴くかのごとく、覚悟を決めて 上に上がるボタンを押そうとしていると。
「月城さん!?」
焦ったような 葵の声が、なぜか 背後から 聞こえたのである。
※ ※ ※
ホテルの 八階には、グループで使う 会議室がある。
そろそろ 約束の時間だからと、その日の会議を 強引に終結させていると、携帯に メールが入ったのだ。
呼び出した 相手 ――― 月城 レンからだと わかると、自然に 頬がゆるむ。
最上階で待つようにと 返信し、それでも 一応、部屋に着いたら また 連絡をするようにと 書き加えたのだが。
十分経っても、レンからの 連絡が無い。
高速エレベーターなら、最上階へも すぐに着くはずだ。
エレベーターを降りたら 《個室》へ案内するようにと、上に 社員を一人 待機させてもいる。
その社員からも、連絡が無い。
彼女が、まだ エレベーターには乗っていない証拠だ。
何が、あった?
エレベーターの故障だと、報告は きていない。
嫌な予感がして、慌てて 会議の資料を束ねて、会議室を出る。
エレベーターに乗っていないなら、彼女は まだ、一階にいるはずだ。
「月城さん!?」
到着して、すぐに VIPエレベーターの前で、立ちつくている 後姿を見つけることができた。
昨夜の、あの 怖いくらい 《凛とした》姿とは、一転して。
顔を見なくても、今 彼女が どんな状態なのか、手に取るようにわかる。
「どうかなさいましたか?」
いったい、何が あったのか。
怯えているのは、一目瞭然だったのだ。
※ ※ ※
「す、すみません …… エ、エレベーターに、乗ろうとは、思って…… 乗ろうとは したんです。 でも、その、なんていうか……」
こちらの顔を見て、安堵したのが ありありと わかった。
泣くまいと 必死になる顔が いじらしくて、思わず 抱きしめてしまうところだった。
まずい、自分こそ 一旦 落ち着こう。
こんなところで 嫌われたら、元も子もない。
「失礼ですが…… 月城さんは、もしかして ―――」
「あ、違います、《閉所恐怖症》とか、そんなんじゃないです。 狭いところも、暗いところも、全然 ヘーキなんです」
閉所も 暗所も 問題無いのならば、いったい、何に対して 彼女は 怯えていたのだろう。
「えっと……」
言うべきか、言わざるべきか。
モジモジと 恥じらう様子は、可愛らしくて 見ていて飽きない。
できるならば、一日中でも 眺めていたい …… と思うのは、《鬼畜》の部類に該当してしまうのだろうか。
「月城さん、よければ 部屋でお話しませんか?」
「えっ、はい、あの、ごめんなさい。 お時間過ぎてますよね!?」
「いいえ、大丈夫ですよ、時間ピッタリです。エレベーターは、乗っても?」
「はい …… 《知っている人》と一緒なら、大丈夫なんです」
どさくさに紛れて、腰に手を添えて 中に促していると、とんでもない発言が 彼女の口から 飛び出すではないか。
一瞬、エレベーターに乗れなかった理由を、聞いてはいけないとまで 考えてしまうが。
「あ、あの、お、怒らないで 聞いてもらえますか?」
「もちろんです」
「誰か、知っている人が一緒なら、大丈夫なんです。 前回 ここに来た時も、全然平気だったでしょう?」
確かに、こんなに怯えるならば、一人で 乗れとは絶対に言わなかった。
「大丈夫と、自分に言い聞かせても、どうしても 思い出しちゃって…… その、なんていうか、本当に バカみたいな話で、怒るよりも 呆れるかもしれません」
「まさか…… そんなことは しませんと、約束できます。 だから、教えていただけますか?」
「…… 笑ったりも、しません?」
そんな やり取りをしているうちに、最上階に 到着する。
「あ、社長」
「悪いね、もう 大丈夫だから」
「はい、それでは」
待たせておいた 案内役の社員は、仕事に戻っていく。
ああ、あとは 完全に二人きりだ。
邪な 想いが 溢れそうになり、平静を装いつつも、笑みがこぼれるのは 致し方ない。
「さあ、月城さん。 こちらの部屋へ どうぞ」
「はい…… 失礼します」
本人には気付かれない水面下で、月城レン《捕獲作戦》の第一弾が、予定通り 始まろうとしていたのである。
ほんの少し、葵の行動が 変態じみてきましたが…。
レンからの視点なら、葵の 《下心》が読者の皆様に 伝わらないような気がしたので、あえて 葵の心情を暴露してみました。
こういう殿方は、どうでしょう?
この回で、読者様が 離れていったら、大笑いです。
今後の 皆様の反応も気にしつつ、それでも このお話は こういう路線を走っていく予定なので…




