(第13話) 九条家への 招待
いつでも乱れの無い、九条 葵と。 くたびれた 部屋着の、主人公 レン。
セレブと庶民の組み合わせなら、この状態が 普通なのだと思います。
※誤字・脱字、 修正しました
柔らかい 笑顔をしているくせに。
九条 葵という人物は、実は けっこう 《強引》なのかもしれない。
※ ※ ※
「さあ、もうすぐ お屋敷に到着しますよ」
運転手の 優しい声に、はっと気付くと。
九条家の 広大な敷地に、車が入っていくところであった。
表の門から、しばらく 車で進まないと、お屋敷が出てこない…… なんて。
こんな景色は、テレビの 《セレブのお屋敷に潜入》という番組でしか、見たことがない。
うわー …… こんなお家、本当に 存在するんだなぁ。
敷地でさえ、こんなに圧倒されるのだ。
お屋敷となれば、いったい どんな風に なっているのか、想像もつかない。
「お待たせいたしました」
ようやく車が止まり、外から ドアが開けられる。
開けてくれたのは、壮年の 男性――― 白いシャツと手袋に、ベストをびしっと着こなしている。
イメージ的には、《これぞ執事》という雰囲気だ。
「月城さん、紹介します。 彼は、小野田といって、我が家の 《執事》です」
わー、本当に 執事さんだ!!
「我が家では、小野田が すべてを取り仕切っていますから、何か ご用の際は、彼にお願いしますね」
葵が 紹介してくれると、小野田という じーさんが、ニッコリと笑顔で挨拶をしてくれる。
「ようこそ おいで下さいました。 スタッフ一同、歓迎致します。 さあ、中へどうぞ」
いつの間にか、自分のキャリーケースは 運ばれているようで。
さりげなく 背中に手を添えられて、九条家の 玄関をくぐる。
「おかえりなさいませ」
何人かのメイドが、うやうやしく 葵に挨拶をしている。
「大切な 《お客様》だから、よろしく頼むよ」
葵の指示に、メイドさん達は 心得たように、笑顔で うなづいていた。
この家には、こうした 《来客》が、多いのかな?
入ったはいいが、どうしていいか わからなくて立ち尽くしていると。
一人のメイドが、すっと 寄ってきた。
「月城様、ようこそ いらっしゃいました。 お部屋にご案内いたします」
「お…… お願いします」
緊張しながら メイドさんについていく 後ろ姿を、葵に 見られていることに 気付かなかった。
※ ※ ※
道路で バッタリ出くわしたとき、まさか 《親子ゲンカ》で 家を飛び出してきた…… なんて。
恥ずかしくて、言えるわけがない。
どう、話せばいいものか…… 無言になってしまった自分に、葵は ふわりと笑ったのだ。
「よろしければ、クラウンに いらっしゃいませんか?」
「えっ…… とんでもない、どうぞ お構いなく!」
よくよく考えてみれば、自分は 《部屋着》のまま 家を出てきてしまっていた。
なんとも 《くたびれた》、だらしのない 上下セットに、今更ながら 恥ずかしさが こみ上げてくる。
まして、目の前にいるのは、いつでも 乱れのない、九条 葵なのだ。
恥ずかしくて、情けなくて、もう 泣きたくなってきた。
「本当に、大丈夫ですから…… どうぞ、もう 行って下さい」
うっかり、人前で 泣いてはいけないと、慌てて 背を向けて 歩きだそうとしたのに、急に キャリーケースが重くなる。
「…… へ?」
不思議に思って、くるりと 首を回すと、なんと 葵がキャリーケースに手をかけて、止めているではないか。
「あっ…… あの……」
「ホテルでなければ ―――」
すいっと、あっという間に キャリーケースが 奪われて、思わず茫然と、葵を 見上げることしかできなくて。
「ぜひ、我が家に いらして下さい」
その 笑顔には、反論する気力もないくらい、有無を言わせない 迫力があったのだ。
※ ※ ※
「…… とかいって、本当に お邪魔しちゃうなんて……」
そこらの、友達の家に――― とは、規模が違うのだ。
客間に通されて、キャリーケースを開けもせずに、とんでもない展開になってしまったと 青くなる。
「私ってば…… 図々し過ぎる!」
会って間もない相手の 《実家》に、こんな夜更けに 堂々と 泊まり込むなんて――― 常識で考えたら、あり得ない。 穴があったら、入りたい。
どうしよう、今更 帰りますなんて、言いだせない雰囲気だし、かといって、たとえ 一泊でも、こんな立派なお屋敷に、泊まるなんて……。
