(第1話) 嵐のような友人
第1話と 書いてありますが、しばらくは 登場人物が出揃うまでの、《出会い編》のようなかたちでお送りしていきます。
日曜日の お昼少し前。
都内 某所の、カフェ・プリンセス。
最近 人気だと話題のカフェは、案の定 若い女性たちで いっぱいになっていた。
店内が すべて、乙女の憧れである 《お姫様チック》で統一され、レースに 何段ものフリル…… といった 王道を取り入れつつ、子供っぽくならずに 上品に仕上がっているから、内装担当の人に 拍手を送りたい。
アイボリーと、淡いピンク色を基調とした、家具、カーテン、テーブルクロス、飾られた花々。
猫足の家具を見るだけでも、乙女なら テンションが上がるというのに―――。
先程までの会話を 頭の中で反芻しながら、ため息しか出てこないから 嫌になる。
「ごめん ごめん、レン お待たせ~」
酷い顔をしている最中に、ぽんと肩を叩かれて振り返ってみれば。
「…… おはよう、ゆずちゃん」
このカフェに、朝っぱらから 電話で呼び付けた 張本人――― 白石 ゆず子が 笑顔で立っていた。
「何よ、待たせたから 怒ってるの?」
「…… 違うよ、ゆずちゃんの遅刻なんて 慣れてるもの」
この友人と 待ち合わせをするということは、《忍耐力》を養うための 《修行》の一環であると解釈している。 そうでなければ…… 長年、友人など やっていられない。
「また、そういう仏頂面しちゃって~。 …… 可愛いんだから、もう!」
仏頂面の いったい どこが 可愛いのか――― ゆず子の 《判断基準》は、いまだに 理解不能である。
ただ、席につく前に、わざわざ そばに寄ってきて、ほっぺたに ちゅっと 口付けを落とすことは、忘れていない。
「…… ゆずちゃん……」
いい加減、挨拶の 《ちゅー》は やめてほしい。
ここは 日本であり、今は 人前であり、まして 自分たちは 女同士なのだ。
「いーじゃないの、減るもんじゃないし。溢れる愛を 表現しているだけじゃないの」
相変わらず、天真爛漫な ゆず姫は、今日も 我が道を堂々と 突っ走っているのだった。
「…… じゃ、なくてね」
「そうそう、病院 行ってきたの?」
「…… 行ってきたから、こんなに 疲れてるんだよ……」
今日は、兄の 《通院》の日だった。
朝 一番の予約を取っていて、二時間の カウンセリングを受けて、家に 兄を送り届けてから ここへやって来た。
「ごめん、忙しいのに 呼び出して」
「いいよ、今日は お母さんがいるから…… あとは まかせてきたし」
少しくらい、自分だって 息抜きしたい ――― そう思って、出てきたはずなのに。
「…… レン、こういう内装とか 好きでしょ?」
「うん……」
これでも 友人歴は長いし、本来 優しいゆず子のことだ。
自分を 気遣って、呼び出してくれたことを わかっている。
わかっているのに、いまいち 笑顔になりきれない――― それの 大半は、兄の 《病名》にあった。
「お兄さん…… どう?」
「まあ…… 変わらず、といった感じかな……」
すぐに 良くなるものではないが、治らないこともないといわれる、厄介な 病気、《メンタル疾患》。
その 代表的ともいえる、今では 言葉だけはメジャーになった、《うつ病》。
それが、自分の兄が 罹ってしまった 病気の正体だった。
「ほんと…… あんたってば、いろんな体験 するわよね」
「あ~ 主に、体験しなくていいことばっかりねー」
悲劇の ヒロインを気取るわけではないが、なにかと 厄介なことが 舞い込む確立は高かった。
「やっと、お父さんの 《借金》が終ったっていうのに、今度は お兄さんだもんね。 ほんと レンは、よくやってるよ。 ご褒美に、ちゅー してあげる!」
「…… いらないから。 気持ちだけで 充分だし」
「何よ、私の ちゅーが 受けられないっていうの?」
「…… だから、前から いつも、言ってるでしょうが」
こんな くだらない会話ができるのも、相手が ゆず子だからだ。
自分のことを よく知っていて、お互いが 言いたいことを 言い合える。
そんな 彼女の存在に、自分は 何度 助けられたことだろう。
結局、二回も ほっぺたに ちゅーされることとなり、ようやく ちょっと危険な《女子トーク》は一時中断となった。
※ ※ ※
「今日 あんたを呼び出したのはね…… お願いがあって」
可愛らしい店員さんに 運ばれてきた、素敵な ティーカップを もてあそびながら、ゆず子は 本題を切りだす。
「…… 変なことだったら、速攻で 断るからね」
「相変わらず、クールなんだから~。 …… そんなレンに、ぴったりの モノがあるのよ」
何が クールだ。
しかも 《ぴったりのモノ》って何だ、《お願い》をしにきたのではないのか。
「ほらほら、すぐ そうやって 眉間にしわを寄せないの! 可愛い顔が 台無しじゃない。 …… ってことで、はい、これを見て?」
ゆず子は、バッグから 一枚の こじゃれた封筒を取り出した。
「…… なに、これ」
「パーティーの 招待状よ」
「パーティーって…… ゆずちゃん、何を 考えてるの?」
「お願いよ、レン。 あんたしか 頼める人がいないのよ~」
珍しく 拝んでくる様子に、とりあえず 事情くらいは 聞いてみる。
「…… つまり、パーティーが、二つあるってこと?」
「そうなのよ! どちらも 外せないし…… しかも、もう一方の方が イヤな相手なんだけど、私は そっちの方に顔を出さないと マズイのよ~」
ゆず子の実家は、京都の 老舗旅館だ。
こう見えても、バリバリの お嬢様だし、広報・外交などを手伝っているせいで、取引先との パーティーなどが 多いのは確かだった。
「イヤな相手って…… もしかして」
「そう、あの 《梅の屋》よ!」
「…… じゃあ、ゆずちゃんが 出なきゃダメだよね」
梅の屋というのは、ゆず子の実家の ライバルだった。
昔から 犬猿の仲であり、そういう関係だからこそ、娘の ゆず子が直接 出向かねばならないのだろう。
「…… ちょっと、待って。 じゃあ、もう一つの パーティーに…… まさか」
「そうよ、レン、お願い! 私の 代理で 出席してほしいのよ!」
「無茶 言わないでよ。 私、パーティーなんか……」
うろたえて 断ろうとした時には、すでに 遅し。
ゆず子が、待ち合わせ場所に 遅れてきた理由を、もっと考えるべきだったのだ。
「うふふ…… 実は、もう 《手配済み》なのよね~」
ニヤリと、美しく笑う 友人の顔を、自分は よく知っていた。
この顔が 出てしまえば、事態は かなり 進んでいる証拠なのだ。
「ちょっと…… ゆずちゃん?」
「めいいっぱい、《おめかし》して 行ってらっしゃいね~」
そうして、わけもわからず。
カフェ・プリンセスから 移動する羽目に なってしまったのだ。
はい、いかがでしたでしょうか。
さっそく、水乃らしい 《ダークな背景を持つ 主人公》が登場したでしょう?
これが、プロローグの中の乙女と 同一人物なのか… と、お叱りの言葉を受けてしまいそうですが。
初めての目にする方には、かなり 戸惑われるかもしれません。
水乃の作品には、必ず このような展開がてんこもりなので、できれば 慣れて頂けると ありがたいです。