室内は、それはもう、贅沢のすべてを 結集しつつ、それでいて 品がいい、可愛らしい部屋だった。
天蓋付きのベッドなんて、乙女の夢である。
垂れ下がる 白いレースを開くと、中には 一人で寝るには 大きすぎる、ふかふかのベッド。
ホテル・クラウンと、九条家と、はたして どちらが 豪華かといったら――― どっちもどっちだ。
とりあえず、庶民には 落ち着かない広さと豪華さに、どうしていいのか、室内を キョロキョロしてしまう。
ソファと テレビが置かれたメインの部屋と、別に ベッドルームがあり、さらにバスルーム、クローゼットルーム、トイレ、化粧室…… と、いったい いくつ部屋があるのだと 叫びたい。
客室の一つだけで、こんな感じなのだ。
このお屋敷は、いったい どうなっているのだ。
これだけで、すでに 立派なホテルと 変わりない。
「でも…… せっかくのご厚意だから、受けないと失礼なんだよね……」
断るならば、車に乗せられる前に、断って逃げるべきだったのだ。
「はぁー ……」
座り込んでいても 仕方がないので、とりあえず キャリーケースを開けることにする。
無意識にしては、ちゃんと パジャマを入れている自分に、ひどく おかしくなってきた。
こんなふうに、家を飛び出したのは、初めてだ。
今まで、幾度となく 母とは 言い争いを繰り返してきたが、結局は 《解決する問題》ではないために、いつも中途半端で終る。
昔から、従順な子供ではなかった。
自分が違うと思えば、誰にだって 《意見》をしたし、そのため とりたてて 《反抗期》というものは 無かったはずである。
母は、今頃 どうしているのだろう。
自分が 出ていったことを、どう思っているのだろう。
怒っているのか、悲しんでいるのか、見当もつかない。
自分の家 以外で 《外泊》をするのは、ゆず子のマンションだけであった。
『家族は、いつも 一緒にいること』という 母の考えのもと、小さい頃から 家から離れるという行為が、極端に少ないまま 育ってしまっていた。
この年齢になれば、友達と旅行に行ったり、彼氏の家に泊まったり――― そういうものに 《縁が無かった》ことも手伝ってか、帰る場所は 家なのだと、体に染みついてしまって どうしようもない。
家を空けること。
家族と離れること。
それが、ひどく 《悪いこと》をしているような、そんな感覚になってしまうのだ。
家族を ほったらかしにしている――― 母なら、言いそうだ。
まして、兄は 病気であり、あまり 目を離せない。
連絡くらいは、入れた方が いいのだろうか。
でも…… なんて言う?
九条家に 一晩 お世話になります?
「いやいや…… 怒っていたら、聞く耳 もたないだろうし」
電話したとしても、まともに 会話ができる状態ともわからない。
それならば、メールとか?
「あ、でも …… 何で 直接 電話をしないんだって、かえって 怒りそうだな」
…… 厄介だ。
家を飛び出すというのは、こういった 《リスク》が伴うわけであって、それが 面倒で、今まで 一度も実行したことがなかったのだ。
「はぁ…… どうしよう」
この歳だし、自分から出ていったのだから、探しは しないだろう。
しばらく、連絡しなくても、実は 平気だったりして?
「お母さんの性格からして、それは 無いな……。 行き先も 時間も、すべて 把握していなければ 気が済まない人だし」
そう考えると ――― 電話で連絡しか、選択肢はない。
「あぁぁぁ、ヤダな。 また ギャーギャーすんの? そもそも、怒りだしたのは 向こうだし……」
「――― すみません、月城さん」
「んぎゃあっっ」
突如、ノックの音と 聞こえてきた声に、思わず過剰反応してしまい、その反動で 手にした携帯電話を 放り投げてしまった。
ゴンッ ガンッ ガコン
悲しい音を 響かせて、携帯は 床に着地する。
無事かどうかは、開いて 画面を見てみないと わからない。
「…… どうかなさいましたか?」
「えっ…… いや、何でもないです、今 ドアを開けますので!」
部屋の前で 待っていたのは、もちろん 家主の 葵だ。
「慌てて 用意させたので、何か 足りないものがあれば、いつでも おっしゃって下さいね?」
「とっ とんでもないです、何でも 揃っているようで 驚き………… え?」
今、葵は 何と 言った?
『用意させた』と、言わなかっただろうか?
――― まさか。
こういう 超がつくほどの セレブと、知り合いになったことがないから 想像しかできないが。
「もしかして…… お部屋の中、わざわざ 用意して下さったんですか…… ?」
おそるおそる 尋ねてみると、それはもう、なんとも 恐ろしい 《お答え》が 返ってきましたとさ。
「はい、月城さんの 《好み》がわからなかったので、とりあえず 《可愛らしい部屋》にさせて頂きました。 明日にでも、新たに 変えますので、ご希望を お伺いしたいのですが……」
どこの世界に、たった 一晩 泊めるだけの相手に、わざわざ 《家具一式》を用意するヤツがいるというのだ。
これが、九条家。
これが、九条 葵。
「それから、お腹は 空いていませんか? 召し上がりたいものがあれば、どうぞ おっしゃって頂ければ ご用意いたします。 それから―――」
「ストップ!」
いつまでも 続きそうな、《とんでもない申し出》に、慌てて 待ったをかける。
この時点で、すでに 九条家に来てしまったことを、猛烈に 後悔している 自分がいた。
「あの、とても ありがたいのですが、かえって 申し訳なく思ってしまって、喜べません。 だから ……」
もう、本当に、泊めてくれるだけで ありがたいこと。
これ以上、気を遣ってもらうほどの 人間ではないこと。
すべてが スゴすぎて、感覚が ついていかないこと。
礼を欠く行為なのかもしれないが、言葉にしなければ 伝わらないことは たくさんある。
まして、育ちも環境も違う相手なら、なおのこと。
嫌われるのを 覚悟で、勇気を振り絞って 言ったのに――― 相手は、一瞬 驚いたように 目を見開いたあとは、静かに 笑うだけだった。
「これは、私のほうこそ 失礼いたしました。 職業病とでも いいましょうか、私は どうも、《お節介》がすぎるようで、そのせいで いつも妹に 叱られてしまうんです」
「えっ…… いや、あの、お節介だとか、そんなふうに 思っているわけではなくて!」
言い方が、間違ったかもしれない。
葵の せっかくの好意を、迷惑がっているのではなくて。
「えーと、何て言えばいいんだろう……」
こんな時、頭は 全然 働いてくれないものだ。
気の利いた言葉が ひとつも 出てこないなんて、人として 終っているではないか。
自分の ダメな部分が どんどん目立ってきてしまうようで、気分は どんどん落ち込んでくる。
「すみません、本当に 感謝しているんです」
「ええ、あなたの ご様子から、ちゃんと伝わってきました。 お誘いした 私としては、一番 嬉しいです。 今夜は 遅いので、お休み下さい。 月城さんは、明日から お仕事でしょう?」
「…… はい」
「ここからなら、車だと 四十分くらいですね。 では、私も その時間に ご一緒してもよろしいですか?」
「えぇっ、いや、自分ひとりで出勤しますし、荷物も 持って出ていくので―――」
「月城さん、朝は 和食派ですか? 洋食派ですか?」
「私は、どちらでも…… じゃなくて!」
その時、お屋敷の玄関が開いて、誰かが 帰ってきた音がした。
「いけない、妹が帰ってきました。 あの子は 話が始まると長いので、このまま すぐに ドアを閉めて下さいね?」
「へ?」
「では、おやすみなさい」
――― 話を 聞かねぇよ、この人!!!
九条家に 辿り着いた 一日目は、そんな 《感想》で、幕を閉じたのである。
前回の話から 一ヶ月を越えてしまったので、内容を忘れてしまった方は、12話を 読み返してみて下さいね。
この日以降、レンは 九条家に滞在することになるのですが……。
次回を、お楽しみに。




